第1話:トラックに轢かれて、異世界で料理人無双が始まった
東京の片隅、雑居ビルにひっそりと佇むビストロ「ル・プティ・シェフ」。 その厨房で、高坂悠人、27歳、独身は、汗と油にまみれながらフライパンを振っていた。 名門の料理学校を出たわけでもなく、テレビで取り上げられるような華々しい経歴もない。 だが、常連の老夫婦が
「悠人のリゾット、いつも心が温まるよ」
と微笑んでくれることや、厨房の先輩から
「君の仕込み、ほんと丁寧だな」
と肩を叩かれることが、彼のささやかな誇りだった。
料理は好きだ。 市場で新鮮なトマトを選ぶときのワクワク感、 火の加減で食材が変化する瞬間、 客の笑顔を見たときの達成感。 でも、最近はその情熱が薄れかけていた。 深夜までの残業、雀の涙ほどの給料、 いつか自分の店を持つ夢は、遠い霧の中のようにぼんやりとしか見えない。 心のどこかで、もっと大きな何か――自分を輝かせる舞台を、漠然と夢見てはいた。
「はぁ……また終電逃した。コンビニ弁当でいいか……」
ため息をつきながら、悠人は閉店後の厨房を片付けた。 冷めきった唐揚げ弁当を手に、深夜の路地を歩く。 湿ったアスファルトが靴音を吸い込み、 チカチカと点滅する街灯が薄暗い光を投げかける。 秋の冷たい風が頰を撫で、遠くで車のエンジン音が低く響く。 頭の中では、今日作ったリゾットの味を振り返っていた。 あのクリーミーな食感、チーズをもう少し加えれば完璧だったかもしれない……。
突然、けたたましいクラクションが耳を劈いた。
「え、なに!?」
振り返ると、トラックのヘッドライトが眩しく視界を焼き尽くす。 心臓が飛び跳ね、時間が止まったような感覚。 轢かれる! 死ぬのか!? 後悔と恐怖が一瞬で脳裏を駆け巡る。 もっと美味しい料理を、誰かに届けたかった――そんな思いが閃いた瞬間、 衝撃が体を襲い、意識は深い闇に沈んだ。
ゆっくりと目を開けると、視界に広がるのは見知らぬ森だった。
「は……? ここ、どこ……?」
頭上には、青々とした葉が密に重なり合い、 木漏れ日が柔らかな光の筋となって苔むした地面を照らす。 足元には湿った土の匂いが漂い、 ふわっとした苔が靴底に心地よい感触を返す。 目の前には、まるで鏡のように澄んだ湖が広がり、 水面は陽光を受けてキラキラと輝いている。 湖畔には、赤や青、紫の鮮やかな花々が咲き乱れ、 まるで絵本から飛び出したような巨大なキノコが、 色とりどりの傘を広げてニョキニョキと生えていた。 遠くの木々の間からは、鳥のさえずりとも獣の唸りともつかない不思議な音が響き、 そよ風が葉を揺らす優しい音が耳をくすぐる。
悠人はゆっくり立ち上がり、服を払った。 痛みはない。 むしろ、身体が驚くほど軽い。 夢か? いや、風の冷たさ、土の匂い、指先に残る湖水の感触――すべてがリアルすぎる。 心臓が早鐘のように鳴り、頭は混乱でいっぱいになる。 死んだのか? いや、生きてる。 じゃあ、これは……あのなろう小説で読んだ、異世界転移!?
「マジかよ……俺、トラックに轢かれて異世界に来ちゃったの?」
興奮と恐怖が混じり、喉がカラカラに乾く。 夢のような状況に笑いが込み上げるが、すぐに現実感が押し寄せる。 ここで生き延びなきゃいけないのか? 財布もスマホも、ポケットナイフ一本しか持ってないのに……。 でも、どこかで小さな期待が芽生える。 もしかして、ここなら俺の料理で何かできるかもしれない――そんな希望が、心の奥でチラつく。
その時、頭の中にクリアで機械的な声が響いた。
【システム起動。高坂悠人、ようこそ新たな世界『エルディア』へ。あなたの固有スキル『神の料理人』を付与しました。】
「神の料理人? 戦闘魔法とか剣術じゃなくて、料理!?」
心の中で盛大にツッコミを入れつつ、半信半疑で「ステータス」と呟く。 すると、目の前に青く輝く半透明のウィンドウが浮かび上がった。 まるでRPGゲームのUIのようで、文字が整然と並んでいる。 悠人の心はさらにざわつく。 これは本物だ。 興奮が湧き上がり、不安を押しやる。 料理でどう戦うんだよ……でも、もしこれが本当なら、俺の唯一の取り柄が活きるかもしれない!
