はじめての樹林その3
その後、探偵ハムスターの助言に従い警戒しながら移動し、かれこれ五時間が経とうとしているが、未だに何も起こっておらず襲撃される気配すらない。荒野方面からひたすら真っすぐ進み続ければ、集落に辿り着けるはずなのだが、それもまだ叶っていない。
森の先端なんて本当にあるのかと思えるほど深い森、隙間なく自生する木々によって空は覆い隠されていて、一度方角を見失えば森から抜け出すこともできない。単純に森から出られなくて帰れなかっただけで、例の射手から逃げ延びた人間もいるかもしれない。あの集落にまた訪れることがあれば、このことを彼らに話してみよう、誰も思いつかなかったであろうこの天才的な発想。あまりにも変化がなさ過ぎて、彼女はそんなことを考えるまでになっていた。
あれからさらに三時間が経過したが襲撃はこないし、森の終わりもまだ見えない。今日中に森を抜けるのは厳しそうだ。日中でさえ生い茂る木に遮られていて森は薄暗かったのに、夜中はもう薄暗いとかいう話ではない。基本的には日が落ちてから移動はしないが、急を要する時は月明りを頼りに移動することもある。今回に限ってはどう考えても移動不可、数メートルどころか数センチ先ですら視認できない。そんな暗闇の中を移動するのは愚策の一言に尽きる。
人間は暗闇の中でも行動できるように、何かしらの携帯照明を最低でも一個は携帯しているが、リアムは荷物を増やしたくないという理由で、何一つ携帯していなかった。火起こしにも利用できるライターなどは人間を見習って持っておけと、何度かおもちに言われたがそれでも彼女は頑なに首を縦に振らなかった。懐中電灯も同様に勧められたが、ベルトポーチに入らないという理由で断り、ライターなら小型で場所も取らないからと勧められたが、定期的に手入れをしないといけないのが面倒くさいという理由で断った。それ以上にお気に入りのベルトポーチが油臭くなりそうで嫌だった。
リアムは今晩の寝床を用意するとその場に座り込んだ。用意したといっても脚で座る場所を箒のように使って、枝木や骨を払いのけただけである。森での野宿がこれほど不便だとは思ってもみなかった、荒野ではどこで野宿をしようとも月明りがよって、常に視界は確保できていた。この時になってようやく、おもちの助言を前向きに考えるようになった。
「――ねぇおもち、ちょっと相談があるんやけど。ライター以外になんかお勧めとかない? できれば燃料が油じゃないやつがええんやけど、あと分かってるとは思うけどポーチに入る大きさな?」
「チュチュチュ!」
「そんなに驚かんでもええやんか! これからこういう場所で休憩せなあかんことも増えるかもって思って。その時に備えて一応なんか持っておこうかなってな」
「チュウ~!」
「リアムが成長したって、なんやねん! それで、おもちのお勧めはなに?」
「チュ、チュウ~」
「咄嗟には思い付かないから、なんか考えておくって? 了解、なんか思い付いたら教えてな。おやすみ、おもち」
リアムはその夜、人生で二度目の夢を見た。やっとの思いで集落にたどり着き、今では割かし粗雑に扱っているスニーカーを新品以上に修理してもらうまでの記憶。
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