はじめての靴屋その2
店主はわき腹に手を当て自分をこんな目に遭わせた犯人を睨みつけたが、その犯人が幼げな少女だったことに驚倒した。あの白くか細い手で大の大人が悶絶するほどの握力を生み出せるなんて誰も信じないだろう、現にいま実際にその手によって起床した店主ですら、まだ自分の身に起こったことを信じられずにいた。ただでさえ二日酔いによる頭痛、頭もロクに働かない状況ならば尚更。
彼は散乱する酒瓶を掴んでは振ってを繰り返し、そして酒が入っているのを見つけると、そのまま一気に流し込んだ。二日酔いが悪化する行為のはずなのだが、明らかに飲む前よりも顔色が良くなっていた。
「くはっ……迎え酒は効くぜぇ! さてと、嬢ちゃんが痣ができるほど強く掴むわけないよな……だが、どう考えてもこの状況だと嬢ちゃんぐらいしか思い当たらん……一応、聞くが俺を起こしたのは嬢ちゃんで合ってるか?」
「――是、リアムが起こした」
「そうか、嬢ちゃんがねぇ……まあ人は見かけによらねぇって言うが、嬢ちゃんはその言葉を体現したような存在だな。それで、俺に何の用だ?」
店主から尋ねて来た理由について聞かれたリアムは足元を見下ろし、傷んだスニーカーを指差して「これ修理して欲しい」と答えた。彼は座したまま視線を落としスニーカーを瞥見しては「はぁ~」と深くため息をつき、首に手を当て目を瞑り口を閉ざした。
それから暫くすると、店主は首をぐるっと一周動かしたあと目を見開きリアムに告げた。
「嬢ちゃん……単刀直入に言うがな、この靴はもう死にかけてるぜ? 嬢ちゃんも履いててそう感じただろ。悪いことは言わねぇ、この靴を履き続けるのは諦めな。その代わりと言っちゃなんだが、俺が嬢ちゃんにピッタシの靴を見繕ってやるからよ」
「拒否する。この靴はお母さんが買ってくれたもの、他のはいらない修理して」
「お嬢ちゃんの気持ちも分からなくもないが、これを修理するよりも買ったほうが圧倒的に安く済むぞ」
「拒否、拒否、拒否する。お願いだから修理して!」
その後も無理だの拒否だのという二人による問答が延々と続いた。あれこれ靴を勧めてもみても、首を横に振り続ける少女の頑固さにとうとう音を上げ、彼は修理することを渋々ながらも承諾した。
「嬢ちゃんがどれだけ雑に扱っても耐えられるように材料を吟味して完璧に仕上げてやる。その分、時間はかかるぞ。そうだな……二週間ってとこだな。それで問題ないか?」
「――問題ない」
「そうと決まれば、早速で悪いんだが嬢ちゃん、靴を脱いでくれるか? で、この上に置いてくれ。あとな、嬢ちゃんそこに立ったままじゃなくても、ブルーシートに座って靴を脱いでいいからな。靴下が汚れるのは嫌だろ?」
「――了解した、感謝する」
リアムはブルーシートに腰を下ろしスニーカーを脱ぐと、その姿勢のまま反転して空となったダンボール箱の上に置いた。
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