エピローグ
その次の木曜日、例の花屋の娘が再び冬実のブックカフェを訪れた。
今回は、ビジネススーツ姿の改まった様子で、冬実に名刺を差し出す。
「突然、申し訳ありません。今日は仕事で伺いました」
「ご丁寧にありがとうございます。浅田智花さんっておっしゃるんですね。
S出版社にお勤めなんですか?あの本町のS社ですよね」
「はい。S出版社で、企画営業を担当しております。
実はこちらのブックカフェを訪問させていただいたのも、そもそもは市場調査の一環だったんです。
黙っていて申し訳ありません」
「そうだったんですね。うちもS出版社の本を何冊か置いてますよ。
結構、売れてます。あの『イラストで世界を巡る旅』とか人気ですよ」
「ありがとうございます」
「で、どんな要件ですか?」
「実は、千佳子さんの活版カフェのギャラリーで企画展を開催したくて」
「それなら活版カフェに行けば、喜んで引き受けてくれると思いますよ」
「そうなんですけれど…」
ほんの少しためらったあと、智花は思い切ったかのように顔をあげた。
「冬実さんは、千佳子さんと私の父のことをどう思われますか?」
「えっ?」
「娘の私からみて、父と千佳子さんはお似合いだと思うんです。
でもきっと私のことを気にして、父は恋愛とか再婚とか、そういうことを避けて生きてきたんだと思うんです。
だけど、もうそろそろ、父にも自由に幸せになって欲しいなって」
智花は、一呼吸おいて冬実に問いかける。
「そのぉ…友人の冬実さんからみて、うちの父に見込みはあると思われますか?」
「智花さん、今お幸せなんですね。
正直なところ、私も、二人はお似合いだと思っています。
でもあの二人、出会ってからかれこれ二十年だから、よっぽどの切っ掛けがないと、もうこのままかなぁと思ったりしていたの。」
「私も、そんな空気を感じたので、何かきっかけを届けたいなと思いまして。
一応、これは仕事として上司の承認を得てるんですけれど、父と千佳さんと二人に協力してもらう企画展を開催したいなと」
「何なに?どんな企画ですか?」冬実は前のめりになっていた。
「活版ギャラリーで『本と花』という企画展を開きたいんです。
うちの人気シリーズの『イラストで世界を巡る旅』の表紙を、父に花で表現してもらって、それを原画と一緒に展示できたら…」
その後、この企画展は思いがけない広がりを見せ、全国の書店やギャラリーで開催されることとなった。
企画展のカタログは、もちろん宮本活版印刷所で作成した。
手間暇かけて丁寧に刷られた活版印刷の上質感が、好評を博している。
そして、花屋と千佳子と智花は、一緒にいくつもの街を巡っている。
今日も、静かに新しい風が吹いている。(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




