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さようなら、わたくしの騎士様  作者: 桜井正宗


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さようなら、わたくしの騎士様

「フェイルノート様は……?」

「……残念ながら騎士団長の姿がございません」

「では、どうしたのですか?」


「アンジェリクス議長率いるモルドレッド騎士団が……このグラストンベリーを完全に包囲。その数……およそ五百人」



 ご、五百人……多すぎる。

 こちらのガウェイン騎士団は三十人。

 グラストンベリーに駐留する騎士を合わせても五十人も届かない。


 周囲にかなりの罠を仕掛けたと聞くけれど、それで持ちこたえられるかどうか……。



「彼は……フェイルノート様は帰って来ないのですか」

「考えたくはありませんが、間に合わなかったか交渉失敗かもしれません」



 そんな……。

 このままでは、わたくしたちは――。



「危ないッ!」



 突然、体が宙に浮いたような感覚に陥った。


 ガルフォードがわたくしの体を支え、なにかを回避していた。



 矢が窓ガラスを突き抜け、床に到達していた。

 ぼうっと燃え上がる炎。



「こ、これは……」

「モルドレッド騎士団の火矢(ひや)。彼らの攻撃が始まったのです……!」


「すぐそこまで迫っているのね」


「ええ。我らガウェイン騎士団が迎えて撃っております。……クリス様は、僕の(そば)を離れぬようお願いします」


「解かりました」



 火矢が次々にグラストンベリーに落ちてくる。

 瞬く間に炎が広がっていく。


 ごうごうと燃え盛る花畑。こんなに美しい辺境の地が……戦場と化すなんて。



 遠くで聞こえる剣と剣の交わる金属の音。

 早くも敵の騎士が乗り込んでいるようだった。


 罠によって、五百人全員がグラストンベリーに攻め込んでは来れていないようだけれど、時間の問題。



 こうなっては一人で逃げるしかないの……?



「大変です、お嬢様!」

「バルザック! わたくしはどうすれば……」


「……ガウェイン騎士団の騎士たちは勇敢に戦っていますが、次々に命を落としているようです」



 わたくしのせいで彼らが。

 同じ帝国の民なのに、どうして争わなければならないのか。

 これ以上の犠牲は出したくない。



「……っ。バルザック、わたくしが投降すれば戦闘は止むでしょう……?」

「いけません。それでは戦って散っていった騎士たちの命が無駄になってしまうでしょう。彼らの為にも生きねば……」


 バルザックは腰に剣を携えていた。

 ま、まさか彼も戦う気……?



「まって、なにをする気なの?」

「お嬢様の為に、この命……喜んで捧げましょう」


「そんなのダメよ! ここで死んではいけないわ」


「私は老騎士ではありますが、腕は落ちておりませぬ。十人――いえ、五十人の死屍累々(ししるいるい)を築き上げ、そして華々しく散る覚悟です」



 グラストンベリーが炎に包まれる中、バルザックは微笑み(きびす)を返す。



 …………行かないで。


 そう言いたかった。

 でも、その前に彼は行ってしまった。



 こんな運命が待ち受けているなんて……わたくしには何もできないの。



 激しい戦闘が続く中、部屋に一人の騎士が駆けつけてきた。彼は血まみれで瀕死の状態だった。



「……ガ、ガルフォード副団長……」

「どうした! 皆はどうした!」


「…………制圧されました。ただ、全員敗走することなく……命を賭して最期まで戦いました。彼らは誉れ高き騎士であり英雄です」



「そうか……」


「の、残るは…………あと我らだけ……」



 報告にきた騎士は絶命していた。



 邸宅(いえ)に響く複数の足音。モルドレッド騎士団だ。



「逃げましょう、ガルフォード」

「ええ、僕の役目は貴女を生かすこと。緊急の脱出ルートを使いましょう」



 隠し通路を使い、邸宅(いえ)を出た。

 庭にはガウェイン騎士団の騎士たちの遺体が……。


 つい最近までみんなと楽しくパーティをしたり、世間話ををしたり楽しい日々を送っていたのに。


 こんなのあんまりよ……!



 これがアンジェリクスが言っていた“地獄”ということね。




 裏庭に出て脱出の場所へ。




「ここから王国へ行けるのね」

「どうぞ行ってください」


「え……ガルフォード。貴方は?」


「僕はメドラウトと戦います」

「無茶よ! 向こうは何百といるのでしょう!?」


「それでもです。……ああ、クリス様。そんな悲しい顔をしないで」



 自然と涙が流れていた。ぼろぼろと。

 もうこんな状況には耐えられない。せめてガルフォードだけでもわたくしと一緒にいて欲しい。



「お願い。一人では生きていけません……」

「大丈夫。フェイルノート騎士団長が必ず来ます」


「……でも」


「おっと。クリス様、隠れていてください」



 身を隠すと、建物の奥からメドラウトの姿が。

 血のべっとりついた剣を手に持ち、堂々とガルフォードの前に立った。



「残るはガルフォード。貴様ひとりのみ」

「メドラウト。我がガウェイン騎士団を潰す気か」


「フン。すでに壊滅的ではないか。フェイルノートもおらぬし、つまらんぞ。ヤツはどこへ行った!? クリスはどこだ!!」



 以前とはまるで違う形相。憎しみのこもった声で叫ぶ。……こ、怖すぎる。まるで悪魔。

 


