婚約を賭けて戦いましょう
その手に現れたのは魔力で編まれた光の槍だった。
す、すごい……。
あれがルドラの本当の武器なのね。
……なんとなく、あの光を見た覚えがあるような。
「なるほど、ルドラ。貴様、魔法使いの家系だったか」
顔色を変えるベンジャミン。先ほどの余裕の表情とは打って変わり、やや弱気になっていた。
彼にとっての想定外だったらしい。
「そういうことだ」
シンプルに言葉を返すルドラは、その光の槍を投げつけた。
目にも止まらない、凄まじい勢いで飛翔する光は瞬く間にベンジャミンの体に激突。彼は一瞬で我が家の塀へ投げされ、破壊音と共に彼方へ消えた。
え、ウソ……光の槍を投げただけで……ベンジャミンの姿が掻き消えてしまった。こんなことって……!
ルドラの本気とは、これほどのものだったなんて。
副団長という地位は伊達ではないということね。
決闘は決着がついた。
大叔母は深いショックを受け、ヨロヨロと邸宅の中へ戻っていく。
なにも言わなかったということは、わたくしとルドラの勝利ということね。
「ルドラ様!」
「クリス、黙っていてすまない」
「いいのです。勝利を願っておりましたから」
「ありがとう。私は君の為なら……」
優しくてを握って、見つめてくれるルドラ。ああ、よかった。本当によかった。
子供のころのあの男の子はきっと、ルドラ。
だから、わたくしは婚約を――。
次の日から大変なことが起き続けた。
ようやく平和が訪れたかと思ったに、大叔母様は狂ったように騎士を呼びつけて、その度にルドラと決闘させていた。
でも、ルドラは魔法の槍で全てを撃退し、無敗。
そのウワサはセンチフォリア帝国中に広まり、やがてルドラは時の人となってしまった。わたくしの名も同じように広まってしまう。
「なんだか申し訳ありません」
「謝る必要はないよ、クリス。君の大叔母様はどうしても私を敗北させたいらしい」
先ほど、九戦目の決闘を終えた。汗ひとつ掻かず、余裕の表情を見せるルドラ。魔法の槍を使うようになってから、ずっと無双状態。
彼に勝てる者はいないのかもしれない。
いるとしたら、ガウェイン騎士団の騎士団長フェイルノートだけかな。来てほしくないけど。
でも、彼の姿は誰も見たことがないという。いつも仮面付きの兜をつけているようで、素顔が分からないとか。
そんな謎めいた騎士団長だけれど、騎士から慕われているらしく、皇帝陛下からも気に入られているという。そんな噂を耳にした。
いったい、どんな人なのだろう。少し気になった。
決闘が終わり、邸宅の中へ戻ろうとすると声を掛けられた。
「まって、お姉さま!」
「え、その声。マイナなの……?」
一週間ぶりに姿を現したマイナ。いったい、今までどこで何をしていたの……? ずっとお父様が探していたのに。
「お久しぶりね。大叔母様が企てたくだらない決闘。どうだった?」
「なぜそれを……いえ、ウワサくらい聞いているわね」
「まあね。で、ルドラ様と婚約したの?
鋭い口調で聞いてくるマイナ。なんだか答えるのが怖かった。でも、ここはハッキリと答えておく。
「ええ。明日の十戦目の決闘を最後にね」
「そういうこと。なら、まだチャンスはあるわね……!」
ニヤリと笑うマイナは、わたくしに指をさす。
「どういうこと?」
「お姉さま。いつもルドラ様を戦わせているようですけど、私たちも戦うべきではなくて?」
「え……」
「ルドラ様との“婚約”を賭けて戦いましょう」
「戦うって……そんな、暴力なんて」
「馬鹿じゃないの! そんな野蛮なことはしません。料理対決よ」
「りょ、料理?」
マイナの提案はこうだった。料理を作り、ルドラに食べてもらう。『おいしい』と言わせた方が勝ちということだった。
しかも、試合は明日ということに。
「貴族といえど、お料理スキルくらいありませんと。ルドラ様を幸せにできないわ!」
「そ、それは……」
妙に自信たっぷりのマイナ。もしかして、一週間不在だったのは料理の腕を磨くためにどこかで練習を……?
それで、わたくしに挑みに来たというところでしょう。
この勝負、正直不利。
わたくしは料理なんてほとんどしたことがない。
でも、ルドラを勝ち取る為にも。褒めてもらう為にもがんばりたいと思った。
「どうなの、受けるの!?」
「解かりました。いいでしょう」
「……! お姉さま、その言葉もう取り消さないからね! 負けたらルドラを貰うわ!」
「ええ。負けるつもりはないけどね」
すでに勝ち誇っているマイナは、またどこかへと歩いていく。家には帰らないということね。
だから呼び止めることはしなかった。
期限は明日まで。
それまでに、なにか作れるようにしないと。
どうすればいいのか、まずは執事のバルザックに相談した。
「――なるほど、料理対決ですか」
「そうなの。バルザックはお料理が得意でしょう?」
「ええ、心得ております。では、ルドラ様の大好物を作りましょう」
「え、バルザックはルドラ様の好物が分かるの?」
「あ……。ええ、実はそうなのです」
し、知らなかった。バルザックがルドラの味の好みに詳しいなんて。たまに作りに行っていたのかな?
「ぜひ教えてちょうだい」
「もちろんです。お嬢様には勝利を掴んでいただきたいので」
厨房へ向かい、バルザックから料理を教えてもらう。震える手で包丁を持ち、ザクッと指を切る。
「きゃぁっ……痛いぃ」
「お、お嬢様。包丁は正しくお持ちください。危険ですよ!」
この夜、わたくしの指はバンソウコウが増え続けた……。




