22話 成長
真正面から突進してくるイノシシ型の魔獣、脇から隙を伺いつつ咽喉に食らいつこうとしてくる狼型の魔獣、草むらを這って足に食らいついて毒液を流し込もうとする蛇型の魔獣、上から振って来て頭をカチ割ろうとする猿型の魔獣。
他にも色々な魔獣が居るがヤツラの狙いは一つ。俺達の命だ。
怒涛の勢いで迫る魔獣。その全てが俺達を殺そうと集まってきているのだからこれほど怖いことは無い。少しでも気を抜けばその波にのまれて即刻、餌となり得るだろう。だが――
「楽しい、楽しいなぁ! シュウジ君、君も楽しんでいますか?」
「ええ、こんなにも充実した時間は久しぶりです。まるで身体が喜んでいるようにさえ感じますよ」
「そうですねっ。ずっとずっと、全力を出せずに燻っていたのです! それが今、解放されて能力を全開にしなければ生き残れないこの状況……告白すると、私はずっとこの状況を待ち望んでいたのですよ」
「ははっ、俺もですよ……毎日毎日駆除だけの日々で、血が滾るという事が一切なく……もしかしたら、近日中には貴女に挑んでいたかもしれません。死の覚悟を以て」
「それは此方のセリフですよ、シュウジ君。アナタの肉体を見た時からずっと惹かれていました。あの美しい筋肉で殴り、蹴られ、関節を決められたら、確実に肉体が破損する……そんな肉体を持つアナタと鬩ぎ合いたいという欲求は日々強くなって……いまこの場で、こうして魔獣と戦っていなければ襲っていたかもです」
「そいつは……光栄ですねっ、と!」
脚に絡みつこうとした太い胴を持った蛇を連続の足刀で切り刻む。どうやら動きを止めないと埒が明かないとみて、拘束する方向で俺達を追い込むことにしたらしい。
上からも植物のツルを編んだ網を猿型の魔獣が降らせてくるが……俺達は両方とも刃持ちだぜ?
降って来る植物の網を、神魔刀で手刀で切り刻む。そして背中合わせとなり、横からも振らせてくる植物網をそれぞれの手段でバラバラにする。
そして、悔しそうにキーキー鳴いている猿型の魔獣に拾った石を全力で投げつければ……頭を失ったオブジェクトの出来上がりである。ぶしゅーと、首を失った体から飛び散る血が、辺りを濡らし、鉄臭い匂いを運ぶ。
「やはり物理っ、物理攻撃は全てを解決してくれますねぇ!」
「いえ、そうとも限りませんよ。この一刀を見てください」
そう言うと、小鳥遊先輩は少し溜めの姿勢となり、一瞬後に猛烈な勢いで刀を振り払った。
すると、その延長線上にあった狼型の魔獣、イノシシ型の魔獣が、上部をスライスされたかの如く分割されて崩れ落ちる。
「これは……もしや真空波ですか!?」
「ええ、ええ……今の私ならと思い、やってみたら出来てしまいました。やはり実戦こそがヒトを鍛え上げるようです。シュウジ君も『遠当て』にチャレンジしてみませんか? 的には事欠きませんし」
いやそれって、漫画の中の世界だけで使える技じゃなかったのかよ! そんな面白いヤツ……やってみるしかないじゃないか!!
俺はチャクラの放出を一端止めて、全てのエネルギーを右拳に集めた。そしてそこから放つは右正拳突きである。襲い掛かって来た狼型魔獣に少し早めに正拳突きを放つと……出た! 拳の形をしたエネルギーが直進し、狼型の魔獣を粉々に打ち砕いた。
「これは……百歩神拳とまではいかないけれど、十歩神拳を名乗るには十分な威力かもですね!」
「おおー、おめでとうございます。シュウジ君も『遠当て』に覚醒出来たようですね、コレで戦術の幅が格段に広がりましたね」
子供の頃に憧れていた『百歩神拳』モドキが撃てるようになるとは。いや、チャクラ様様である。しかしこうなってくると試したい技は沢山ある。もっともっと……俺は強くなりたいのだ。そしていつの日にか隣の肩を並べられるようになったなら……告白しようと俺は思っている。
だが、それはまだまだ当分先の話だ。
俺に倍する勢いで魔獣を狩り続ける小鳥遊先輩に、追いつけるのかなぁと一抹の不安を抱えながら、俺達は栗田さんから聞かされていた制限時間まで、襲って来る魔獣を殺し続けた。
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「いや、凄いな君達……途中で音を上げて帰ってくると思ってばかりいたが、やり切るとは……しかも監視カメラでキルカウントを確認する限り、歴代最高レコードかもしれないぞ。能力者というのは此処まで凄まじいものなのか……」
制限時間である一時間を全て魔獣殺しに使用して帰って来た俺達を迎えたのは、そんな栗田さんの呆然とした声だった。
「このような機会を頂き、ありがとうございました。出来れば今後も定期的にこのような機会を作って頂けると大変ありがたく思いますわ」
「俺からもお願いしたいですね。やはり『駆除』ではなく『実戦』こそが戦う人を育てます。此処で技を磨けば、あの三人に対抗できる力を得られるかもしれません」
特に俺の場合、鳩尾のチャクラを開いたとはいえ、その使い方が全く分かっていない。それどころか丹田のチャクラの使い方もそうだ。結局は会陰のチャクラを開いたときと同じ戦い方をしており、何が出来るのか把握しきれていない。
それが、今日の短い実戦を経るだけで『遠当て』に覚醒出来たのだ。こんな良い修練場がこれっきりになるのは、とてももったいない気がしている。
「そ、そうか……はー……な、ならば、土曜日午後の1時間だけ、修練と称してこの場を使えるようにするよ。それ以上は私の権限では難しいからな。しかし、そんなにも効果があるのなら、他の地区を守る能力者に声を掛けてみるのもイイかもだ。いや、今日は大変有意義な時間を過ごさせてもらったよ。ありがとう」
そんな彼の言葉で本日の魔獣の森、遠征は終わった。
十分な成果を上げられた俺達であるが、一つ問題があるとすれば、全力で戦い続けた分、お腹がすいているという事だけか。
帰ったら東堂教官に食料の買い増しを申請することにしよう。




