29話 狂気
魔獣の森の消滅は、この世界に激震を起こした。
なにせ今まで誰も成し得なかった事であり――誰が成し遂げたのか、その中心部には何があったのか、どうやったら魔獣の森を消せるのか。
この作戦の責任者である栗田さんは当分の間、マスコミや上への対応を迫られる事となった。俺達も説明のための資料作りに追われ、睡眠時間もさほど取れないほどの忙しい日々を送っていた。
「自分たちでやっといて何ですが……後始末がここまで厳しいとは思いませんでした」
「そうですねぇ。ここ最近、眠れなくてお肌が荒れに荒れています。こんなだったら、魔獣を相手に戦っていた方がマシです」
「かっはっは、ぼやくなぼやくな。魔獣の森を消滅させた英雄達がこの程度で音を上げていると知ったら、世間の笑い者になるぞ」
「しかし、こんな報告書を作っているくらいなら、新たに魔獣の森を消した方が良いと思いますがね。どうせ辻褄合わせのための報告書なんです。こうしている間にも、アインヘリヤルが量産されているかもしれないのに、はしゃぎ過ぎじゃないですかね?」
「確かに、大島の言っている事には一理ある。だが、魔獣の森を消滅させる方法とその中心部にあったという『鵺』は誰もが知りたい情報だ。もしかしたらこの情報を元に、私達以外の能力者チームも、魔獣の森の消滅を成し遂げるかもしれない。味方は多い方がいいだろう? 今は多くの味方を作るターンだと思え」
なるほどなぁ……確かに能力者は俺達だけじゃない。中には俺たち以上に強力な能力を持つヤツラもいる筈だ。そんな彼らを味方に付けられたらこれほど心強いことはない。
どうやら知らぬうちに英雄願望に取り付かれていたらしい。反省しなければな。そう思ったのは俺だけじゃない様で、小鳥遊先輩も大島も顔を赤くして俯いてしまった。
「まぁしかし、そろそろ次の魔獣の森の攻略が命令されてもおかしくない頃だ。たった一回ならまぐれと言い出す輩もいるだろう。しかし、それが2回、3回と続けば確固たる実績だ。『上』としても、この勢いに弾みをつけたいところだろうからな。お前たちはその時に備えてどーんと構えていたらいいのさ」
……流石は東堂教官だ。
流れを読み切っている。これからの展開が読めずに不安になっていた俺達と違って、随分と落ち着いていたのはこのためか。この辺り、俺達子供と大人の違いを感じさせられた。
はたして、その日の午後。『上』の一人である栗田さんより命令が下った。
「今より三日後だ。また諸君らの力を借りたい。先日消滅させた魔獣の森より少し規模は大きいが、同じく消滅させよとの指令が作戦本部より下った。君たち治安部の奮戦を期待する」
「了解しました!」
ほらな、という東堂教官のドヤ顔が少しだけ、うっとおしく感じたのは俺だけではない筈である。
---
そんなワケで、再び俺達は魔獣の森の消滅作戦に参加することとなった。
今回対象となった森の規模は直径約3kmで、前回消滅させた森の1.5倍の大きさであり、この程度なら前と同じく全力疾走すれば容易く森の中心部まで辿り着けるだろう。
「今度は私が前に出ます。シュウジ君は後ろからついてきてくださいね」
「承知しました。援護はお任せください。それで大島、魔獣の数はどれくらいだ?」
「えっとそうですね……ざっと800程度くらいかと。今回は大型の反応もあります、恐らくは熊の魔獣ですね。十分に気を付けてください」
生息密度も約1.5倍か。熊の魔獣とはあまり戦ったことはないが、全長3mを超える魔猪を相手にしている俺達にとって大きな障害にはなり得ないだろう。油断さえしなければ問題ない。
「それでは……往きます!」
そんな小鳥遊先輩の掛け声と共に、俺達は魔獣の森へと突入した。
前回と同じく、イノシシ、オオカミ、ヘビ、サル、そしてクマの魔獣が目の前に立ち塞がるが、小鳥遊先輩の神魔刀の前に、すべからく小間斬りにされて崩れ落ちる。その速度は俺が前にいた時とは段違いに早く、ついていくのに必死にならなければならなかった。
どうやら、前回は援護に回った事で魔獣を存分に斬れずにストレスが溜まっていたらしい。
「あは、あはははは!! もっと、もっとおいでなさいな、私を満足させられるには、全く数が足りなくてよ!」
「…………」
誰か知らないヤツが見たら何処のバーサーカーかと思う事だろう。だが、コレが彼女が戦場で見せるもう一つの顔である。普段のお嬢様のような顔も偽りとは言わないが、俺としては此方の方がしっくりとくる。
俺と同じ狂気を内包し、血に飢えて殺戮を繰り返す夜叉。俺と同じ怪物。俺が……好きになった人。
いつか必ずその領域まで上り詰めてみせる。その時は必ず――
そんな事を考えている内に森の中心部に到着したようだ。前回と同じく開けた場所、その中心にまたしても同じ合成獣――鵺が鎮座していた。
少し違うのは、
「うそ、だろう……」
『鵺』と共にウルズ、ベルザンディ、スクルドの三人が居たのだ。




