婚約を諦めない
「クリス、あなたは幸せになれないッ!」
――重い。
とても重い剣が振り下ろされ、わたくしはギリギリで受け止めた。
ミストレアは『婚約は諦めろ』だの、『フェイルノートとは幸せになれない』とか散々言いながら剣を交えてきた。
精神攻撃もしてくるなんて……そこまで必死とはね。
正直、わたくしにとって彼女の言葉は無意味だった。
フェイルノートが言っていた。
戦いとなれば剣だけあれば十分だと。
重く圧し掛かる剣を弾き、わたくしは距離を取った。
「おぉ、クリス様すごいな。応援したくなってきた」「こういっては失礼だが……貧弱な女性と思っていたんだがな」「だよな。ただのご令嬢だと勘違いしていた。素晴らしい」「認識を改めないといけないな」「血のにじむような努力をされたのだろう」「副団長代理もがんばってはいるが……」「なにか足りぬ」「華がないとか?」「そうではないが」
観戦する騎士たちの声が耳に入った。
わたくしの動きが予想外だったようだけど、応援は素直に嬉しい。
今度は、わたくしが攻めていった。
けれど、ミストレアは見事に受けきっていた。さすが副団長代理に選ばれただけある。その実力は、こうして戦ってみても明らかだった。
「どうしたの、クリス! その程度なのですか……!」
「貴女こそ本気ではないでしょう。舐めていると痛い目を見ますよ」
「言ってくれますね。では、本気でいきましょう」
構え方を変えてスピードを上げてくるミストレア。今までとは違い、明らかに動きが機敏で受け流すのがやっとだった。
……くっ。
しかも足元を捻った。
「…………ッ!」
「クリス、これでおしまいね!」
後ろに転倒しそうになった。
まずい……このままでは。
その時、つけ爪になにか違和感を感じた。急に身軽になったというか、足を捻ったのに動けていた。
「てやッ!」
驚くミストレアに、わたくしは一撃を入れた。辛うじて刃で防御されるものの、それでも突き飛ばすことはできた。
「な、なんで!? ――きゃあああッ!」
シリウスのお店で購入したネイルチップ。これに魔力が込められていると聞いていたけど、もしかして身体能力を上げてくれるモノなのかな。
ピンチになったあの時、明らかに体が軽くなった。それに足の痛みも消えていた。
「マジか!」「あのミストレアを!」「クリス様すげえな!」「かっこいいな」「改めてクリス様に惚れたっ」「やはりクリス様には剣の才能が」「目が離せないな」
見物している騎士の応援の声は明らかに、わたくしに向いていた。それだけでも勇気がもらえた。ありがとう、みんな。
「なによなによ! ベンジャミンを奪っておいて、今度はフェイルノート騎士団長も奪う気なの、クリス!!」
「え……」
ベンジャミンって、あのフェイルノートに決闘を挑んだ騎士のはず。なぜ、彼女がその名を……まさか。
憎しみにこもった刃が向かってくる。
それをうまく防御していく。
「クリス! あんたなんか消えろ、消えろ、消えろ!」
「嫌です。わたくしだってフェイルノート様を愛していますし、幸せになりたい。だから、剣だって習ったのです……!」
「その程度の愛で!!」
首元に刃が向かってくる――けれど、わたくしは素早く回避して、剣を振った。ミストレアの頬にかすめていた。
「……!」
「うぅっ……クリス、よくも私の顔に傷を」
怒りを露わにするミストレアは、乱れた剣先で攻撃してくる。……もうダメね。彼女は完全に我を忘れている。冷静を欠けば、それは敗北だ。
わたくしは姿勢を低くして、彼女の胴に刃を入れた。そこはアーマーで守られているから致命傷にはならない。でも確実な一本は入る。
「これで!」
「ぐ……ぁぁあぁぁぁあああああ…………」
体が宙を舞い、弧を描くミストレアはそのまま地面に大の字になって倒れた。
「うおおおおおおおおおおおお!」「クリス様が勝ったぞ!!」「すげえ剣閃だった」「まるでフェイルノート騎士団長のようだったぞ」「あのミストレアを撃破するとは」「素晴らしい動きだった」「戦乙女を見た」「なんて美しい動きだ。クリス様のような騎士になりたいものだ」「おめでとう、クリス様!」
……勝った、のね。
わたくしは誰が阻もうとも婚約を諦めない。




