21話 魔獣の森
黒き森――通称、魔獣の森は、悍ましい魔獣がわんさか出て来るために各国の軍隊(この国では自衛隊)が必死に足止めを行っている難所である。そこは3交代で常に見張られているが、討ち漏らしが生じる事がある。その討ち漏らしを俺たち能力者が狩っているのが現状だ。
つまり、どれだけ気勢を上げたとしても今まで俺達がやっていたのは自衛隊の下請け作業でしかなく、本当の戦場とはかけ離れた安全区域での魔獣駆除である。
しかし、これから向かう魔獣の森は本当の意味での戦場だ。そんな場所で戦うと言うのに、俺は、そして恐らくは小鳥遊先輩も、高揚感を隠せずにいた。
「うえぇ、二人ともバトルマニアですねぇ! ボクは情報解析作業が忙しいし、そんな危険な場所に行ったら即、この世から退場になりかねませんから、絶対に行きませんよ!?」
と言うのがこの件を伝えた時の大島アユミの反応である。
そして恐らくこれが正しい反応なのだ。
しかしながら、己の命を天秤にかけて楽しむ、愚かで救いようがないガキである俺――そして恐らくは小鳥遊先輩も――は、戦場で戦う事を望んでいた。
正直な話、飽き飽きしていたのだ『弱い物いじめ』は。
最初は魔獣と釣り合っていた能力は、自己の能力が肥大化する毎にパターン化し、作業へと変化……戦いから駆除へと変わってしまった。
俺が――俺達が求めるのは一方的な殺戮ではなく、闘争なのだ。それをあの三人の女との戦いで目覚めさせられたと言ってよい。
今、俺と小鳥遊先輩は、東堂教官の教官室で出会った栗田というナイスミドルの運転する車の後ろに載り、魔獣の森へ向かっている。
車内は無言。
しかし、俺たち二人の間では、戦いへの渇望と高揚感が渦巻いており、決して萎縮だけはしていない。それどころかまるで故郷に帰って来たかのような懐かしい気分を感じていた。
そんな雰囲気を察したのか、栗田さんは俺達に話しかけた。
「大したものだな、能力者と言うのは。私も幾度もこの車で新兵を魔獣の森に届けたが、皆、激戦を思って萎縮していた。しかし、君らはその激戦こそ望んでいるように見える。ただ、無理だけはしてくれるなよ。私も東堂に恨まれたくはないのでね」
「ご心配ありがとうございます」
「ですが大丈夫です。自分の力でやれる事を確認するだけですので」
「気負いもなく、冷静に自分たちのやるべきことを自覚しているか……学園を卒業したらウチにこないかね。君らが経験を積んだらよい自衛隊員になれるだろう」
「今はまだ何とも……お答えできることではありません」
そんな勧誘には応えず、俺達はやるべきことを頭の中で確認していた。
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車に乗って1時間ほどで魔獣の森の外縁部に到着した。
森の方からは時折『パパパッ』という小銃の連射音が聞こえて来ている。恐らくは魔獣を相手に射撃しているのだろう。
銃撃音はテレビで見るそれよりも大分大きく、驚かされた。あんなのを常時耳にして難聴にならないか心配になる。
「ははっ、自分の心配より、隊員の難聴を心配するなんて大した余裕だ。君ら二人にはこれからシフト交代となる小隊C班に代わり、このC区域の魔獣と戦ってもらう事になる。ここまで来て出来ないとは言わないよな?」
「ええ、勿論です」
「あのフェンスのCと書かれた場所に入っていって魔獣を殲滅すればよいのですね。お任せください」
「……バックアップは要らないようだ。早速、魔獣の森を体験してもらおうじゃないか」
そうこう問答を行っている内に、Cと書かれたフェンスの中から一個小隊(6人)の隊員たちが出て来た。数時間の間、緊張状態を強いられていたハズなのに、全員タフな事にへたり込む人は誰一人としていない。この人たちに代わって数時間の間、魔獣と戦うのだと思うと武者震いが止まらない。
小鳥遊先輩の方を見ると俺と同じくして、笑みを浮かべ武者震いをしているのが分かった。どうやらやはり、俺と小鳥遊先輩は同類のようである。
「栗田一尉、この子たちは? それより交代班の姿が見えないようですが」
「ああ、安心してくれ。この子たちがその交代班だ。二人とも一騎当千の能力者だ」
「っ、子供じゃないですか!? 能力者とは言え、こんな子供を戦場に、」
「黙れっ、そして従え! 私の決定に異議を唱えるな!」
『イエッサー!!』
C班の隊員全てが気をつけの姿勢になって栗田さんに敬礼する。俺達もつい、気をつけの姿勢になって栗田さんに向かって敬礼をしていた。
そんな俺達に栗田さんは不敵に笑いかけると言った。
「地獄へようこそ。是非とも生き残って感想を聞かせてくれたまえ。初の戦場がどのようなモノであったかをね」
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そんなワケで俺達は特に着替えることなく、Cと書かれたフェンスの中へ入って行った。
なるほど、コレが戦場の雰囲気か。四方八方から殺意を感じて身が引き締まる思いだ。
隣に立つ小鳥遊先輩を見ると相変わらず、嗜虐の笑みを浮かべている。これはもう出て来る魔獣に同情を禁じ得ないな。
しかし、一応、最低限の打ち合わせは、しておいた方が良いだろうと思って話しかける。
「小鳥遊先輩、魔獣との戦いは基本的に自由で。しかし、森の中で後ろが無防備になるのは駄目だと思いますので、お互いがお互いの背後をカバーするというのでどうでしょうか」
「そうですね、私もそれを提案しようとしておりました。連携の訓練にもなりますし……っと、来ましたよ!」
見れば3mはある大きなイノシシが俺達の方を向いて大地を蹴っていた。
ここまで大きいのに出会ったのは記憶にない。まるで小山のような大きさに一瞬たじろいだ。しかし、このイレギュラーさえもが俺達の望んでいた事である。
迫り来る大イノシシに向かって、小鳥遊先輩が走る。そして裂帛の気合と共に真正面から神魔刀を振り下ろした。
その一刀により、大イノシシは縦に両断され――十歩ほど歩んだ後で両脇に倒れ込んだ。
見事な一撃だ。しかし、敵はまだまだいる。刀を振り下ろした姿勢の小鳥遊先輩の頭上から、1.5mはあるだろう人と変わらぬ大きなサルが石を手にして急降下、頭をカチ割ろうと迫る。
それに対して、俺は飛び蹴りを敢行。チャクラの力を得たソレは小鳥遊先輩の頭上1mまで迫った猿を撃墜し、そのまま首の骨を折る。続けて三本抜き手でもって核を抉り取って握りつぶした。
「なるほど……これなら退屈せずに済みそうですね」
「駆除だけじゃなく、ちゃんとした戦闘訓練になりそうで良かったですね」
俺達は闘争本能を全開にした歪な笑みを浮かべると、迫り来る魔獣の群れと相対した。




