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天中殺でも転職したい!

作者: ぶんぶく
掲載日:2023/03/27

代り映えのない陰鬱な毎日を送る俺に突如「お決まり展開」が!?

疲れた身体で家へと帰る。

玄関の明かりは俺のためにつけられているが、両親はすでに就寝しているだろう。

「ただいま~…」小さな声で呟いて返事がないことを確認する。

出来るだけ音をたてないように気を付けながら、リビングへと向かった。

食卓には夕飯が用意されていて、俺は温めなおすこともせず箸をつけた。


今日も疲れた、何も身体を酷使するような仕事をしたわけでもない。

くだらない人間に囲まれ、必要性の感じられない仕事をこなしていると心が摩耗していく。

摩耗した心に引きずられるように体が重くなっていくのだ。


食べ終えた食器を下げて、また物音に気を付けながら自室に滑り込む。

自室に入るとやっとうまく息が吸える心地がした。

ネクタイを乱雑に放り投げて、パソコンのスイッチを押す。

どんなに疲れててもゲームをすることはやめなかった。


身体のために食事をするのと同様に、心を回復させるために俺にはゲームが必要不可欠なのだ。


「あれ、おかしいな…」

それにもかかわらず何度スイッチを押してもパソコンがつかない。

「なんだよ、くそっ」

苛立ちながらパソコンをつけることを諦めて、仕事着のままベッドに身を投げた。

「あーあ、早く転職してぇな…」


小さくそう言葉を零した瞬間、呼応したように突然ディスクトップが眩く光った。


「な、なんだ!?うわぁ!!」

余りの眩さに顔を腕で覆う。

恐る恐る目を開けると真っ白な空間に女が一人俺を見下ろすように立っていた。


「其方の願いは聞き届けられました。貴方にジョブチェンジのチャンスを与えましょう」

女が微笑みながら厳かな口調で言う。

俺はぽかんと聞き流しながら突然のことに困惑していた。

まるでラノベみたいだなという思考が浮かんで、はっとした。

つまりあれだ、よくある転生とかそう言ったファンタジーなチャンスが自分にも訪れたのであろう。

「こんなこと本当にあるんだ」

自分に突如降りかかった幸福を噛みしめていると、碌に返事をしない俺に女神は少しだけ眉を顰める。

「其方、聞いておるか」

「は、はい!すみません!

つまり俺はこれから魔法とか獣人とかそういうファンタジーに溢れた世界に転生するんですよね!?

あ、チートとか!転生者だけの特別な能力とかもらえるんですかね!?最近はありふれた能力から無双するのも流行ってるからなしですかね!?」

俺の期待に満ちた眼差しを受けて、女は、相場は女神か、女神は首を傾げた。

「其方本当に聞いていなかったな、私はジョブチェンジと言ったであろう」

「ジョブ、チェンジ…?」

聞き返すとうんうんと女神は首を振った。

「願っただろう、転職したいと」

「そんなこと…言ったかもしれませんが…」

異世界転生に沸き立っていた心が急速に萎む。

い、いやでも、急に異世界に行くとか大変そうだしな、うん、これでよかったんだ

そんなことを思って自分を立てなおす。

「つまり、女神さまの力とかで良い職場に入れてもらえるってことですかね」

「いや、違うが」

「え、じゃあ何をしてもらえるんですか…?」

「いやいや、なんで『してもらえる』前提なわけ?自分のことだろう、自分で何とかしろよ」

さっきまで『其方』とか言ってたのに急に砕けた口調に変わったんだが!?

