第2章 昼休みの図書準備室
金曜日の朝の教室は、いつも以上に賑やかだ。
前日の夜に放送されたTVドラマの話題で盛り上がる。
「昨日の〇〇ちゃん、可愛かったよね」
「この先二人はどうなるんだろう」
そんなたわいもない会話を続けながら、それぞれにカバンからブラシを取り出して、窓ガラスに映る髪型を整える。
千佳子もその輪の中にいる。
特別に目立つことがないように、皆に合わせて笑顔を見せる。
周囲を見て、うまく溶け込めていないクラスメイトには、さりげなく話題をふる。
場の空気がやわらぎ、会話が回りだすと、なぜか少しほっとする。
そういう役割を、千佳子は自然に引き受けていた。
それは、家の中でも同じだった。
祖父の代から続く印刷所を引き継いだ、職人気質の父。
祖父の亡き後、事務経理関係を一手に引き受けてきた、明治生まれの祖母。
無口な父と結婚し、働き者で完璧主義の祖母に気を使いながら、家業の手伝いと家事育児を担っていた母。
跡取りとして期待され、千佳子よりも夕食のおかずが一品多かった兄。
千佳子は、そんな五人家族で育った。
小学校六年生の時に祖母が亡くなるまで、千佳子は、家の中の空気を読み、祖母の機嫌をとり、母の手伝いをし、家が円満に回るようにふるまっていた。
祖母には可愛がってもらっていたので、そのことを不満にも、負担にも感じたことはなかった。
昼休みになると、クラスメイトの「購買にパンを買いに行こう」という誘いを、
「ごめん、今日は図書当番」と断って、お弁当を持つと教室の喧騒を離れる。
図書室の奥にある図書準備室は、いつも静かだ。
昼休みのここは、食べ盛りの高校生には忘れ去られた場所だった。
千佳子は、準備室のドアを閉め、カーテンを引くと、棚の奥からレーザーディスクを取り出す。
「風の谷のナウシカ」
画面一面に広がる空の青。
何度見ても、風に乗って空を舞うナウシカの姿に憧れる。
「勇気を出して」と励まされているような、懐かしく温かな気持ちになる。
お弁当を食べ終えた頃、図書室へ数人の生徒が入ってくる。
昼休みにやってくるのは本が好きな、いつもの顔ぶれだ。
その中に、同じクラスの谷川直太朗と村上冬実がいた。
何気なく二人の貸し出しカードを確認すると、二人は前後して同じ本を借りていた。
偶然のはずはない。けれど、これまで二人が一緒にくるところも、言葉を交わすところも見たことがなかった。
お互いが相手を意識していることに、二人は気付いているのだろうか?
そんなことを考えていると、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。
千佳子は準備室を出て、またにぎやかな教室へと戻った。
窓際の列の一番後ろの席で、村上冬実が静かに本を読んでいる。
千佳子は自分の席に座ろうと振り返ったとき、 冬実の横顔を見つめる直太朗と目が合った――ような気がした。




