8話 悩みと戦闘
とりあえず、カウンターの分母を減らす機能、通称「G機能」の事は一旦忘れる事にする。
俺の能力の本体は『チャクラ』であり、その身体機能の上昇を以って魔獣を駆除するのが目的なのである。チャクラは7つあり、次のチャクラを開くために何をすればよいかを教えてくれるの補助機能が『ポップアップ&カウンター』で、G機能は更にその補助だ。
目的はあくまで魔獣の駆除であり、それをやり易くするための目標と手段として次のチャクラを開くことを掲げるのは良いが、それが逆転してしまうと変な事になりかねない。
目的と手段が逆転すると碌な事に成らないのは、これまでの人類史でいくらでも事例がある。
決して……決して、親兄弟に「恋愛透明人間」と呼ばれている事とは関係ないので、そこんトコロはヨロシク!
――さて、話はがらりと変わるが、ここいらで俺の所属する学園の治安部について、少し話しておこうと思う。
所属人数は3人。3年生の小鳥遊キョウコ先輩、俺こと2年生の進堂シュウジ、そして1年生の大島アユミである。そして、顧問は東堂レンカ教官で24歳の元自衛官である。
役割としては――
俺と小鳥遊先輩が直接魔獣と戦うフォワード。
大島が魔獣の位置を探知するサポーターで、東堂教官が戦闘力を持たない大島の護衛となっている。
この4人のチームで学園内に侵入してきた魔獣を殲滅する役割を担っている。
たった4人で広い学園をカバーするのは結構な難事であるが、そこは大島の探知能力に頼っている状況だ。彼女は中々に存在しない魔獣探知能力に加え、電子機材と情報処理を組み合わせて、いち早く魔獣の侵入を察知してくれる。
そして、魔獣の侵入を察知したら、治安部謹製のスマートフォンに連絡が来ると言う仕組みになっており、彼女の指示に従って現場に向かうことになる。
因みにこの呼び出し音、緊急用の為にMAX音量にしているために、教官や周りの学生からもすこぶる評判が悪かったりする。
そんなワケで本日午前中の3限目、国語の授業を真面目に受けているときにアラームが鳴り響いたときは、急いでスマートフォンを取って教官に睨まれながらも呼びしに応じた。
「こちら進堂だ、魔獣が出たのか?」
『そうですよ、校舎の西側。大きいのが三体――また、イノシシの魔獣、魔猪ですね。何を気に入らないのか校舎に何回も体当たりしてます。あー……映像をさかのぼると、一年生が石か何かを投げてて、それに魔猪が興奮したって感じでしょうか』
「わかった、直ぐに向かう。校舎西の一階でいいんだな?」
『小鳥遊先輩には連絡済みですので、とっとと向かってくださいね』
「了解だ」
俺は状況確認を終えるとスマートフォンの通話を切り、退出する旨、教官に告げる。非常時であることが分かっているためか、国語の教官はこくりと一つだけ頷いて了承してくれた。
「ノートは後でコピーさせてあげるから、頑張ってね!」
そう言ってくれたのは昨日、一緒に日直を務めた新田さんだ。彼女の期待を裏切らないためにも必ず生きて帰らないとな。
俺は親指を立ててそれに応えると、魔獣の居る場所へ向けて走りだした。
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誰も居ないリノリウムの床を目的地に向けて走る。
魔獣の出没は頻繁に起こるので、よほど大型の魔獣が出ない限り、一々避難などはせずに授業を続ける事になっている。
一昔前であれば、魔獣が出る度に緊急放送がされていたようであるが、いまそんな事になっていないのは治安部の先輩方の活躍のおかげである。俺も治安部の名を汚さないように頑張らないとと、気合を入れ直した。
途中で小鳥遊先輩とかち合うかもと思っていたが、どうやら彼女は先に現場へ到着していたようだ。向かう先から何やら魔獣の断末魔が聞こえて来る。
この調子だと俺の出番は無いかもしれない。しかし、大きなのが3体と言っていたから油断は禁物である。1対1なら小鳥遊先輩が負けるビジョンは浮かばないが、3対1になると何が起こるか分からない。早く現場に駆け付けないと。
そう思い、窓を開けて飛び出すと……丁度、魔獣に挟み撃ちになっている小鳥遊先輩が見えた。
全身の毛が逆立つ瞬間があるとすればこんな時だろう。
「オ、オオおおああぁああア!!!」
俺は咆哮を上げて魔獣の意識が少しでもこちらに向くように仕向けた。そして、その狙いは当たったようで、小鳥遊先輩に突撃しようとしていた魔猪の動きが一瞬止まった。
動きを止めた魔猪など、俺達にとっては単なる大きな的でしかない。
まず、小鳥遊先輩の正面に立っていた一匹が目にも留まらない剣閃で肉塊と化した。
そしてもう一体は俺の渾身の飛び蹴りを受けて背骨が破損。動きを止めたところで放った全力の抜き手は心臓を刺し貫き、その横に在る核を抉り取った。
「無事ですか、小鳥遊先輩!」
「ええ、私は何も傷を負っておりません……ですが、心配させてしまったようですね、シュウジ君、ひどい有様ですよ」
確かに……小鳥遊先輩はいつもの通り黒髪ロングのセーラー服姿で、血の跡があるのは持っている刀のみ。対して俺は魔猪の返り血を全身に浴びて吸血鬼もかくやと言う姿になっていた。
これは着替えないとダメだろう。服はそのまま廃棄だな。
ま、素手で戦う俺にとってはよくある事だったりするので、今回も東堂教官に睨まれるだろうが部費で新し学生服を買う事になるだろう。
そう思いながら血塗れになった学生服を脱いでいると、小鳥遊先輩が大島に連絡を取ってくれたようで話声が聞こえて来た。
「こちら、小鳥遊と進堂です。連絡のあった魔猪3体は問題なく処理しました。新たな魔獣の侵入は確認できませんが、そちらはどうです?」
『お疲れ様です。あー……残念ながら新しい魔猪の反応を確認しました。今回は校舎の東側ですね。今度も3体です。対処をお願いします』
「分かりました。すぐに向かいます。念のため、学生や教官は教室から出ないように放送を入れて貰えませんか? 東堂教官に頼んでみてください」
『了解でーす』
うーむ、最近、魔獣の出現率が上がってきている気がする。前は3日に1回くらいだったし数も1匹か2匹だったのが、最近は2日に1回となり、今日にいたっては合計6体もの魔猪が出現したということになる。
こうなると学生服の損耗率も馬鹿にならないし……疲れも溜まる。
現在開いているチャクラの『ムーラダーラ』は身体能力を上げるだけの効果しかないが、次の『スワディシュタナ』になると怪光線?が出せるようになるらしい。冒頭では目的と手段を逆転させてはいけないと宣ってしまったが、こうも戦闘が多いと楽をしたくなってしまう。
しかし、なぁ……恋愛透明人間の俺には能動的にどうこうできる話ではないし……うむむむ。
「何を手間取っているのですかっ、話は聞いていたでしょう? 校舎東に新たな魔猪が出現したようです。急ぎ向かいますよ」
「!! 失礼しました。進堂シュウジ、魔猪の殲滅に向かいます!」
そう宣言して俺達は次なる戦場へと向かった。