はじめてのモーテルその2
無事ウィルを送り届けたリアムは、モーテルの一室で彼の帰りを待っていた。壁紙が剥がれた部屋に、幾つものバネがマットレスから飛び出したベッドが一つ、ベッドの対面には天板の端が欠けたテレビ台と画面がひび割れ砕けたブラウン管テレビがあるだけで、気になるのはそれぐらいだった。
リアムはその座り心地最悪なベッドの上で、地図を広げると赤丸で囲んだ箇所に目を向けた。現在地から遠く離れた東方にある小さな集落。もし、兵器区域で何の情報も得られなかった時には、ここを目指すようにとイデアから言われていた二つ目の候補地点。この二つ目でもお母さんがどこにいるのか見つけ出せなければ、残念ながらイデアやウィルから新情報をもらうまで、その集落で滞在するほかないだろう。
昔の彼女であれば、そんなこと気にせずに行き当たりばったりな我が道を突き進んでいたかもしれないが、俯瞰で世界を知れる地図を手にしてしまったことで、効率というものを覚えてしまった。ただそれでもまだ昔のほうが、思い出補正を加味しても効率がよかったともいえる。なぜなら、あの頃はおもちによるナビが常にあったからだ。集落や人間がいない場所では例え寝ていたとしても、彼女が声をかければ目を覚まして応対してくれた。それがいつしか徐々に減っていき、今では完全に彼の気分次第でナビが起動するようになった。
リアムが地図とにらめっこをしてから十分が経過しようとしていた時だった、添え木で足を固定したウィルが自室に戻ってきた。
「……ごめん、遅くなった。手当てするのに時間がかかってしまった」
「気にしなくてもいい。それよりも道筋」
リアムの淡白な返事にウィルは戸惑いつつも「あぁ分かった」と返すと、ベッドの上に広げた地図に視線を移した。彼はその地図を見た途端に感嘆の声を上げた。その地図はボロボロで破れていたり色褪せていたりと、地図としては致命的な破損が見て取れる。だが、そんなことなど些細なものだと断言できるほど、完璧な世界地図だった。それほどまでにこの地図は、現代では再現できないほど精密に描かれていた。
リアムの地図はイデアが用意したもので、旧世代の地図をもとに現代の地形に合わせて、独自の改良を施した地図。商人仲間やイデア自身でその地に訪れて、作り上げた終わることのない地図。地図作成に協力してくれた人物しか、手に入れることができない非売品。ちょっと目を離した隙に集落が消滅するのが、当たり前な殺伐とした世界を比喩する意味合いも込めて、イデアたちは未完の地図と呼称した。そして、いま二人の目の前にあるその地図は百回以上改訂された最新版である。
「……まさかとは思うけど、リアムが行こうとしているとこって、ここ?」
ウィルは恐る恐る地図の端っこで申し訳なさそうに描かれた場所を指さした。すると、地図の持ち主は「――是、その場所」と頷き、追随するようにその場所を指さした。
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