君が私を忘れた日「ハジメマシテ、大好きな人」
この世界では、キツネとタヌキが覇権争いをしていた。非力な人間は、キツネを選び、稲荷神社を建てることにより、キツネの神から、神力を授かっていた。さき・楓・結衣は、エリート班。さきは、キツネの神のコンと契約して、それを使役して、戦う、テイマー。楓は、時雨一刀流の神社の跡取り娘。結衣は、普通の高校生で、ある日突然、ごたごたに巻き込まれ、2人のあとをついていく、普通の女子高生。
さきは、コンを使役するたび、自分の記憶の一部を上納しなければならない。
血の匂いと焦げた葉の臭いが混じる。タヌキの巨体が、森を覆う影となって迫る。
八本の尾が鞭のようにうねり、地面を抉るたび、地響きが結衣の足を震わせた。さきはすでに膝をついていた。
白い狐耳が萎れ、黄金の瞳が濁っている。
コン――九尾の狐――はさきの肩に寄り添い、尾を震わせながらも、まだ炎を灯していた。
「…もう、何回目だっけ。」
さきの声は掠れていた。
「コンを呼ぶたび、私の記憶が削られる。
最初は、幼い頃の母さんの顔。
次は、楓と初めて会った日の雨。
そして……結衣と三人で笑った、あの放課後。」
結衣の胸が締め付けられる。
「さき……!」
タヌキが嘲笑う。
腹の皮が波打ち、低い哄笑が響く。
「人間の記憶など、所詮は塵芥。
お前がどれだけ上納しようと、俺の葉隠れは終わらん。」
楓が前に出る。
時雨一刀流の構えは崩れていないが、肩から血が滴り、刀身が微かに揺れている。
「さき、立て。
まだ……終わってない。」
さきはゆっくり立ち上がった。
唇を噛み、血の味を確かめる。
「コン、最後の一回だけ……頼む。」
さきの指が、コンに触れる。
黄金の九尾が一瞬、悲しげに目を細めた。代償が訪れる。
さきの瞳から、光が抜ける。
死んだ魚のような目になるさき。
記憶が、上納される。――最後に残ったのは、結衣の笑顔。
三人で屋上で食べたアイス。
「また明日ね」って手を振った、あの瞬間。さきは、それさえも失う。
「…結衣。」
さきの声が、初めて弱々しくなる。
「ごめん。もう……お前の顔、覚えてられないかも。」
結衣の目から涙が溢れる。
「覚えててよ!私、さきの記憶になるから!
私が、さきの代わりに覚えてるから!!」
その言葉が、引き金になった。結衣の掌に、赤い狐火が灯る。
稲荷の神が、最後の欠片を――普通の女子高生に託した。さきが、最後の力を振り絞る。
「コン……全部、ぶつけろ。」九尾が爆発的に膨張。
黄金の炎がタヌキを包む。
だが、タヌキの尾が反撃し、コンを貫く。さきが叫ぶ。
「――今だ、楓!」楓が跳ぶ。
時雨一刀流・奥義「霧雨絶」。
刀がタヌキの核を貫く。同時に、結衣が走る。
狐火を纏い、タヌキの額に掌を押し当てる。
「さきの記憶……返せ!!」
赤と黄金の炎が交錯。
タヌキの巨体が燃え上がり、葉が散り、尾が一本ずつ落ちる。
「ぐあああぁぁっ!!」
絶叫。最後に、タヌキの体が崩れ落ちる。
ただの古い狸の死骸に還る。静寂。さきが、よろめきながら倒れる。
コンも、力を失い、影のように薄れる。楓がさきを抱きかかえる。
「さき……!」結衣は二人に駆け寄る。
さきの頰に触れる。
「さき……私の顔、覚えてる?」
さきの瞳が、ぼんやりと結衣を見る。
「……誰?」一瞬、結衣の心が砕けそうになる。でも、さきはゆっくり微笑んだ。
「…でも、なんか……温かい。お前みたいな子が、そばにいた気がする。」結衣は涙を拭い、強く頷く。
「うん。私が、ずっと覚えてる。さきのこと、楓のこと、三人でいたこと……全部。」
朝日が、葉隠れの杜に差し込む。
遠くで、稲荷の鈴がかすかに鳴った。さきの記憶はすべて失われた。
でも、仲間は守れた。しかし、それは、残酷な結末だった。
挿絵:ベーシスト楓(予定)
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