第4章 千佳と冬実
N女子大学は、最寄駅から商店街を抜けた先にある。電車が到着する都度、真新しいスーツ姿の学生たちが、緊張した足取りで、静かに商店街を進んでいく。
その群れの中に、千佳子もいた。今日から女子大生だ。
黒や紺色の、リクルートにも使えそうなスーツ姿の一群の中に、ベージュ色の春らしい軽やかなスーツ姿が目に留まった。
ふと横顔を見ると、見覚えがあった。飲み込まれそうな緊張の中で、すがるように声を掛けた。
「村上さん!」
冬実が驚いた顔で振り返り、千佳子に気付くと
「宮本さん!」
と嬉しそうに答えてくれた。
「村上さんもN女だったんだね」
冬実が合格していたことは知っていたけれど、同じグループではなかったから、最終的にどこを進学先に選んだのかは知らなかった。
「あぁ、懐かしい!!」
千佳子は思わず冬実の腕に飛びついた。
「知らない人ばかりで、緊張するよね」
千佳子の距離感の近さに苦笑しながら、冬実も応える。
「村上さんのスーツ、素敵だねえ、良く似合ってる」
「そう?駅に着いたら、全員黒一色だから、入学式の服装規定があったのかと、びっくりしちゃった」
「そんな規定ないけど、就職活動にも冠婚葬祭にも使えるスーツをどうぞって薦められて、まんまとスーツ屋さんの策略にひっかかっちゃったよ」
「なるほど、そういうことか…。私もスーツ専門店で買えばよかったかな」
「いやいや、冬実はそのスーツが、絶対に似合ってる。冬実のスーツを見て、しまった、自分も似合う色にすればよかったって思っている子、いっぱいいると思うよ。私もその一人だし」
「ありがとう。そう言ってもらえると元気がでるよ。ところで、私も“千佳”って呼んでいい?」
「もちろん」
「ねぇ、今日の帰り、あそこの角のカフェで、お茶しない?」
「いいね!女子大生になったら、ご学友とキャンパス近くのカフェで、お茶をするのが夢だったからね」
駅前のカフェには、同じような女子大生グループが何組かテーブルについていた。
カウンター席に並んで座って、チョコレートパフェをつつきながら、思い切ったように冬実が口を開く。
「クラスが一緒になったのは高三のときだけで、千佳もK小、K中だよね?」
「うん。私と一緒だって知ってたんだ」
「そりゃそうだよ。いつも明るくて、誰にでも親切で、頼りにされてたの見ていたもの」
「そんなことないけど、見られていたんだ」
「うん。ずっと憧れてたんだよ。だから、こうして一緒にお茶できるなんて、夢みたいだよ。
千佳は私のことなんて、知らなかったでしょ?」
「知ってたよ。ずっと見てた。
いつも本を読んでいて、凛としてて、自分がちゃんとある人なんだなって思ってた。
私は、いつも人のことばっかり気にしてたから」
「えっ?そんな風にみてくれていたんだ。単に地味なだけなのに。
千佳は、私が一番欲しい、嬉しい言葉をくれるね。今朝、声を掛けてくれたのも、このスーツを褒めてくれたのも」
「本当のことを言ってるだけだよ。
私、本なんてほとんど読んだことないのに、ましてや文学なんて、教科書しか知らないのに、なんとなく文学部に来ちゃって、どうしようかって思ってるんだから」
「そうなんだ」
「冬実は、文学部で何か研究したいことがあるんでしょ?」
「いちおう、いくつか知りたいことがある」
「さすがだねえ。私は、家から通える、合格圏内の大学を選んだだけだから…」
「それもありだと思うよ。四年もあれば、きっと何かみつかるよ」
「うん。そう思ってる。入学初日から、素敵な友人を見つけられたし、きっといいことがあると思う。
私たちはラッキーガールに違いない」
「千佳のその言葉のセンス、私は好きだよ」
「わ~い。冬実に褒められて、嬉しいよ。これから末永くよろしくね」
小中高と同じ学校で過ごしてきた千佳子と冬実。
この日を境に、ただのクラスメイトだった二人は、互いの人生にとって、かけがえのない存在となっていく。