名前: 高坂悠人
職業: 料理人(転生者)
レベル: 1
固有スキル: 神の料理人
・効果1: どんな食材でも、調理すれば最高品質の料理に変換。味と効果は食材の潜在能力に応じて増幅
・効果2: 料理を食べた者にステータスバフ(能力強化)、状態異常回復、または特殊効果を付与
・効果3: 料理を通じて、食べた者の魔力やスキルを一時的にコピー可能(1日1回、効果時間30分)
・効果4: 料理の香りや味で敵を魅了し、戦意を喪失させる(成功率は相手の精神抵抗力に依存)
「料理でバフって……チートっぽいけど、戦場でフライパン振るってか? でも、なんか面白そうじゃん……」
悠人は苦笑しつつ、腹の虫が鳴るのに気づいた。 湖畔で銀鱗がキラめく魚を素手で捕まえ、青く光る巨大なキノコを摘む。 ポケットナイフを取り出し、近くの平らな石で簡易な焚き火を起こす。 パチパチと薪が弾ける音、火の温かさが心を落ち着かせる。 いつもの厨房にいるような安心感が広がる。
食材を切り始めると、キノコからほのかに甘い香りが漂い、 魚の身は驚くほど新鮮で弾力がある。 ナイフがキノコを切る感触は、まるで新鮮なマッシュルームのよう。 魚の鱗を剥ぐと、キラキラと光る身が現れ、期待で胸が高鳴る。 調理を進めるうち、食材が淡く光り出し、 周囲に香ばしくも優雅な香りが広がる。 まるで高級レストランの厨房にいるような、心地よい緊張感。
完成したのは、シンプルなキノコと魚のスープ。 黄金色に輝くスープは、フレンチのコンソメのように澄み、 表面に小さな泡が優しく浮かぶ。 キノコの香ばしさと魚の濃厚な旨味が、鼻腔をくすぐり、腹を刺激する。 スープを木の葉で作った即席の器に注ぐと、 湯気がゆらゆらと立ち上り、森の静寂に温かなリズムを刻む。
「自分で作ったのに、めっちゃ美味そう……」
悠人はゴクリと唾を飲み、一口飲んだ。 温かい液体が喉を滑り、身体全体に熱が広がる。 疲れが吹き飛び、力がみなぎる感覚。 まるで全身の細胞が目覚めるようだ。 心が軽くなり、異世界の不安が一瞬薄れる。
【HP+50、MP+30、攻撃力+20(一時間持続)】
「マジかよ! 適当なスープでこのバフ!? チートすぎるだろ!」
驚きと興奮で声が弾む。 料理でこんな力が出せるなら、この世界でやっていけるかもしれない! 心に小さな自信が芽生える。 スープの温かさが、まるで新しい人生の始まりを祝福しているようだった。
その瞬間、森の奥から甲高い悲鳴が響いた。
「助けて! 誰かー!」
声は震え、切迫している。 悠人はスープの入った木の器を手に、咄嗟に走り出した。 木々の間を抜け、枝を払いながら進む。 足元の苔が滑り、転びそうになりながらも、声の方向へ急ぐ。 心臓がドクドクと鳴り、頭は冷静になろうと必死だ。 戦う力はない。 剣も魔法もない。 でも、このスープなら何かできるかもしれない!
開けた場所に出ると、目の前に衝撃的な光景が広がった。 金髪の美少女が、巨大な狼型魔物「ヘルウルフ」に追い詰められていた。 少女はボロボロのローブをまとい、細い手に魔法使いの杖を握っている。 青い瞳は恐怖と闘志で揺れ、汗と泥で汚れた頰が彼女の必死さを物語る。 金髪は乱れ、肩で荒々しく息をしている。 ヘルウルフは赤い目で唸り、鋭い牙を剥き出し、 じりじりと少女を追い詰めていく。 地面には爪痕が刻まれ、近くの木々が折れている。
「くそっ、動けよ、俺!」
悠人は自分を鼓舞し、少女に駆け寄った。 戦う力はない。 でも、このスープなら……!
「これ、食べて! 絶対助かるから!」
木の器を差し出す。 少女は怪訝な顔で悠人を見た。 敵か味方か分からない男が、突然スープを差し出すのだから無理もない。 だが、背後のヘルウルフが唸りを上げ、牙を剥くと、 彼女は覚悟を決めたようにスープを一気に飲み干した。
その瞬間、少女の身体が淡い光に包まれる。 青い瞳が輝き、疲れ切っていた顔に活力が戻る。 ローブの裾が魔力で揺れ、杖が微かに震える。
「この味……!? 身体が軽い! 魔力が溢れてる!」
彼女は杖を振り、眩い雷撃が放たれる。 雷はヘルウルフを直撃し、巨大な体を一瞬で炭化させた。 ズシンと地面が揺れ、焦げた匂いが漂う。
【リリアの魔力+100、MP回復+50(一時間持続)】
少女は息を整え、悠人を見つめた。 青い瞳には驚きと尊敬が宿っている。 彼女の声はまだ震えているが、力強さが戻っていた。
「あなた、なに者!? この料理、ただの料理じゃない!」
悠人は少し照れながら、苦笑した。
「高坂悠人、ただの料理人だよ。けど、なんか面白そうな世界だな、ここ!」
少女はリリア・フォン・アルテシア、アルテシア王国の第一王女にしてS級魔法使い。 悠人のスープが彼女の魔力を爆発的に増幅させ、危機を脱したのだ。
「ユウト、あなたの力……この国を救うかもしれない。私の話を聞いて!」
リリアの瞳は真剣で、希望の光が宿っていた。 悠人はゴクリと唾を飲み、頷いた。
こうして、悠人の異世界での冒険が始まった。 料理で仲間を強化し、魔王軍を倒し、異世界に「美食文化」を広める無双の日々が幕を開ける!
読んでくれた皆さん、ありがとうございます! 感想や「こんな料理食べてみたい!」みたいなコメント、 ブックマークや評価も良かったらお願いします。次回、悠人がどんな料理で無双するのか、ぜひ見に来てください!