「は、はあ?そうなんですか」

「うむ、己の力で勝手に疾く転職するがよい、許可しよう」

何もしないくせに…

「何もしないくせに偉そうだなとか思った?」

「い、いえそんなことは!」

咄嗟にぶんぶんと首を振って否定する。

「というかお前ずっと転職したいって言ってない?早くすればいいじゃん」

自分の爪を見ながら投げやりに女神が言う。ついに『お前』呼びになったな。

「いやぁ、そのですね?人間には色々と都合とか事情があるんですよ」

「ほう、言ってみろ」

女神は興味なさげに爪から目を離さない。


「急に辞めたらですね、やはり職場に迷惑が掛かりますし」

「1か月前に申告したら辞められるはずだ、その間に引き継ぎすればいいだろう」

「…転職先を探す時間も体力も今はなくて」

「帰ってきてゲームしてるのにか?時間とは自分で作るものだと言っていた人間もいたぞ」

「…転職した先が今よりも悪いかもしれないですし」

「今の職場で嫌だったポイントがないところを探せ、だめだったならまた次を探せばいい」

「…そもそも次の仕事がすぐに見つからないかもしれませんし」

「ハロワ行って失業申請をしろ、大して金を使う趣味も相手もないのだから貯金もあるだろう?

ていうかお前実家暮らしじゃん」

いつの間にか持っていた爪やすりをビシっと突きつけられた。

この女神、やたら人間の転職事情に詳しくない!?

「それは、そうなんですけど…」

「なんだまだ言い訳があるのか」

女神は本当に面倒くさそうに肘をついて寝っ転がりこちらを見下ろす。

「それに…そうだ俺今年は天中殺なんです!」

「『てんちゅうさつ』?なんだそれは?」

「え、女神なのに知らないんですか?」

「知らんな、というか女神と名乗った覚えもないんだけどな」

どれどれ、と女神(仮)が空中に手を広げると見覚えのある薄くて四角い板が現れた。

「あのそれは…」

「ん?iPed、最新式だ」

すいすいと画面を操作する女神(仮)を呆然と眺めていると、しばらくしてぽいっと最新式を投げ捨てた。

「調べてもよくわからん、胡散臭い顔をした奴がいっぱい出てきたがつまりどういうことだ?」

「つまりですね、引っ越しとか転職とか人生のターニングポイントとなるような大きな決断はしないほうがいい年なんですよ」

「なるほど、そうなのか」

うんうんと大きく頷いた女神(仮)は立ち上がって、満面の笑みを浮かべる。

「では、転職に最適の時期ではないか」

「あの、話聞いてました?」

なんで今の話を聞いてそうなるのか、溜息を洩らしそうになった。

「まあ、よく聞け

ぐだぐだ言い訳をしておったが、お前はせっかく自分で行動したのに失敗するのが怖いのだろう?

ならば今が一番良いタイミングなのだ。」

「…はあ」

「良い職場に入れたら良し、

今よりも悪い職場になったら天中殺のせいにしてしまえばよい

『失敗したのは自分のせいではない、やはり天中殺のせいだったのだ』という言い訳があれば、心は幾許か楽になるだろう

それでも気に病むなら、いっそ私のせいにすればいいさ」

「………。」

「そこまで理由を並べてもお前は小心者だからな、私が最初の一歩を手助けしてやろう」

そう言うや否や、強い風が女神のほうから吹いてきて思わず腕で顔を庇う。

「其方の行く先に幸多からんことを」

そんな言葉が耳元で聞こえたような気がした。


気が付くと、目に映るのは見慣れた天井だった。

どうやら俺はあのままベッドで眠ってしまったらしい。

「なんだ夢だったのか」

そう思いベッドから降りると、ディスクトップにメールの通知が点滅している。

マウスを操作してメールを開いてみた。

『title:弊社へのご応募ありがとうございます。』

なんだこれ、いつ応募なんか…

そのとき夢の中の言葉を思い出した。

『そこまで理由を並べてもお前は小心者だからな、私が最初の一歩を手助けしてやろう』

「全く余計なお世話だな」

俺は笑いながら小さくつぶやいた。



「では、貴方が転職しようと思ったきっかけを教えてください。」

スーツを着た面接官が俺に尋ねる。

「はい、きっかけは…」


『夢の中で女神に諭されまして』とは言えないよな。


「どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありません。

きっかけは自分のやっている仕事に疑問を感じ~」


俺の人生はまだまだこれからだ。

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