愛しているからさ
ミストレアは倒れ、微動だにしない。
勝利はこれで確実。完全勝利。
それは騎士たちやフェイルノートも確信していた。
わたくしは、剣を鞘に納めた。背を向け立ち去ろうとした――その時。
「クリスッ!!」
背後から叫び声がしていた。ま、まさかミストレアがもう目を覚まして……!
気づけば背中に刃が接近していた。
……しまった。
背中は鎧の守りが薄い。急所は回避できるかもしれないけれど、それでも重症は免れない。いえ、彼女の力量なら……殺されかねない。
そんな、ウソでしょう。
「……ッ!」
「アハハ! これで貴女は死ぬの、死んでしまいなさいッ!」
ミストレアは、もう決闘なんてどうでもいいらしい。
せっかく勝っても殺されてしまっては意味がない。でも、もう刃が目の前に……とてもじゃないけれど、これを回避するなんて無理だった。
『グシャリ…………』
そんな肉を裂くような音がして、血がぽたぽたと滴っていた。
…………ああ、そんな。
わたくしはこんなところで死ぬの……?
一週間がんばってがんばってようやく勝利したというのに、こんなところで殺されるなんて……あんまりよ。
「…………っ」
ばたっと倒れるような音がした。
わたくしではなく、目の前にいる“誰か”が。
「え…………フェイルノート様……?」
「クリス。無事でよかった…………がはっ」
彼の腹部には、ミストレアの剣が突き刺さっていた。わたくしを庇って……そんな!
ミストレアは、信じられないという表情でただ震えていた。
「な、なんで……どうしてクリスを…………」
「愛しているからさ。ミストレア、悪いが……俺はどちらにせよ、クリスと駆け落ちしていたさ」
「な…………」
がたんと崩れるミストレアは、絶望していた。
いえ、それよりもフェイルノートの手当をしないと……!
「フェイルノート様っ!」
「…………ぐ、ぅ」
刃が深く突き刺さっている。これを引き抜けば、大量出血で彼は死んでしまう。
「すぐに治療を!」「医者を呼べ、医者を!」「遠すぎる。間に合うかどうか……」「みんな急いで救急セットを!」「くそう、ミストレアのやつなんてことを!!」「許せねえッ」「フェイルノート騎士団長を刺すとか信じられん」「最低な女だな!」
騎士たちの声が慌ただしく響く。
わたくしは、ただただ頭が真っ白になっていた。
「……血、血が」
「……クリス」
「はい……」
「君のことを誰よりも愛している……。こ、この指輪を」
震える手でフェイルノートは婚約指輪を取り出す。嬉しいけど、でも……死んでしまっては意味がない。
すぐに治療しないと、このままでは……。
なにもできなくて悔しくて悔しくて涙が零れた。
その涙がフェイルノートの傷口に落ちると、僅かだけど血が引いていたように見えた。……え。こ、これって。
もしかして治癒している……?」
なぜ自分にこのような能力があるのか分からない。でも、もしかしたら……。
「誰か剣を引き抜くのを手伝ってください!」
「し、しかし……そんなことをすれば大量出血で死んでしまうのでは……」
と、そばにいた男性騎士が困惑する。
「大丈夫です。医者では間に合いませんし、わたくしがフェイルノートを治しますから」
「な、治すってどうやって? ガウェイン騎士団の癒術師は遠征に出ておりますし……」「いいからお願いします」
「……わ、解かりました。どうなっても知りませんよ!」
男性騎士は、フェイルノートの腹部から剣を抜いた。その瞬間には大量の血が流れはじめていた。わたくしは直ぐに涙を落とす。
「…………ッ」
すると、直ぐに傷口が塞がっていった。
「こ、これは……クリス様。あなたの涙はいったい……」
「わたくしも解かりませんが、突然このような奇跡が起きたのです」
「まるで聖女様のようだ……。とにかく、これでフェイルノート騎士団長を助けられましょう」
包帯や担架が続々とやってきて、フェイルノートの手当が始まった。でも、わたくしの涙のおかげが出血は止まり、治癒しつつあった。
どうして、こんな効果があったのか分からない。
でも……治ってよかった。




