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ライ大神官様

「ようこそ。突然の呼び出しで驚かれた事でしょう。どうぞおかけください」


 そう言ったのは、輝くような美しい長い銀の髪に、淡い紫色の瞳のとても整った顔立ちの青年でした。

 お声は柔らかで、優しい物腰はどこか貴族的ですらあり、孤児院で育ったという彼の来歴を微塵も感じさせません。


 この方が、新しい大神官様、ライ様。

 18歳という異例の若さで神託により大神官となったお方。


 以前、夢の中で見た厳しく近寄りがたいサルジオ大神官様とは大違いです。


「はじめまして、聖女シンシア様。巻き戻る前は会う事が叶いませんでしたが、こうしてようやく会えた事、本当に嬉しく思っています」


 ?


 ライ大神官様の言葉にわたしの頭は疑問符でいっぱいになりました。

 巻き戻る前?

 聖女?


 何よりシンシアって誰?


「あの、わたしはシンシアという名前ではありません。カリーナ・ベラティアといいます」


 するとライ大神官様はその切れ長の美しい瞳をわずかに見開きました。

 どうやらどなたかと勘違いされていたようです。

 ですが、聖女であると言われずに済みそうで、わたしは心の中でほっとしていました。


 また家族と離れ、厳しい清貧の戒律のもとで祈りと奉仕の日々を過ごすのは御免です。


「これは失礼を。嬉しくてつい気が急いてしまったようです。どうやら聖女様は前世の記憶をお持ちではないようですね」


「前世、ですか?」


「ええ。正しくは過去世、と言うべきでしょうね。あなたがベラティア商会の次女、カリーナ・ベラティアとして生まれる前の人生の事ですよ。あなたは以前、シンシア・アルーシャという名前で生きていた事があるのです」


「シンシア・アルーシャ……確か、王国の転覆を図った悪女の名前で、聖女の名前ではないと思うのですが」


「ええ、そう教えられますね。ですが彼女は、その聖女の能力を見込まれて王城の神殿に配置され、国王を病から救った女性なのですよ。それを国王が側室にすると言って聞かず、最終的に王を惑わす悪女として処刑されてしまったのです」


「そう、なのですか……」


 ニコニコと、にわかには信じがたい話をする大神官様……ライ大神官様に、わたしは困ってしまいました。

 彼を大神官様、と呼ぶのは少し抵抗があります。

 わたしの大神官様のイメージはどうしても厳しく恐ろしいものです。

 もうお亡くなりになった方の事を悪くは言いたくありませんが、夢の中でのサルジオ大神官様のあの醜く歪んだ顔が浮かぶのです。


「はい。女神様はそれはそれはお嘆きになられました。ご自身が愛し子として選んだ聖女が傷つけられて死んでしまったわけですから。しかも死んだ後も貶められるとなれば、なおさら。ですから、今度こそ幸せになってもらおうと再びあなたを送り出す前に、聖女を特別に大切にするよう、信者たちに神託を与えたわけですが……」


 ライ大神官様は紅茶のカップを持ち上げ、目を閉じてその香りを楽しむような様子で静かに続けます。


「愚かな者や悪に染まった者はどこにでもいるものですね。そしてそういった者どもほど、力を持ちやすい。神殿は悪意ある邪悪な者どもの手に落ちました。かくいうわたしも、世界が巻き戻る前は仲間ともども奴らに囚われ、殺されてしまったわけですが」


 ライ大神官様は目を伏せたまま、紅茶をひと口、口にしました。

 まるで気持ちを落ち着けるようなその様子に心が痛みます。


「あの、巻き戻るというのは」


「そちらも記憶にないのですか?」


 驚いたようにライ大神官様は目をぱちくりとさせました。


「い、いえ、その……」


 どう言ったものかと戸惑っていると、ライ大神官様のほうから話してくださいます。


「わたしは1度、先日死亡したサルジオ大神官によって殺されています。これから3年後の事です。病気で死んだと世間に思わせ、王都のはずれにある神殿の地下に閉じ込められました。次は邪魔になった聖女カリーナを生贄にするのだと言われたのちに死んだのですが、カリーナ様にはその記憶はないのですか?」


 それを聞いてわたしはぞっとしました。

 醜く笑うサルジオ大神官様とその取り巻きの方々。

 暗い地下にゆらめくオレンジの松明。

 湿った空気に混じる、鉄錆びた臭い……。


 ガタガタ震え出したわたしを、気遣わしげにライ大神官様が見つめます。


「申し訳ありません、嫌な事を思い出させてしまったようですね」


「い、いえ、あれは、その……夢なのだと。夢だと思おうとしていました」


 そう。

 匂いも味も感情も、何もかもが感じられる記憶を、わたしは夢だと思いたかった。

 あの家族と離れた悲しい日々、信じていた神殿の闇を知った絶望、これから起こる事とそれを嬉々として説明する男たちへの恐怖。

 忘れて、無かったことにしてしまいたかった。

 聖女になどならず、神殿とは距離を置いていれば幸せに暮らせるのだと、あれは全て夢だったのだと、そう信じたかったのです。


「そう……、そうですね。全て夢だったのなら、どんなに良かっただろうとわたしも思います」


 ライ大神官様は難しい顔をして視線を落とされました。

 そのときわたしは気がつきました。

 あのとき、ライ大神官様は亡くなったと聞かされました。

 彼は殺されてしまったのです。

 わたしが『これからされるのだ』と恐怖に怯えていた酷い拷問を受けて。


「あ、あの、ライ大神官様は、今日わたしにどういったご用だったのでしょうか」


「ええ……、いえ、あなたはこれからどうしたいのか、それを聞きたかったのです」


「これから、ですか?」


「はい。世界は変わりました。具体的には世界を治める最高神が変わり、それに伴って我が神殿の主神も変わりました。女神様は、この世界を愛で治める事を望んでいましたが、それを諦めて最高神の地位を他の神に譲りました。それでも、あなたは女神様に愛された愛し子のままです。このまま成人の儀を受ければ、女神様の遣わされた聖女として認定されるでしょう」


 聖女になる。


 その言葉に恐怖を感じたわたしに、ライ大神官様は微笑みました。


「大丈夫ですよ。神殿はあなたを聖女として祭り上げ、利用する事はありません。あなたが望まないのなら、聖女認定もしないとお約束します。今日はその話をしたかったのですよ」


 ライ大神官様は優しくわたしを見つめています。


「あなたは聖女となりたいですか?」


「わたしは……」











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