はじめての靴屋その3
「俺が修理している間はこいつを渡しておく、いつもの靴じゃねぇから履きづらいかもしれねぇが、我慢してくれよな」
リアムは彼からローファーを受け取ると、自分の足に合うか確かめてみた。その靴は違和感がないどころか履き心地がとてもよかった。修理に出したスニーカーほどではないにしろ、すんなりと足に馴染んだ。その慧眼に彼女は驚きを隠せずにいた。彼は靴を計測するどころか、数秒にも満たない目測だけで、ピッタリと自分に合うサイズの靴を選び出した。ただ不思議なのが空瓶は数多く転がっているが、靴は二十足ぐらいしかなかった。その靴のなかにもローファーは一足もなく、サイズも全部大人用の大き目のものばかりだった。
どこからこの靴を取ってきたのか、いままでどこに隠していたのかと、そんな質問を投げかけようとも思ったが、それよりもまず彼に訂正してもらいたいことがあった。それは呼び方、ノリスに出会った頃から、ずっとそう呼ばれたいと心中に隠していた感情。久しぶりに人間と会話したことで、抑制していたその感情が溢れてしまった。
「分かった、あと嬢ちゃんじゃなくて、リアム」
「おおっと、それは悪かった。俺はウェッジってんだ、よろしくなリアム」
「よろしくウェッジ。二週間後にまた来訪する」
「おうまたな。つっても、市場はここしかねぇからよ。リアムが買い物に来た時には、声ぐらいかけてくれてもいいぜ?」
「――善処する」
「おぅ善処してくれ。あ~、それと宿を探しているなら、この向かいにある宿がお勧めだぜ。俺もよく利用しているからよ、俺の名前を出せば部屋がなくても、無理にでも用意してくれると思うぜ」
「――了解した」
リアムは久方ぶりに自分の名前を呼ばれたことで満足してしまい、彼にローファーについて質問をすることを失念し市場を出た。
こうしてリアムは歩くことすらままならないスニーカーを修理に出すことができた。唯一の靴屋だからという理由だけで選んだ店だったが、あの人間ウェッジという靴職人は信頼に値する。修理をする姿を見ていなくてもそう断言できる、あの洞察力はそれほどまでの技術力。圧倒的な技量、技術を持った人間はお母さんに似た雰囲気を感じさせる。ノリスの時はそう感じるまでに数週間を要したが、これは単にはじめて出会った人間だからというのもあったのかもしれない。ノリスのことを思い出して少しだけ感情が起伏したが、ウェッジに勧められた民家を改装した宿屋で、一泊するとすっかり元に戻った。
滞在した二週間、リアムが宿泊代を支払うことは一度もなかった。ウェッジの名前を出したことで、なぜか全額無料となっていたからだ。しかも、三食おやつ付きという誰もが喉から手が出るほどの好待遇。だが、少し距離を離れて第三者として見てみると、それは祖父母の家に訪れた孫娘に愛情を注ぐ微笑ましいものに変化する。そのため好待遇ではあるのだが、リアムのような孫可愛がりな待遇を受けたいと思う人間はほぼいなかった。
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