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13話 変化2


「こんにちはー」

「はい、こんにちは」



 今日も今日とて治安部の部室へ出頭した。


 特別な用事が有るときを除き、魔獣出現に備えて放課後は治安部部室に詰める事を義務付けられているから、必然的に部室へ来る事になる。


 そして先日とは逆に今日は大島の姿はなく、小鳥遊先輩の姿があるだけだった。


 はてどうした事だろう。


 当然だが一年の方が科目数が少なく三年の方が科目数が多いので、大抵は大島、俺、小鳥遊先輩の順に部室に来るのが常なのだが、今日は何故か逆の順番になりそうだった。



「珍しいですね。大島がこの時間に居ないなんて」

「なんでも今日は電子工学科の発表会があるとかで、いつもより遅れるそうです」

「ああそれで……アイツが此処のところ、ずっと半田ごてを使っていた理由はそれですか」

「あとわたくしは、今日は東堂教官の出張で6限目の授業が無くなったので、早く部室に来たというところです。ちゃんと自習はしておりますよ」



 そう言って『今日』は片付けられた机に、広げたノートを見せてくれる。別に自習をちゃんとしているかどうかを疑う理由はないのだが……それよりも、だ。



「東堂教官の出張というと……この地域の魔獣対策会議のアレですか」

「そうですね。ここのところ魔獣の出現数は増える一方ですし、各所との連携を強めるとか、もしかしたら防衛する範囲を広げるとかの話が出ているかもしれません」

「それって、俺達の負担も増える可能性があるという事ですよね……今以上の負担は学業に支障がでるかもですが……」

「能力を与えられた者の定めですね。卒業したら否応なく自衛隊か防衛大学への道が待っていますし、今だって単位に融通を利かせて貰っている身です。わたくしたちの負担が増えるより、市民の安全の方が大事という論理で押し切られるのではないでしょうか?」

「ははぁ……まあ、確かに、例えば家族の安全と学業のどちらを優先するかと聞かれたら、当然家族の方を選択しますし、まだ学生の身である事は、政府からの恩情でしかありませんからね……」

「そういうことです」



 理路整然と自らの境遇を語る小鳥遊先輩を見て、改めて綺麗なヒトだなと思う。


 キッチリ着こなしたセーラー服、艶やかな黒髪、涼やかな瞳にすっきりとした鼻筋と小さい唇が奇跡のように調和している。こんなだから男子学生だけでなく女学生にも人気がある。


 ただ、魔獣討伐能力の所為で多くのヒトが遠目に見るだけで近寄らず、たとえ近寄る男が居てもその手にした日本刀を見れば大抵が逃げていくといった感じだ。


 彼女に一目惚れした身としては、ありがたいと思うと同時に、その孤高さから話しかけ辛く、もどかしい思いを抱えている。


 ただ最近はG機能のおかげもあってか話す頻度が増えた気がしている。それこそ、先日、大島と話した内容が弾んだように。



 とりあえず、俺は小鳥遊先輩から目を逸らすと、自分の机に鞄を掛けた。今日のミッションは筋トレ系なので早いところ取り掛からないと18時を過ぎてしまう。


 そんなワケで学生服を脱いでジャージに着替えようとしたのだが……小鳥遊先輩が俺の方をじっと見つめていることに気付いた。


 いつもであれば、着替える時は自然と目を逸らしてくれるのに、今日はいつもと様子が違う。流石にじっと見つめられた中で着替えるのは恥ずかしく、声を掛けた。



「あの、小鳥遊先輩? ずっと見られていると着替えづらいんですが……」

「ああ、ああ、そうですね、はい。大変失礼しました。しかし、わたくしの事は気にせずにどうぞお着替えなさってくださいな」

「いや、そういうわけには…………」

「だいじょうぶです、たんにがくじゅつてきなきょうみがあるだけで、けっしていやらしいきもちがあるわけではありませんから、はい」

「えーと……もしかして保健体育の授業の一環的な?」

「はいっ、そのとおりです! アレです、えーと……そう! 今日の自習となった東堂教官の授業、その中に人間の筋肉の付き方というか、筋肉の名称と箇所を覚えておくような課題がありましてハイ。自前のでもよいですが、やはり男の子の発達した筋肉を見る方が勉強になると申しますか、これは必然なのであります」

「…………」



 なんか今までにない早口で捲し立てられたが、要は俺の筋肉を見たいという事でよいだろうか?


