2話 起点
黒い森の出現、そのコトの起こりは誰にも分からない。
多少、森の色が黒くなったところでそれは光の加減かもしれないし、黒くなったところで何がどう影響するか分からないから放置されていた。でもって、その放置が致命的な問題を生み出した。
通常の野生動物よりも凶悪な力を持つ『魔獣』の誕生、そして黒い森の外への進出である。
世界各地で『三毛別羆事件』に近しい獣害事件が起こり、政府がようやく重い腰を上げて調査に乗り出した……しかし、未だ認識が甘かった。
黒い森へ入った調査団の全滅。
腕利きのハンターに守られた学者連中、その全てが帰らぬ人となり、事ここに至って軍隊の投入が決定。黒い森は世間から隔離されることとなった。
因みに黒い森を焼く……という試みもあったらしい。
しかし、ナパームや焼夷弾という兵器をも用いて実施されたそれは何ら黒い森を焼くことなく、周囲の森を焼くだけだった。
原因不明の黒き森はいつしか魔獣の森と呼ばれるようになり――魔獣の森は世界中に在って拡大を続けている。そしてその拡大と同時に魔獣の進出も増え続け、軍隊のキャパシティを超えようとしていた。
ちょうどそんなときである。
魔獣に襲われつつも生き延びたヒトの中に、特殊な能力を持つ者が現れ始めた。
それは魔獣の位置を探知できる者であったり、単純に魔獣へ対抗する者であったりと、とにかく対魔獣に特化した能力を持つ者が出現しだした。
いわゆる免疫細胞のようなものだろうか? 魔獣と言う名の人類の脅威に対するために、人類が作り出した新たな役割を持つヒト。
そんな彼らは新人類と呼ばれ、否応なく人類の盾として組み込まれた。かく言う俺、進堂シュウジもその一人である。
1人/100人の割合で存在する俺達は、その持つ能力によって各自治体へ配置され、学生の身である俺としては、通学していた学園の守役として配置されて現在に至る。
能力に目覚めた時、あの時は本当にちびったものだ。
普通の野生動物に対しても人間は敵わないってのに、1.5倍から2倍の質量となった生命体が殺意丸出しで襲ってくるのだ。
咄嗟にその鼻ずらに向けて正拳突きを放てたのは奇跡と言って良いだろう。幼い頃に習った空手の技が咄嗟に出てしまったと言うのが正しいかもだが。
無論、そんな付け焼刃の技が魔獣相手に通じる事はなく、ぶっ飛ばされた。
その衝撃は今でも覚えている。正拳突きを放った腕の骨が折れ、視界はグルグルと空と地面を行き来し、体は独楽のように回転して街路樹に突っ込んだ。
あ、こりゃ死ぬなと、思ったよりも冷静な意識で狼型の魔獣が迫って来るのを見ていたら……キンッ、という音がして、魔獣がバラバラに砕け落ちた。
いきなりのスプラッタに吐きそうになっていると、冷たく涼やかな声がして俺を現実に引き戻した。
「見事です。魔獣相手に素手で殴りかかるとは正気の沙汰ではありませんが……その勇気こそが命を繋いだことに変わりありません」
日課のランニングをしていて、偶然立ち寄った公園で魔獣に襲われ、そして黒髪ロングの日本刀を持つ少女に助けられた。
全てが現実味を欠く夜の出来事の中、『本日のミッション:「魔獣に立ち向かって生き延びる」を達成しました』という、間抜けな音を立てて出現したポップアップをどこか夢心地で感じていた。
それほどまでに目前の少女から目を離せなかったのだ。
満月を背にして、魔獣の血で赤く染まった日本刀を片手に持ち、俺へ微笑む美女。しかも命の恩人とくれば惚れない方がどうにかしている。
それが、俺の能力の目覚めと、一目惚れした小鳥遊キョウコ先輩との出会いだった。
その後であるが、結構な傷を負っていた俺は救急車で運ばれ、治療を受ける傍ら能力検査を無理矢理実施されて陽性反応が出て……人類の盾となった。
そして、自身の通っていた学園の守人となったのは先ほど述べた通りだ。
話が長くなってしまったので、俺が目覚めた能力『日々のミッション』と『チャクラ解放』については別の機会にでも語らせて貰おうと思う。