伯爵が経営するとあるお店
フェイルノートから剣を学び、少しだけマシになった……と、思う。
「うん。フォームは様になったし、動きも中々に機敏だ。クリスは、確かフェンシングをしていたんだっけ」
「はい。ほんの少しですけれど」
僅かな間だったけど、お父様から教えてもらった過去がある。
残念ながら長続きはしなかった。
わたくしは剣よりも花を愛でたり、宝石を眺めたりしている方が良かったから。
「クリスは、剣のセンスがあると思う」
「本当ですか?」
「ああ。俺が保証する。……さて、ここまでにしよう」
空はすっかり茜色に染まっていた。
そろそろ日が沈んでしまう。
剣の修練はここまでにして、邸宅の中へ。
フェイルノートはしばらく我が家で泊まることに。騎士団で何かあれば信頼できる部下が動いてくれるという。
幸い、お父様もフェイルノートならいいだろうと珍しく納得していた。
てっきり反対されるものと思っていたのだけど、彼が生きていたことが相当嬉しかったようだった。
大浴場で汗と疲れを流す。
節々が少し痛い。こんなに体を酷使したのは人生で初めてかもしれない。
辺境伯令嬢で貴族あるわたくしが、ここまでする必要は本来ない。けれど、戦わずして敗北はプライドが許さない。
あの女、ミストレアに負けるわけにはいかないのだから。
それにしても爪に負担が……うーん。
翌日。
重い体を起こすと、すぐに違和感を感じた。
あれ……なんか変な感触が。
「……って、フェイルノート様!」
隣に彼の姿が――って、前にもこんなことがあったような。
でもいいか、彼がそばにいてくれるだけで力が湧く。勇気をもらえる。
フェイルノートの寝顔をじっくりと見つめ、彼の頬に手で触れる。……必ず、勝ちますからね。
* * * * *
庭にあるティーテーブルで自身の爪を眺めていると、フェイルノートが声をかけてきた。
「どうしたんだい、クリス。妙に落ち込んでいるけど」
「その、爪に負担が……」
「なるほど。剣を握る力のせいだね」
「やっぱりそうなのですね……」
「俺がなんとかしよう」
「本当ですか?」
「ああ。知り合いにネイルサロンを営む貴族がいる。そこへ行こう」
費用は負担するからとフェイルノートは言ってくれた。そういうお店があるなんて知らなかった。
さっそくバルザックに馬車を出してもらい、そのネイルサロンへ向かった。
そこは街中の中央噴水エリアにある大通りのお店だった。
すご、こんな場所にお店を構えているなんて。さすが貴族ね。
フェイルノートのあとをついていく。
やがて見えてくる三階建ての建物。とても立派で驚く。
お店の名前は【ローズマリー】とオシャレな文字で書かれていた。
中へ入ると、落ち着いた雰囲気の内装が見えてきた。……あ、柑橘系の良い香りがする。これはアロマね。
「いらっしゃいませ。……おや、フェイルノート」
「久しぶりだね、シリウス」
優雅にお茶を楽しむシリウスという銀髪の男性。若い青年で、とても顔立ちが整っていた。片眼鏡がオシャレ。
この人がネイルサロンを経営しているの……?
「彼女を連れてくるとはね」
「……まあ、そんなところだ。クリスに最高品質で可愛いものを頼む」
わ、嬉しい。そこまでしてくれるなんて。
「はじめまして、クリスです」
「僕はシリウス。シリウス・エヴァンスです」
エヴァンス。どこかで聞いたことがあるような気がする。
確か、伯爵家だったような。
そんなお方がお店を経営しているなんて不思議なこともあるんだ。
「今日はよろしくお願いします」
「そう硬くならなくていいですよ、クリス様。ミステル家の辺境伯令嬢でしょう?」
「よくご存じで」
「ええ、有名ですからね。それより、好みのネイルチップをお選びください。どれも最高峰で魔力も込められておりますので、あなたの安全を常に守ってくれます」
ケースを取り出し、ネイルを見せてくれるシリウス。そこにはズラリと可愛い爪が並べられていた。こんなに様々なデザインがあるんだ。知らなかった
「か、可愛い……」
「そうでしょう。こちら貴族様専用となっておりますので。こちらの花柄は特に人気がありますよ」
「おぉ」
まさかこんな世界があるなんて知らなかった。フェイルノートに感謝ねっ。




