6話 分析
こういったときは、東堂教官に相談するのが筋だろう。何か能力に変化があった場合にはすぐに報告するようにキツク申し渡されている事だし。
ただなんと報告すべきか……小鳥遊先輩と良い会話が出来たら、グッドコミュニケーションとかポップアップが出て、次の能力覚醒までの鍛錬回数が減少したんです――素直に報告するならこの通りしかない。しかし、殴られないまでも変な顔はされそうだ。コイツはまいったな……
そうやって頭を抱えていたら件の小鳥遊先輩が部屋から出て来た。道着姿からセーラー服に着替えており、左手にはいつもの日本刀を抱えている。
最初に出会った時の格好と同じで、少しだけ動悸が激しくなる。なにせ、彼女は俺の初恋相手なのだ。それは未だ秘めた思いであるが、日常的な恰好で向かい合うとどうしても意識してしまいそうになる。
「お疲れ様です。部室ですが、アユミちゃんはもう帰りましたし、私も寮に帰ります。鍵を東堂教官に返しておいてくれませんか」
「承知しました。俺も着替えたら帰るようにしますよ。いつの間にかもう18時近いですし、魔獣も出ないとなれば早く帰って食事の用意をしないと」
「そういえば……今朝のアユミちゃんの食事はシュウジ君用意したとか。なかなか美味しかったと感想を言っていましたよ」
「東堂教官の命令で仕方なく……高校生の身で自炊は中々に難しいですね。偶にさぼりたくはなりますが、午前中、腹の虫が鳴りっぱなしになりますので、はは」
「私も同じです! 淑女として無様な姿は晒せませんから……ああ、こうしている間にもお腹が鳴りそうな気配が……恥ずかしい所を見せたくありませんからこれで失礼しますね」
「はい、お疲れさまでした。鍵はちゃんと東堂教官に渡しておきますので安心してください」
「ではよろしく。さようなら」
そう言って小鳥遊先輩は黄昏の闇に溶け込むように去って行った。んで、彼女の姿が見えなくなったところでまたポップアップが出現する。
『またしてもグッドコミュニケーション!!「スワディシュタナ」覚醒までのミッション回数が100回減少しました。連続でのグッドコミュニケーション達成でボーナス更に100回減少します。もっともっと彼女とのコミュニケーションを楽しもう!』
……見ると、カウンターの数字が「30/9,700」という数値に変化していた。たったあれだけの会話で、単純に一年近く次の能力覚醒までのミッションカウントが減少したことになる。
んー…………マジでギャルゲーみたいな仕様だ。頭が痛くなってくる。とりあえず、部室を閉めて東堂教官の下へ向かおう。
本気でどう説明しようか悩みながら、俺は困惑の溜息を深々と吐いた。
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「ぷッ、くっ、だぁっははははは! なんだそりゃ、小鳥遊といい会話が出来たらカウンターが減った!? ホントかそれ、嘘だったら勘弁しないぞ?」
「えーと、他のヒトにはミッションカウンターが見えないので疑われるのは仕方ないんですが、本当なんです。自分でも吃驚している所でして……自分の能力が伝奇系じゃなくてギャルゲー系だった事に。泣きたくなりましたよ」
「ッぷ、いや……悪かった。真面目なお前がそんな事を言いだしたのが意外過ぎてな、信じないって訳じゃないんだ。能力の中にはそういった事例もあると報告書には載っていた。一応、これでも担当教官としての仕事はちゃんとしているんだぞ?」
東堂教官は一頻り笑った後、一枚の紙を渡してきた。それに目を通すと……なるほど、能力を覚醒する為に異性と何かをすることで早まるという事例はそれなりに在るらしい。まあ、俺一人だけじゃなくて一安心という所か。先例のヒトには感謝を捧げておかないとバチがあたるかもな。
「しかし、唐突だな。小鳥遊と話す機会なんてこれまでに何度もあっただろうに。それが今日初めてカウンターに変化があったと言うのは、何かのきっかけがあったと思うのが自然だ。心当たりはないか?」
「んー……心当たりですか」
正直なところ、全くと言ってほどない。
小鳥遊先輩に惚れているのはずっと前からだし、今日みたいな会話は珍しいものでもない。
もしかして、ギャルゲーらしくあれだろうか、今までマイナス圏だった好感度が通常状態になったから、会話による好感度上昇により、カウンターに影響があったとか……うん、普通にありそうだ。でもって今まで小鳥遊先輩の好感度がマイナス圏だったのかと凄くへこんだ。
そんな俺の推論を聞くと、東堂教官は成程なぁと頷いた。
「ギャルゲーとやらの事は良く分からんが、関係が一定以上まで進んだ上で良いコミュニケーションをとるとカウンターに影響がある、と言うのは納得できる推論だ。そうなると、小鳥遊以外にも大島アユミや、私との友好関係が一定以上になれば、そのカウンターに影響を与えられるかもしれん。試しに色々とやってみるか?」
「……今日は勘弁して頂けませんでしょうか。ちょっと今日起こった事だけで頭が一杯でして……すこし頭を冷やさないと、魔獣が出て来たら冷静に対処できる自信がありません」
「なるほど……真面目な貴様らしいな。そういった自覚の持ち方は学生の内は中々できん。好感が持てるぞ!」
「自分も教官に相談したことで頭の整理が出来ました。今日一晩、頭を冷やしながらこれからどうすべきか考えてみたいと思います」
「わかった。何かあったらまた相談に来い。待っているぞ」
東堂教官に頭を下げると、教官室を出る。
なんというか自分の能力にこんな秘密があったとはな……驚きを通り越して呆れ感が強い。自分の事は割とハードボイルド的に考えていたのに、蓋を開ければキャッキャウフフの世界に憧れていたのだ。それは自分の能力が証明している。
例えばほら、今も……
『東堂教官とのグッドコミュニケーション!!「スワディシュタナ」覚醒までのミッション回数が100回減少しました』
……今日は疲れたな。シャワーを浴びたら寝てしまおう。うん、そうしよう。




