23話 遠当て
「それでどうだった、魔獣の森は? スゲェところだったろうが。これに懲りたらもう二度と行きたいなんて口にするんじゃねぇぞ? 無限に湧いて来る魔獣に、アイツら戦術まで使ってくる上、勿論遠慮なしで襲い掛かって来やがる。森の中じゃレンジャー資格を持った自衛隊員でも苦労するんだ。アイツらに有効な戦術は森から出てきたところを小銃で一斉射撃するしかねぇんだ」
「いえ、俺達、森の中で一時間遊ばせてもらえましたけど。ねぇ、小鳥遊先輩」
「ええ、ええ、とても有意義な時間でしたよ。私とシュウジ君、両方とも『遠当て』の技に覚醒出来ましたし、これからも土曜日の午後一時間は魔獣の森に立ち入る許可を頂きましたわ」
「…………うそだろう」
「問題と言えば、エネルギーを大量に使うので腹が減るという事でしょうか」
「そういえばそうですね。お腹がとても減っていることに今気づきましたわ」
「そんなワケで東堂教官、今から食料の買い出しに行ってきます。後で領収書を渡しますから処理をお願いしますね」
「……ちょっと待たんかい!?」
教官室から立ち去ろうとする俺達を、東堂教官が止めた。一体何だろうか?
「いや、本当か? 本当にあの森に入って怪我一つしなかったって言うのか? それどころか新しい技に目覚めたとか、あああ、あり得ないんだが?」
「あり得ないと言われましても……実際、問題なかったワケですし」
「納得されないようでしたら、そうですね……試し切り君を使って覚醒した遠当ての技をお見せしましょうか? アユミちゃんにも見せておいた方がよいと思いますし、今から20分後に治安部の裏庭に集合という事で如何でしょう?」
なんだか頭を抱えてしまった東堂教官であるが、小鳥遊先輩の言葉にかろうじて頷いてくれたので教官室を後にすることにした。
もしかしたら自衛隊現役時代に魔獣の森で嫌な経験をしたのかもしれない。
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そんなワケで俺達は場所を移し、小鳥遊先輩の作った『試し切り君』を約十メートル向こうに立てて準備を整えた。
ゲストとして呼んだ大島アユミは、何やら凄く興奮しているようで、逆に東堂教官は俯いてブツブツと何かを呟き続けている。大島と東堂教官を足して二で割ったらちょうどいいテンションになるんじゃなかろうか?
「何をそんなに平静でいられると思っているんですか! 漫画の中でしか存在しないと思っていた技をこの目で見られるんですよ? これはもう興奮するなと言う方がおかしいに決まっています!」
「まあ落ち着けよ、大島。確かに離れた場所へ攻撃できるって便利な技だけど、漫画の必殺技ってほど派手じゃない。見てみたらガッカリするかもだ」
「確かに見てくれは地味でしょうね。しかし、必殺技の一つに数えても良い威力はあると言って良いでしょう。アユミちゃん、そこだけは期待しても良いですよ」
「ほら、キョウコセンパイもああ言っていますし、頑張ってくださいよ!」
「本当に魔獣の森へ行ったんだよな? 何で無傷? 何で平気な顔をしていられるんだ? 信じられん……と、とにかく今はその成果を確かめる事とするか」
ようやくゲストの準備が整ったようなので、まずは小鳥遊先輩の刀技「真空波」をお披露目することになった。
あの時のように少し溜めるような姿勢となり……凄まじい勢いで刀を振り抜く。するとほぼ同じタイミングで試し切り君に亀裂が走り、上下に断たれる事になった。
「うおー、凄い! 本当に『真空波』じゃないですか! これだったらあの魔人3人娘にも攻撃として通じるかもです!」
「……なんつーか、もう、殆ど人間じゃないな。例えM16を持っていたとしても正面に立ちたくないぜ」
「お粗末様でした。次はシュウジ君の番ですが、新しいのと取り替えますか?」
「いえ、『試し切り君』の残骸が残っていますから、それに向けて技を披露したいと思います」
どうせ跡形もなく粉々にするのだ、わざわざ新しいものと交換して経費を増やす必要はないだろう。そう思い、小鳥遊先輩の申し出を断って、先ほど技を放った場所とほぼ同じ場所に立つ。
拳による遠当て。
それは格闘家の誰もが目指す究極の目標と言って良いだろう。それをチャクラと言うインチキを用いて成し遂げた身としては後ろめたい気もあるが、敵はそれを待ってくれない。
使えるものは使う。
そういうスタイルでいかなければ、この先生き残る事は出来ないだろう。
俺は正拳突きの構えを取ると、右拳にチャクラの力を集中させ……目標に向かって拳を突き出した。すると、俺の拳から光る何かが放出され……試し切り君の残骸に着弾、凄まじい音と共に完全に破壊せしめた。
「……うそだろ」
「……だ、誰ですか地味とか言っていたヒトは! すっごく派手で、威力も必殺技に相応しいじゃないですか!」
そ、そうだろうか? 俺の想像する百歩神拳はこれの十倍は威力があって、派手なヤツなんだが。ほら、石破●驚拳のように全身が金色に輝くでもなく、地殻変動を起こすでもなく、ふつーに目標を砕くだけの地味な技じゃないか。
「もしかしてシュウジセンパイ、本当に漫画の技と比較しています? だったらセンパイの認識がおかしいですよ!」
「ああ全くだ、こちらも射程は短いかもだが、バズーカ並みの威力じゃないか! お前ら、この技は校内、いや、学区内で使用するのは禁止だからな、こんなの学園長に何を言われるか分かったもんじゃない」
「えぇー、せっかく習得した技なのに使えないとか何のために見せたのか。ほら、小鳥遊先輩も意気消沈しちゃってるじゃないですか」
見れば、小鳥遊先輩が見たこともないくらい落ち込んでいる。剣士にとっても『遠当て』は最終目標と言って良い技だもんな、それを使ったらだめとか言われたら落ち込みもする。
「いえ、学区内が駄目というのなら、逆にそれ以外の場所……魔獣の森で使う分なら問題ないという事でしょうか?」
「ああ、それは……生きるか死ぬかの瀬戸際で技を制限するなんてことは出来ないし、やれないだろう。存分に使えばいいんじゃないか?」
「聞きましたかシュウジ君!?」
「ええ、とくと聞きました!」
クックック、待っていろよ魔獣共。週末は存分に技の実験台にしてやる。それまでにやれそうな技を考えておかねばなるまいて。
東堂教官と大島が引きつった笑みを浮かべる前で、俺と小鳥遊先輩は拳を打ち付け合って次のお楽しみ会までに修練を欠かさないことを誓うのであった。




