一方的な契約の魔法陣
「いいえ! それはどういう事ですか?」
ライ大神官様の言われた内容が衝撃的で、わたしは思わず身を乗り出してしまいました。
「成人の儀では、神からの加護の有無や称号を調べる事ができるのですが、高位神官の中でも信仰心の篤いごく一部の者ははそれを数値化された状態で確認できます」
「そうなのですか?」
初めて知る内容に、わたしは落ち着いて話を聞こうとソファに座り直しました。
「ええ。ですがそれを口外することはありません。年齢とともにできる事、理解する事が増えるように生きていれば自ずと能力は上がり、レベルも上がる事が確認されていますし、何より大きな出来事があれば突然成長することもわかっています。これを明らかにするより神殿の内部で密かに伝えていくほうがいいだろうと、神からこの力を与えられたときに秘伝とする事が決まったのです。巻き戻る前に神殿で起こった事を考えればそれで正解でした」
「本当にそうですね……」
この事を知った大神官様たちがどう利用するかなど、恐ろしくて考えたくもありません。
「このレベルですが、上がるときにはかなりのエネルギーを使います。そのため、寝ているときに上がる場合が多いようです。レベルが上がれば全ての能力がアップします。力が強くなったり、器用になったり、もちろん魔法の力や幸運値も上がるので、人間は真っ当に生きていれば普通に運が良くなって幸せになれる生き物だという事ですね」
わたしはなるほど、とうなずきました。
それは人を守る女神様や神々のお考えにも沿っているような気がします。
「え、でもそれではなぜ世界には不幸や悲しみがあるのでしょう」
「ある程度は人の成長を促すものだからでしょう。ですが、先ほども話した通り、人の成長は阻害されています。それは成長するためのエネルギー、レベルを上げるためのエネルギーを奪われているからです」
ライ大神官様は空になった紅茶を淹れ直しながら話します。
「大きくなった子どもが愚かな振る舞いをし、能力も低いままで、運も悪く、そんな我が子をどうにか幸せにしたくてもどうにもできない。そんな苦しみを抱えているとき」
「懸命に頑張っても報われず、ミスしてばかりで勘も悪く、いつも死にたいと嘆いているようなとき」
「難病におかされ、働いても働いても先が見えず、不運ばかりで生きるのに希望が見出せないとき」
ライ大神官様はわたしのカップに紅茶を注いでくださいました。
「人は、神殿を頼ります。彼らは『銀の愛し子』と呼ばれるわたしを頼り、そして神の恩寵で特別な目を与えられていたわたしには彼らの力を吸い上げる邪悪な契約が見えました」
楽しげにライ大神官様は指を一本一本折って数え上げます。
「土地に住まわせてやる代わりに」
「仕事を与えてやる代わりに」
「領主として守ってやる代わりに」
「家を与えてやる代わりに」
「身内に入れてやる代わりに」
そしてくすくすと笑います。
「どんな些細な事であっても、力関係を作るという契約を相手に無断で結び、支配するわけです。そして、様々なものを奪う。生命力であったり、能力であったり、幸運であったり。すると奪われた方は成長するための力を貯める事ができず、レベルも低いまま支配関係が永遠に続いていく、という悪循環ができあがるのです」
「そんな……そんな事が本当に……」
「支配する側には力が様々な形で流れ込みます。それを破壊するために、結界魔法から祝福を作り出したのですが。これが効果覿面でした。奪うためには身近にいるか、でなければ相手を契約の魔法陣の上に居させる必要があります。土地や建物を与えてそこから奪うという方法がよく使われるのはこのためです。もしこの一方的な契約の魔法陣があっても。神から祝福を受ける魔法陣を重ねて置いておけば問題はおきません。お金も力も入ってこなくなった大神官やその関係者の様子は見ものでしたよ」
その笑顔が心の底から楽しそうで、わたしは言葉を失いました。
かつては『銀の愛し子』と呼ばれ、神の愛を体現していると言われたほど他者への愛と思いやりに満ち溢れていた方が、敵を滅ぼすことにためらいを覚えない、どころか笑みさえ見せるほど変わってしまわれている。
こうなるまでにどれほど苦しみ、傷ついたのでしょうか。
ライ大神官様はそんなわたしに気づいたように優しく話されました。
「あなたが傷つき悩む必要はありません。あの瞬間に死ぬ事ができたのは幸いでした。あなたがもう傷つかずに済んだのですから。あなたの成人の儀は、わたしが担当しましょう。家族と共に、平和で穏やかな人生を送ってください。あなたが幸せに暮らせるよう、わたしは今後も最善を尽くします」
その優しい微笑みが、なぜかわたしには悲しく感じられたのです。