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1話 プロローグ


 昼休み。


 それは人類が生み出したモノの中で、最も評価されるべきであると断言しよう。


 少し長めの休憩時間は何をするにしても自由だ。食事も、会話も、読書も、寝ていても何ら問題ない。特に成長期の肉体は睡眠を欲する。授業中に寝ってしまえばチョークと共に叱責が飛んで来る学生の身として、この休息時間は大変貴重なのである。


 故に――この貴重な時間を邪魔するヤツは、全て抹殺されて然るべき敵なのだ。



『シュウジセンパイ。ご高説は承りましたから、その邪魔者を排除しに行ってください。中庭にイノシシ――恐らくは魔猪です。学園側から排除要請が出てますので、とっとと片付けてきてください』



 机に突っ伏した頭の横にあるスマートフォンから、けだるげでやる気のない声が聞こえる。しかしその内容は緊急を要したもので、無視すれば災難が降りかかるだろう。たとえば尻に非殺傷性のゴム弾を食らわせてくるくらいの事、あの暴力教官なら間違いなくやる。


 俺は溜息を一つ吐くと、出しっ放しのスマートフォンを引っ掴んだ。



「避難は済んでいるのか?」

『アレを見て逃げない馬鹿はいませんよ、魔猪は今……園芸部の作物を漁っているようです。せっかく育ててたのを荒らされて泣いてますよ』

「……わかった、すぐに向かう。小鳥遊先輩にも連絡ヨロシク」



 返事を待つ前に通話を切る。


 そしていきなり立ち上がった事に驚く級友達を無視して走り出した。


 俺の唯一の安らぎ時間を邪魔しやがって、許さんぞ……っと、中庭って言ってたな。だったらちょっと高いがここから飛び降りた方が早い。


 俺は二階の窓を開け放つと、脚を掛けて身を乗り出した。近くに居た女生徒が悲鳴を上げるが無視だ無視。自殺じゃないから安心して欲しい。


 はたして中庭の地面に無傷で降り立った俺は、ぐるりと周囲を見渡し……居た。


 体長2mはあるだろう、かなり大きなイノシシだ。大抵のヤツが1.5m程と考えると特大サイズと言っていいだろう。何やら花壇の花を食ったり、掘り起こそうとして暴れている。


 アイツ――大島が言っていたように、普通のイノシシが魔獣の森で変質した、魔猪の可能性が高い。この頃には棟内にいた学生たちもアレの存在に気付いたようでそこらかしこから悲鳴が上がっている。


 あまり刺激を与えると仕留めるのが面倒なんだがなぁ……。



「まだ、仕留めていないのですか? 怠慢ですよ、シュウジ君」



 そんな事を思いながら、どう仕留めようかと考えを巡らせていると背後に物騒な気配を感じた。ゆっくりと振り向くと、黒髪ロングのセーラー服を着た美女が、目を細めて、俺とその先に居る魔猪を眺めていた。



「これはこれは小鳥遊先輩……到着したばかりで様子を伺っていた次第です。いつの間に此処へ? 全く気配を感じませんでしたが」

わたくしもついさっきですよ。そんな事よりも東堂教官が到着する前にアレを仕留めた方が良いと思いますが……私がやりましょうか?」

「いえいえ。あんな小物、センパイのお手を煩わせるまでもありません。俺の手で仕留めますよ」

「ならば早く致してくださいな。私の神魔刀が血を吸いたくて疼いておりますので」



 佇まいは可憐な女子学生だが、その雰囲気は妖婦と言っていいだろう。現にその手に持つ日本刀は既に抜き身を晒しており、陽光を反射して怪しく輝いていた。


 本当であれば彼女に任せておきたいところであるが、本日の日替わりミッションに『魔猪を殺傷せよ』というのがあり、丁度いいタイミングで現れてくれたのだ。放課後にアレを求めて右往左往するくらいならこの場で倒した方が手っ取り早い。


 未だ花壇に頭を突っ込んで何かをしている魔猪に気付かれないよう、俺は体の奥底に眠るチャクラを発動させた。発動と言っても俺はまだ一つだけしかチャクラを回せないが、あの程度の魔獣であれば殺傷には事足りる。


 そんな俺の殺気に気付いたのか、ようやくイノシシは花壇から顔を挙げて物騒な雰囲気を漂わせている俺を見た。


 うん。赤い目に、異常に発達した牙。そして果てしない闘争心は間違いなく魔獣化したイノシシ――魔猪だろう。早急に駆除しなければ午後の授業に差し支える。



「あらあら、よい殺気ですこと。やはりわたくしも斬りたくなってまいりましたわ」

「勘弁してください。俺が仕留めた後、存分に切り刻んでもらって構いませんから」



 そんな会話を理解したわけではないだろうが、魔猪は地面を何度も蹴り上げた上で、凄まじい速度で走って来た。


 あの速度で牙を突き上げられたら腕の一本や二本、切り裂かれそうである。しかし、俺たち二人はそこいらの一般人ではない。


 避けてそのまま逃げられると厄介なので、俺は真正面から正拳突きをその鼻ずらに叩き込んだ。


 そして俺の正拳突きを真正面から受けた魔猪は、車に撥ねられたかのようにひっくり返りながら空中を飛んだ。


 悪いがそこで俺の攻撃は止まらないんだ。


 空を飛んでいる魔猪の脇腹を目指して二本抜き手を繰り出し、ずぶりと手を体内に侵入させると、そのまま突き進めて心臓を破壊。そして、その近くにあるだろう『核』を抉り取った。


 魔獣化した生物はこの『核』を取らないと永遠と再生と増殖を繰り返して手に負えない怪物に成り上がっていく。即ち、この核の摘出、又は破壊が対魔獣戦における肝要なのだ。


 地面に倒れ伏し、ビクンビクンと痙攣しつつも立ち上がる気配が無いことを確認して、俺は残心を解いた。



「お見事です! 素手なる技も実戦で磨けば十分に通用しますね」

「小鳥遊先輩にそう言って貰えるなら光栄ですよ。さて、後はこの『核』を東堂教官に渡せば俺の仕事は終わりですが……センパイはアレの解体をしていきますか?」

「ええ、ええ! 討伐はお譲りしたのですから、せめて解体だけはしないと神魔刀が納得してくれませんので! 後はお任せくださいな。それとシュウジ君、着替えないとまた血なまぐさいと言われて廊下に立たされますよ」

「……昼休み中に間に合えばそうします」



 今更ながらに駆け付けて来る東堂教官――野戦服を着た髪をシニヨンのアップにしている美女――に向けて戦果である『核』を掲げつつ、『本日のミッションは達成されました』という、俺にしか見えないポップアップを確認し、安堵の溜息を漏らした。

 

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