「教える義理はない。それより、一対一で戦え!」

「……よかろう。どのみち、残るはお前ひとりだけだからな」



 鞘から剣を抜くガルフォードは、瞬時に間合いをつめてメドラウトの首を狙った。な、なんて素早い。全然見えなかった。




「その首、貰った……!」

「ほう。ガルフォード、お前は他の騎士とは違うようだな。――だが!」



 炎が舞い上がるとガルフォードは吹き飛ばされていた。



「ぐっ! 炎の剣……だと!」

「そうさ。俺は炎の使い手なのだ」


「なら都合がいい。こっちは“氷”だ」



 今度はガルフォードが氷の魔法を展開。炎は氷、周囲にいた騎士も一瞬で凍っていた。


「こりゃスゲェ! だがこれほどの規模では魔力も尽きたであろう」

「最初から勝利など望んでおらぬ! どのみち相打ち覚悟だ!」


「なにッ!?」



 ガルフォードは、メドラウトの体に抱きついて氷の魔法を再び発動していた。瞬く間に氷が彼らの身を包んでいく。


 ま、まさかガルフォードは最初からそのつもりで!



「メドラウト、お前の騎士としての強さは知っている。何百何千と騎士を倒した英雄。だから勝てないと知っていた……ならば!」


「貴様あああああああああ!!」



 カチコチと氷が迫って、ついに首のあたりまで浸食していた。そのまま氷漬けになる気なのね……。



 そして宙から何かが舞ってきた。




「メドラウト、覚悟おおおおおおお!!」



 あれはバルザック!


 生きていたのね……!



 バルザックは氷漬けになっているメドラウドの首を()ねようとした。けれど、ギリギリで腕を動かして防御していた。



「ぐぬっ……」

「老執事程度が! 消え失せろ!!」



 炎が再び舞い始めて氷が溶かされていく。……ま、まずいわ。このままではメドラウトが自由を手に入れてしまう。


 それを察したガルフォードは再び氷を。


 炎と氷の魔法が拮抗していた。

 そんな中でバルザックもメドラウトの体に食らいつく。



 二人でメドラウトを押さえつけているのに、トドメを刺せないなんて――ハッ。


 そうだ。わたくしがいる。



 わたくしが彼を!




「メドラウト!」

「ク、クリス! お前そんなところに隠れて!!」



 地面に落ちている剣を拾い、わたくしはメドラウトの前に。



「いけません、クリス様! あなたが手を汚す必要は!」

「ガルフォード。彼はわたくしの騎士たちを殺しました。許しがたいことです……!」



 さようならも言えなかった。


 せめて。



 せめて。




 “さようなら、わたくしの騎士様”と。




 笑顔で別れて、幸せな日々を送りたかった。




「や、やめろ……クリス! わ、解かった。グラストンベリーから撤退するッッ! その剣を降ろせ!!」



 ガルフォードとバルザックに押さえつけられているメドラウト。さすがの彼も二人掛かりでは抵抗できずにいた。



「お嬢様……選択は貴女様に委ねます」

「ありがとう、バルザック」



 怖い怖いと、ずっと恐れていた。


 フェイルノートがいなくて、わたくしは怯えていた。



 でも。


 なにを恐れていたのだろう。



 そうだ。

 わたくしも戦えばよかったのだ。



 戦っていれば、騎士たちを犠牲にしなくて済んだはずのなのに……。

 だから、これからは戦う。自分の意思で。


 だからこれも自分の意思であり、選択なのだ。幸せな未来を掴む為の。




「クリス! おい、クリス!!」

「騎士なら最期まで正々堂々としていなさい。さようなら、メドラウト」



「う、う……うあああああああああああああああああああああ…………!!!」




 彼の首と胴体がお別れした。


 鮮血が噴水のように飛び散り、そしてソレは転がっていった。



 そして、次々に現れるモルドレッド騎士団の騎士たち。でも、メドラウトが死んだ現場を目撃して恐れて逃げ出していた。



「そ、そんな!」「メドラウト様が死んだ!?」「ウソだろ……ありえねえ」「ひ、ひぃぃぃ!!」「逃げろ! 撤退だ!」「こんなバカなことがあってたまるか!!」「もう騎士団はおしまいだ!」



 騎士たちは逃げていく。

 騎士団長を失えば、騎士たちの士気は簡単に下がる。これ以上は意味のない戦いとなるのだ。



 それよりもアンジェリクス。きっと近くにいるはず。

 この手で……彼女も。

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