9話 善戦
次の戦いへと向かう途中、教務棟の生徒から小鳥遊先輩には声援が、俺の方には悲鳴が飛ぶ。
まあ、片や凛とした美女に対して、俺は敵の血を浴びた(多くの血を被った制服は脱いだが)バーサーカーである。もしかして心配してくれているのかなと、大丈夫な事をアピールするために両手を振ったら更なる悲鳴が飛んできた。
どうやら単純に血だらけな事に恐怖を誘っていたようである。自らの軽率な行動に少し自己嫌悪と悲しみを感じながら小鳥遊先輩と並走しなおす。
「気にすることはありませんよ。それは命を懸けて他の学生達を守った証なのですから。シュウジ君が優しい男の子であることは私も、治安部の皆も承知していますから……少しだけおっちょこちょいなところも含めて、ね」
……ヤバイ、既に惚れているのに、惚れ直しそうだ。こういう所が好きな所なんだよな。決してバイオレンスなだけじゃなく、ちゃんと俺を見てくれていると言うのは本当に有難い事なのだ。
フフ、先ほどの悲鳴なんぞ、気にもならなくなったぞ……しかし、このままだと治安部の評判を落とす結果になってしまう事もあり得るから、早いところ次の丹田のチャクラ『スワディシュタナ』を開く努力をすべきかもだ。G機能以外にもカウンターの分母を減らす機能が備わっているかもしれないし、次の休日は色々と試してみることにしよう。
しかし今はアイツらを倒すのが先決だな!
再び校舎に向かって突進を繰り返していた魔猪3体であるが、俺達を見つけたことで目標を変更したようである。三匹が並んで突進してきた。
2mを超える生物の突進、それは大変な暴力である。
一般人であれば問答無用で轢殺され、軽車両であれば吹き飛ばされるし、例えそれがダンプカーであっても大変な衝撃は免れない。
そんなモノと真正面から相対できる俺達もまともな生命体ではないだろう。一般学生の悲鳴もあながち的外れなものではないのだ。だが、この能力は、そんな暴力から守るために在る。それは間違いない。
「とりあえず、一匹ずつ確実に片付けましょう。シュウジ君は左の魔猪を、私は右の魔猪を片付けます。中央の一匹は一先ずやり過ごす方向で」
「了解です。進堂シュウジ、突貫します」
並び立っていた俺と小鳥遊先輩は左右に別れ、魔猪の分断を誘導する。すると、左と右に位置していた魔猪はそれぞれの的である俺達を狙って突進してきた。
なお真ん中の魔猪は迷った末にそのまま走り続ける事を選択したようである。凶悪な戦闘力を持つに至っても所詮は野生動物、アホな上に協力するという事を知らないようだ。
さて、狙い通りに戦力を分断出来たところで魔猪退治と行こうか。これ以上血塗れになりたくないから、俺も戦い方を工夫してみる事にする。
鋭く伸びて、俺を突き殺そうと迫るその長い牙。
下から突き上げて来るそれを紙一重で避けると、左の手刀で叩き折り、その叩き折った牙を右手で掴む。でもって、その魔猪とすれ違いざまに心臓辺りを狙って牙を差し込んだ。
「GYOWAAAOOO!!」
そんな身の毛もよだつ様な悲鳴を上げ、わき腹からダラダラと血を流す魔猪であるが致命傷には至らなかったようだ。その赤い瞳に闘志を宿して俺をもう一本の牙で刺し殺そうと再び迫る。実は真ん中のもう一体も俺の方へ迫ってきているから今度は確実に殺傷しなければならない。
恰好がどうとか言ってはいられないか。確実に『核』を潰さないと。
再度の牙による突き上げ攻撃、それを頭に回し蹴りを叩き込むことで逸らし、その反動で以って少し体をずらすと……必殺の二本抜き手を放ち、今度は確実に核を抉り取った。
さて、もう一体は――
迫っていたであろう、真ん中の魔猪であるが「キンッ」という、金属音が鳴ると共にバラバラと分割されてその場に崩れ落ちた。
「何を遊んでいるのですか。殺せるときに確実に殺すは戦士の鉄則です。メッ、ですよ!」
「し……失礼しました!」
見ると小鳥遊先輩へ向かった魔猪は同じく分割されて崩れ落ちていた。無論、核も砕かれている。
俺と違ってなんの返り血も浴びずに可憐に佇む黒髪セーラー服の美女。唯一赤いのは手にした刀だけ。まるでゴシックホラーに登場するような佇まいの小鳥遊先輩で、何も知らない一般人が見たら悲鳴を上げていたかもしれない。
ただ、俺にとっては限りなく美しさと強さを感じる女性剣士にしか見えなかった。だから――
「どうしました?」
「いえ、その、凄く格好いいなと……見惚れていました」
「? 魔獣を斬り殺した私の今の状態を見て、恰好いいと? 何を言っているのです」
「いや、本当ですよ! 同じく武道の道を進む者として、貴女は今、確実に美しい……血塗れでスマートフォンを取り出せない今の状況が凄く悔しいです」
「……もしかして写真を撮りたいと? フフ、変な子ですね、シュウジ君は」
ブンッと刀を一振りして刀に付いた血を振り飛ばすと、服の胸元から懐紙を取り出して血を拭い、刀を鞘に納める。その所作さえも一枚の絵にしたように美しかった。
「その、シュウジ君、あまり見つめられると恥ずかしいです。これからまたアユミちゃんに連絡を取りますから、貴方も体に付いた血を拭っておきなさい。この懐紙を使ってもいいですから」
「これは……有難く使わせて頂きます」
小鳥遊先輩は再び懐紙を取り出すと、俺に手渡してくれた。
魔猪の返り血でべとべとしていた身としてはとても助かる。しかし、こんな親切をしてくれたのは初めてでなかろうか?
そう思って顔に付いた血を拭っていると……
『小鳥遊キョウコとダブルスーパーグッドコミュニケーション!!「スワディシュタナ」覚醒までのミッション回数が2,000回減少しました。この調子で能力の覚醒を早めよう!』
…………ああ、こんな時でもG機能が働くのね。もしかしたら戦闘の中で格好いい所を見せたらどんどんカウンターの分母を減らせるんじゃないかな。
小鳥遊先輩から、もう敷地内に魔獣は存在しないという事を聞きながら、そんな事を思うのだった。