20話 提案
さて、ひとしきり懺悔が済むと、あの三人が何者なのかという話題に移行した。
ウルズ、ベルザンディ、スクルドの北欧三女神の名を語った女たち。
彼女らはそもそも魔獣核に浸食されていたのかどうかも怪しい。なにせ、他の治験者と異なり、寄生されたと思われる痕跡が無い上、理性もあって、俺達と似たような能力を使いこなしていた。
どちらかと言えば『能力者』を感じさせる立ち位置であって、本当のところはどうなのか――是非とも『上』に確認して貰いたいところではある。
そのことを東堂教官に告げると、
「駄目だな。今回の件で責任の擦り付け合戦をやっているよ。今はまともな情報は出て来ない。そもそも彼らの治験を行っていた研究所自体が駄目になってしまっているんだ。正確な情報は得られないと思ってくれ」
「そういえば……被験者はその場所に居た研究員を食い散らかして脱走したんでしたか。生き残った研究員が居たとしても、まともな精神じゃ居られないでしょうし、こりゃあ、アイツらが何者かを解き明かすのは難しいと思った方が良いでしょうね」
「まあな、何せ先ほど再生していた学園の監視カメラの映像。それに最も情報が乗っかっているのが現状だ。対策が事後事後になって済まないが、当分の間は学区内の魔獣の駆除と、自己研鑽の時間となるだろうよ」
彼女たちの事で分かっているのは敵だという事。そして、また準備を整えたら襲ってくる可能性があるということ。それだけだ。次の襲撃までに今ある情報を解析して、備えなければならない。
で、その解析を誰が行うのが最適化かと言うと、コレはもうウチの電子工学科のエースである「大島アユミ」しかいない。そういう情報解析については普通科である俺や、小鳥遊先輩には荷が重すぎるのだ。
因みに東堂教官にそういった伝手は無いものか聞いたところ、「ない!」という良い返事が返って来た。使えない教官である。
そんなワケで、学園の監視映像の編集や情報解析は大島アユミに任せる事になった。「戦闘で足手まといになった分、頑張ります!」と息巻いていたから恐らくは大丈夫だろう。
で、その間、暇になった俺と小鳥遊先輩は、成長したであろう俺のチャクラ能力を検証するために、治安部の裏庭で色々と身体能力測定をやってみる事になった。
器具を使った測定は壊してしまう懸念があるため、敏捷性やスピード、持久力、跳躍力などを測定したのだが、その結果は……。
「まあ、普通に超人ですね。オリンピックの記録を全て塗り替えるほどには人間離れしています。それはいいことなんですが、問題は……」
「アイツらにこの能力が通じるか否かですよね。あの時以上の力をつけないと、今度こそ殺されかねない。そしてそれは小鳥遊先輩にも言える事です」
「そうですね。それに彼女達は明らかに強敵を想定した連携までをも使ってきました。こちらも連携を想定した訓練をすべきでしょう」
「そうなると仮想敵が必要になってきますが……普通の魔獣相手では単なる『駆除』となってしまいます。何か良い手はないでしょうか……」
お互いを仮想敵とした組手も考えはしたのだが、連携訓練が出来ないし、一番の問題はお互いの攻撃力が強すぎるのだ。いずれも本気の攻撃を繰り出して当たってしまえば即お陀仏……そんな組手が出来る訳がない。
本気を出さずに行う組手なんて相手を魔人と想定した場合に意味があるとは思えないし。
はて困ったなと首をかしげていると、一つ思いついたことがありますと、小鳥遊先輩が人差し指を挙げた。
「黒き森――魔獣の森の中で修練を積むと言うのはどうでしょう? 地域守護の時よりは確実に魔獣の出現率は高い筈ですし、相手のテリトリーで戦うという事には大きな意義があると思います。問題は許可が下りるかどうかですが……」
「それは……俺的にはアリですね。古来より修行を積むのは山林と相場が決まっていますから……というのは冗談で。魔獣の森の中でしたら全力を出すに事足りる環境だと思いますよ! 早速、東堂教官に相談してみましょう!」
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「魔獣の森に立ち入るだと? 駄目に決まっているだろうが、アホかお前らは。いいか? 講義でも言ったかもしれんが、アレの中に入って生きて帰って来たヤツはおらんのだ。それこそ完全武装の兵士、一個中隊が調査に中へ入って行って全滅したことが何回もあって、あそこへ立ち入ることは完全なタブーとなった。いくら強大な能力を持つお前たちと言えど、魔獣のテリトリーに立ち行って無事に済むとは到底思えん。別の修練方法を考えろ、以上だ!」
俺達の提案はそんな言葉で却下された。良い案だと思ったんだけどなぁ。しかし、助け舟は意外なところからもたらされた。
「ほう、君達、魔獣の森に興味があるのかね?」
その男は、東堂教官と同じく野戦服を着こんだ50代に見える現役の自衛官だった。
学園の教官室に別の組織の人間がいるのは中々に珍しいが、恐らくは彼が東堂教官のいう『上』の一人ではなかろうか?
老練した雰囲気の中に、好奇心の強そうな意思を感じる髭を生やした中年男で、いかにも胡散臭い。それがこの男の第一印象だった。
「魔獣の森、というよりは修練できる環境に興味があると言ったところです。日々、魔獣の森から出て来る魔獣を狩っているだけでは、あの三人の魔人に対抗できる力を得る事は出来ないと思いまして……」
「私も、やきもきしていたのです。魔獣の森から出てくる魔獣では一撃で命を刈り取ってしまって駆除にしかなりません。今、私達に必要なのは『戦場』なのです」
そう言うと、胡散臭いナイスミドルは面白そうに口端をゆがめた。
「じゃあ行ってみるか、魔獣の森に! 自衛官が必死の思いで魔獣を堰き止めている黒き森の外縁部、そこへの一部立ち入りを私の権限を持って許可しようじゃないか。東堂、貴様、面白い部下を持ったな!」
「栗田さん、こいつらを冗長させないでくださいっ! お前らっ、撤回しろ。今なら間に合う。あそこは人間が立ち入れる場所じゃねーんだよ!」
まるで魔獣の森に立ち行った事があるかのように捲し立てる東堂教官であるが、俺達の意思は変わらない。
「東堂教官、どの道、アイツらは俺達に触手を向けています。何らかの対抗手段を見出さないと、どの道やられる事になる。その時になってああしておけばよかったと後悔はしたくないんですよ」
「右に同じくです。私も能力者の端くれとして、ただ座して死を待つと言うのは耐えられるものではありません」
そんな俺達を見て栗田という男は、面白そうに東堂教官を眺めている。
「あー、もう、私は知らんからな、勝手にしろ!」
そんなワケで、俺と小鳥遊先輩は黒い森――魔獣の森に挑む事となった。




