銀の愛し子
それからわたしは、返事を保留していったん家へと帰る事にしました。
いろんな事が頭に浮かんで、それを整理する時間が欲しかったのです。
特に、あの悪女シンシアが実は聖女で、しかもわたしの前世だったというのはショックでした。
悪女シンシアをやっつける物語は絵本にもなっていて、この国で広く知られています。
絵本では登場人物の名前も出てこなければ、何をしたかの詳しい説明もなく、ただ『悪女』であったとされるだけなのですが、歴史を習ったりお芝居などでは細かい説明や描写があります。
それはお芝居によって様々で、ときに荒唐無稽なまでの内容だったりもしますが、歴史では王を操って国を乗っ取ろうとし、王子や王女の殺害を企んだ、と教えられます。
本当にあったかどうかではなく、権力争いの中で死んでいった人、という印象です。
正直あまり興味を持てなかった部分ですが、もしかしたら無意識で関わりたくなかったのかもしれません。
自分が無実で死刑になって死んだ後、悪魔のような人物だったと言われているとしたら、目を背けたくもなりますよね……。
それに世界が巻き戻ったこと、世界の最高神が変わった事など、もうお腹いっぱい、というほどの情報量でした。
その上で聖女になりたいかと言われても……。
なりたくない、というのが本音ですし、ずっと聖女などお断りだと思ってきたのですが、「どうしたいか」と訊かれて、わたしはなぜか答えられなかったのです。
いえ、違います。
本当はわかっています。
夢だと思い込みたかったときのように目を逸らすのはやめましょう。
わたしはライ大神官様とこれで会えなくなってしまう事が嫌でした。
初めてお会いした方です。
でも、わたしはライ大神官様が気になって仕方ありませんでした。
なぜなのでしょう。
まるでわたしの身代わりのように亡くなった方だからでしょうか。
あの方が亡くなった事で世界が巻き戻ったのなら、わたしはあの方に助けられたと言っても過言ではありません。
だからなのでしょうか。
どちらにしても、わたしはライ大神官様とのご縁をここで切ってしまいたくはありませんでした。
銀の愛し子と称えられるあの方の美しい姿を思い浮かべると胸が高鳴るのを感じます。
見た目の美醜に自分が弱いのだとは思いたくありませんが、やはり美しいものは美しいのだと、あの方の輝くような美しさは人が逆らえるようなものではないのだと、わたしは自分に言い聞かせたのでした。