第12章 花屋とシャンパン
ある日の昼さがり、花屋が活版カフェでシャンパンを飲んでいた。
花屋がテナントとして入居してから二十年、これまで一度も昼間からアルコールを飲む姿はみたことがなかった。
千佳子は、思わず花屋に声をかけた。
「今日は、もう仕事は終わりですか?」
「ええ、今日は店じまいにして、お祝いです。一緒に祝ってくれませんか」
何かを感じた千佳子は、静かに彼の向かいに座った。
その日の朝、千佳子は、花屋が花束を配達に行くのを見かけていた。
何があったのだろうか?
千佳子のグラスにシャンパンを注ぐと、花屋は「乾杯」とグラスを重ねてきた。
「実は今日は、娘の結婚式だったんです」
「まぁ、それはおめでとうございます。娘さんがいらっしゃるなんて知りませんでした」
「別れたかみさんと一緒に、むこうへいっちゃったから、ずっと会っていなかったんです」
千佳子は 黙って耳を傾けた。
「でも、結婚するからって連絡をくれて。お父さんのブーケを持ちたいって」
目を潤ませた花屋は、いつもより饒舌だった。
「今朝、届けてきたんです。ほら、見てやってください」
そういって花屋が差し出したスマホの画面を、千佳子はのぞき込んだ。
「このブーケ、アストランチアですね。清楚でジューンブライドにぴったりですね。
確か、花言葉は星に願いをでしたよね」
「よく覚えておられましたね」
「星の形の花。アストラはギリシャ語の星でしたよね」
「そうです。それにこの花は、娘の誕生日6月24日の誕生花なんです」
「お誕生日に結婚式をあげられたんですね」
その時、スマホが小さく揺れて、メールの着信を告げた。
「すみません」とスマホを手に取った花屋が、
そのまま無言で固まっている。
「どうかしましたか」
心配になって千佳子が声をかける。
「娘からメールです」
花屋は、スマホを差し出した。
そこには、アストランチアのブーケを手に微笑む花嫁と花婿の姿があった。




