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人間あるある

作者: 村崎羯諦

「久保田さんがまさかそんなタイプの女性だとは思いませんでした」


 私からホテルに誘って、そのまま一夜を過ごした同僚たちは、決まってそんな言葉を枕元でささやいた。


 会社では経理部に所属していて、与えられた仕事を文句も言わずに淡々とこなしている。服装は他の人たちよりもずっと地味で、お化粧だってすっぴんだと見間違われるくらいにお粗末なもの。愛嬌があるかと言えば、それもなくて、周りの人とだって最低限の事務的な受け答えしかしない。そして、そんな私を取り囲むのは、ゴミ一つ放置されていない会社の机、綺麗に等間隔でディスプレイに貼られた付箋、それから左手の薬指に光る婚約指輪。


 どの会社にもいる、真面目でパッとしない人。そんな私がたまたま帰り道が一緒になっただけの同僚をホテルに誘うんだから、ついそんな言葉を呟いちゃうのかなって思ってしまう。


「久保田さんは結婚してますよね?」

「今は離婚協議中ですけどね」

「えっと……旦那さんの浮気が原因とか?」

「逆です。私がこんなことしてるのが旦那にバレたんです」


 大体この辺で男の人たちは黙り込む。言葉には出さないけれど、ひょっとしたら頭の中で、必死に納得のいく理由を探しているのかもしれない。


 人にはそれぞれ自分が信じる世界がある。その世界から外れたものを突きつけられた時、人は目の前の事実そのものがおかしいと初めは考える。周りの人たちが信じる世界ではきっと、私は真面目で大人しくて、欠伸が出ちゃうような人生を送ってる人というキャラなんだと思う。でも、それは別におかしなことじゃない。他人の人生の解像度なんてたかが知れてるし、周りの人間は基本的には平凡な人間でだって思ってる方が、少なくとも脳みそは疲れなくて済むから。


 でも、私はそんな人たちのことが大好きだ。周りはバカばっかりだと根拠もなく主張するプライドの高い人たちも、人生で辛い思いを抱えながら生きているのは自分だけだと信じて疑わない自己中な人たちも、みんな。人間は醜いところばっかりだし、人間から醜い部分を綺麗に取り除いたら、きっと骨と皮だけのぺらっぺらな有機物しか残らないと私は信じてる。


 何度だって繰り返し言いたい。私は、そんな人たちが大好きだ。


 自分から先に疑っておいて、あれだけ信じてたのに裏切られたんだと周りに訴える忘れん坊やさんも、自分は誰からも嫌われたくないくせに、他人のことは簡単に嫌いになれる裏表のある人も。それから、自分に醜い部分なんてないよと他人事のように笑ってる、あなたのことも。


 朝になってホテルを出る前、決まって私は一夜を共にした同僚に個包装の飴玉を渡すことにしている。私が飴玉を渡すと、みんな断ることもできずに受け取り、不思議そうに何ですか?と尋ねてくる。記念品ですよと私が答えると、困惑げに下がっていた眉はさらに八の字になり、それから色んな疑問を飲み込んでその飴をポケットに入れる。


 ポケットに入れられた飴玉の半分以上は、きっと袋に入ったままリビングのどこかに放置されるんだろう。それから数ヶ月、いや何年か経ってから放置されている飴玉に気がついて、これはどこで貰ったんだっけと思いながら、ゴミ箱に捨てられる。別にそれで構わないし、そのことで何か喜びを感じたりするする性癖があるわけではない。


 だったら、どうしてそんなものを渡すんですか? そう聞かれた時、私はいつも特に意味はないと答える。本当のことを話すと長くなるからとかじゃなくて、心の底からそう思ってるからそのように答えているだけ。


「普通の人って案外いないもんですね。久保田さんを見て、そう思いました」


 別々にホテルを出る時、別れ際にある同僚が私に感慨深そうにつぶやく。その言葉にそうですねと私も答える。それから彼の外れたシャツのボタンを留めてあげながら、私は言葉を続ける。


「自分が知らないだけで、変わった生い立ちだったり、生き方をしてる。それって所謂、人間あるあるなんじゃないですかね?」

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