 まあ、それならいい……のか? 惚れた女がインターネット検索で他の男の裸をじっくり見るのを想像するともやもやする。それだったら俺のパンツ一丁になった姿を見てもらった方がいい気がするな(混乱中)。



「分かりました。ただし、絶対にパンツは脱ぎませんから、そこはご了承ください。あと触るのも駄目です」

「…………ッ」



 ……なんか舌打ちが聞こえたような気がするが、気のせいという事にしておこう。


 小鳥遊先輩も男の裸に興味があるなんて普通の女の子なんだなと、親近感が湧いた……っと、これは保健の授業の一環なんだから変な勘違いは止めておこう。


 そんなワケで、手早く学生服を脱いでパンツ一丁になる。男同士で半裸になるのは慣れているが、女の子の目の前でパンツ一丁になるなんて妹の前以外ではなく、ちょっと気恥ずかしい。



「おおぅ、今までちゃんと見たことはありませんでしたが、しっかりと見てみるとこれはなかなか……」



 小鳥遊先輩が上下左右、舐めるように俺の体を見てゆく。なんか今にも襲い掛かってきそうで恐怖を覚えるのだが、き、気のせいだよな。



「あの、小鳥遊先輩? ちゃんと、筋肉の場所や名前を憶えてくれてますよね?」

「ええ、ええ、勿論ですとも! いやしかし、綺麗ですねぇ。今までわたくし、宝石が一番綺麗なモノと思い込んでおりましたが、それを見事に覆されました。見事なまでに発達した僧帽筋は美しく、アキレス腱と繋がったヒラメ筋なんて、もはや芸術品です。斬り取って貰わせても良いですか?」

「猟奇的な事を言わんでください! 先輩だって自前のがあるんですからそれで我慢してくださいよっ、と、そろそろいいですかね? 少し寒くなってきましたので」

「もうちょっと……もうちょっとだけ、この至福の時間をわたくしに……」

「ダメです。なんか身の危険を感じるようになってきましたので、これまでにさせて頂きます」



 そう宣言すると、俺は手早くジャージを着こんだ。なんか、本気で身の危険を感じ始めたので(猟奇的に)。


 惚れた女に下着姿を晒すなんて、望む所だと思っていた少し前の自分を殴りたくなる。思わず魔獣に牙を突き立てられそうになった最初の戦闘を思い出してしまったぜ。



「……ごめんなさい。少し我を見失っていました。でもシュウジ君が悪いんですよ? そんな魅力的な肢体がこの世に在るなんて私、これまで全く知りませんでしたから」

「凄い言い様ですね、じゃあ、これからはずっと更衣棟で着替えることにします」

「なんで、そんな殺生な! 御願いですからここでずっと……なんなら私の着替えも見ていいですから」

「そんな犯罪行為が許されるワケがないでしょうが!」

「シュウジ君がその肢体を見せてくれない方が犯罪です!」



 俺達は訳の分からない事で怒鳴り合ったあと、お互いに笑い出した。


 なんで俺の着替え一つでこんなに怒鳴り合わなければならないのか。ちょっと普段には無いことで暴走してしまったことが恥ずかしく、また、今までになくお互いの内面を曝け出したことに、笑うしかないというのが正直な感想だ。



『GODSコミュニケーションにより、スワディシュタナ(丹田)のチャクラが開けるようになりました。今後の戦闘で役立ててください。なお、次のマニプラ(鳩尾)のチャクラを解放するには1,000,000回のミッション達成が必要です』



 だ・か・ら、今のタイミングで余計な事をアナウンスするんじゃない!


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