騎士団長の婚約指輪
手を優しく引いてくれる騎士団長フェイルノート。
この温もりは何度も感じたことがある。
それに共通点も多く存在する。黒髪や背の高さも同じ。彼はきっとルドラ。
二階にある騎士団長室へ案内された。
そこには誰もいなくて、書物の並ぶ棚があって――ただ静かな時間が流れていた。……なんだろう、あの絵画。なぜか伏せられていた。
「あの……」
わたくしは声を掛けるが、彼は背を向けたまま窓辺へ。遠くを見つめて、けれど決心したかのように仮面を外した。
「…………」
その顔に、わたくしに驚きはなかった。やっぱり、ルドラだったから。
「ルドラ様、ですよね。どうして。遠征は?」
「クリス、騙すようなことをしてすまない」
「やっぱり、ルドラ様なのですね」
「ああ。私は騎士団長フェイルノートと副団長ルドラの両方の顔を持つ」
両方の顔……?
どうして、わざわざ騎士団長と副団長の二人を演じなければならないのか、今のわたくしには分からなかった。
「なぜそんなことを?」
「今、副団長代理は遠征している。そこだけは誤解しないでくれ」
「では、遠征は本当なのですね」
コクっとうなずくルドラは、こちらに歩み寄って「そうだ」と答えた。続けて辛そうに真実を語り始めた。
「――私はフェイルノートではない」
「え……」
「フェイルノートは、私の双子の“兄”でね。戦争で帰らぬ人となった」
「そうだったのですね……」
ルドラは悲しそうな瞳を浮かべ、事情を話してくれた。
「ガウェイン騎士団を存続させる為、私は兄の意思を継いで騎士団長フェイルノートと副団長ルドラとして活動することにした」
だから仮面で顔を隠し、兄を演じ続けたという。そんな大変なことをずっと演じていたのね。
しかも、ほとんど一人で。
「お兄さんの為に必死だったんですね」
「そうだ。兄は君のことをよく語っていたよ」
「……え?」
「子供の頃の男の子さ。いつしか話してくれた幼少時代の……あれは兄フェイルノートなんだ」
それを聞いてわたくしは思い出した。
あぁ……そっか。
わたくしは、てっきりルドラかと。
でも違ったんだ。
双子で似ていたから分からなかった。だから、ルドラとも会ったような気がしていたんだ。でも、それは違った。
本当は騎士団長フェイルノートだったんだ。
「申し訳ないです。言葉が見つからなくて……」
「兄は貴女を心の底から愛していた。でも、私もクリス……君のこと好きになってしまった。愛してしまった。――だから、この婚約指輪を」
懐から大切そうに取り出す指輪。
それを見てわたくしは子供の頃の記憶が鮮明に蘇った。
……フェイルノート。
ああ、そうか。なぜ忘れていたの。
「…………」
自然と涙が零れ落ちた。……もう二度と逢えないのね。
「私は兄から聞いた話をもとに、クリスに接近した。クリスを守って欲しいという遺言の為に……。許してくれ」
わたくしの前で膝をつき、頭を垂れる。許すも何もない。わたくしは記憶もなく、今まで過ごしてきた。
フェイルノートが亡くなっていたことはショックだった。
でも、今までわたくしを支えてくれていたのはルドラだった。その事実は変わらない。
「いいのですよ、ルドラ様。あなたがいなければ、今のわたくしはなかったのだから」
「ありがとう。君を幸せにしてみせるよ」
フェイルノートの婚約指輪を差し出すルドラ。
もちろん、返事は――。
「ちょっと待ちなさいッ!!」
…………な。
いつの間にか扉が開いていた。そこには……。