顔馴染みの行商人その5
リアムが改築作業を完遂した頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。普段であれば、そろそろライが夕食だと迎えに来る時間帯なのだが、一向にその姿が見えない。基本的にリアムの管理はおもちがしているのだが、なぜか毎回集落に訪れると急にそれを放棄して冬眠状態に入る。なので、集落に滞在している間はおもちの代わりが必要となる。
内心はともかく傍から見れば純真無垢な少女であるリアムに対して、母性本能のようなものが自然と芽生えるらしく、今まで訪れた全ての集落において老若男女問わず、彼女の保護者のように接するようになる。
これも全ておもちによる人間との交流を深めるための計画。また彼が子守から解放される貴重な時間でもある。睡眠中とはいえ察知能力は常に全開にしているため、もしリアムに何かあればその時は即座に覚醒し対処する準備はできている。幸運にも一度たりともそういった面倒ごとは起きていない。
リアムは金槌片手に夜空を見上げては「――ライこない」と何度も口にする。その後も数十回と愚痴ったところで、彼女は一人帰宅することにした。家畜小屋はダート家から歩いて三分もかからない近場にある。その道中でさえ例の言葉を呪詛のように呟き続けた。ライに対して不平不満が出るということ自体が、彼女にとって新たな心の拠り所となっている証拠なのだが、本人はまだそのことに気づいていない。
ドアの向こう側から談笑する声が漏れる。いつもならこのタイミングでライが手洗い用の水を用意してくれるはずなのに、それどころかドアを開けてくれる気配もない。
お母さんが帰ってこなくなったあの日を思い出す。この感情が哀しいというものらしい。この感情が喜怒哀楽のなかで一番嫌い、味わいたくない感情。おもちがいれば、その感情も多少は軽減されるのだろうが、あのげっ歯類は絶賛冬眠中だ。
リアムは安眠するおもちに敵意を向けつつゆっくりとドアを開け「――帰宅した」と一言だけ発した。安堵や憤りなど色んな感情が入り混じったことによる、今にも途切れそうな震えた声。家に入り玄関にある工具箱に金槌を戻すと同時に、いつもの水桶とタオルが目の前に出てきた。
「おかえり、はいこれ」
「――感謝する、レイ?」
「なんで疑問形……まあいいか、もう少しでご飯できるから手を洗ったら、座って待ってろよ」
レイはそう言うと水桶をリアムに手渡し、そそくさと台所に戻っていった。
リアムが居候するまでこの家には、台所と呼べるようなものはなかった。そもそもこの集落では家に台所はないのが普通、住民は共用の台所で調理しては自宅に持ち運んでいた。住民は環境に慣れているため平気かもしれないが、一つだけどうしても許せないことがあった。乾燥地帯であるため仕方が無いのだが、調理中に砂が混入してしまうことだ。ジャガイモを食べてもスープを飲んでもジャリジャリと最後に不快感が残る。
その不快感を取り除くための最善策が家に台所を作るというものだった。しかし、台所を作る空間なんてもちろん確保できないので、彼女は家を増築するという奇行に及んだ。
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