第3章 母と担任の志望校
高校最後の夏休みが近づき、教室の空気が変わった。
志望校ごとに受験対策が変わってくるから、そろそろ進路を決めなければいけない。
本当は何も考えていないわけではない。でも、特に何かがしたいわけでもない。
一学期最後の三者面談にやってきた母が訊ねる。
「男性と肩を並べて競うよりも、女子大で穏やかに過ごす方が、この子には合ってると思うんですけれど、先生はどう思われますか?」
「そうですね。宮本さんの成績なら、N女子大学を十分狙えますよ」
担任教師は、母の質問には直接答えず、成績表と模試の結果だけをみて、機械的に受験先を提案してきた。
「N女子大学、名門ですね」
母が嬉しそうに返事をする。
千佳子は、自分自身の将来のことであるはずなのに、どこか他人事のようだった。
学校からの帰り道、母は上機嫌で、饒舌だった。
「千佳子が、N女子大学みたいな有名なちゃんとした大学に通うって聞いたら、おばあちゃんも天国で喜ぶと思うわ」
「どこの大学でも、千佳子の行きたい大学にしなさい。行くのはあなたなんだから」
少し間をおいてから、
「でもお母さんは、あなたには女子大がいいと思うよ」
「先生も、N女子大やったら大丈夫って薦めてくれてるし」
千佳子は、母の「ちゃんとした大学」という言葉を、心の中で繰り返していた。
三者面談から数日後の終業式の後、進路指導室に呼び出された千佳子は、N女子大学を第一志望とすることを担任教師に告げた。
結局、母の期待を裏切ってまで挑戦したいことは、何もなかった。
本音を言えば、できるだけ穏やかに、誰とも衝突せずに、未来へと流されていきたかった。
「四年のうちに、何か本当にやりたいことが見つかるかもしれないから、その時に考えればいい」
自分に言い聞かせるように、進路指導室をあとにして、図書準備室へと向かった。
図書室では、正門を見下ろせる窓際の席で、村上冬実が本を読んでいた。
冬実は、どこを受験するのだろうか?
ふと気になって、声をかけようとしたところ、冬実が本から顔を上げて、窓の外を眺めた。
気になってそちらを見ると、下校していく男子生徒の一団が見えた。
その中に谷川直太朗がいた。
見てはいけない秘密を見てしまったような後ろめたさを感じた千佳子は、図書準備室の扉を閉めて、窓を全開にする。
風の無い昼下がり。むせ返るような蝉の声だけが響いていた。




