頼朝からの見方2。
4.空気と戦勝、どっちが大事?
また、頼朝の言う戦後構想は、むろん、平家との戦に勝った後の話です。
よく「神器と安徳が奪還できるなら、平家とは和平でもよかった」という意見がありますが、それが難しいのは上記の通り。
なので、仮にここで講和がなっても、非常にいびつな、腹にイチモツ残したままの和平となるでしょう。
その立場から大逆転したのがほかならぬ頼朝なわけで、火種を残すことの恐ろしさはそれこそ火を見るより明らかです。
空気を読んで神器と安徳が手に入っても、その後復活した平家に、源氏が族滅させられたら意味がありません。
全ては、義経が勝ったからこそ、ああすべきだったこうすべきだったと言えるのです。
そもそも、頼朝は一度も停戦命令など出していませんしね。
停戦しない、和平しない、平家を一族として無力化する、というのを実現するには、義経がやったように族滅させるしかありません。
5.頼朝の戦後構想以前に、対平家戦略はそれでよかったのか?
「頼朝がゆっくりと平家を締め上げる作戦を取り、義経が急戦指向によりそれを破壊した」…というのもよく言われます。
しかしどうも、「義経空気読めない派」は、頼朝の一事が万事を絶対視しすぎです。
頼朝は確かに偉大ですが、現代の「義経空気読めない派」は頼朝でもないし、その従僕でもありません。
不必要なまでに崇めて全肯定しなくていいのです。
そもそも義経の出撃は中国地方での範頼の苦戦を見て四国(屋島)に出たもので、その範頼の苦戦は主に兵糧問題でした。
頼朝が、京での兵糧問題を解決しないまま範頼に主軍を渡して出撃させたわけです(これは事実なので異論はないと思います)。
兵糧のない軍がゆっくりと敵を攻めていたら、当然自ら瓦解します。
義経が頼朝の空気を読めなかったとは言いますが、頼朝の言う通りにしていたら、絵に描いた餅で源氏の主軍が崩壊していたかもしれないのです。
「義経には戦術があっても戦略がない」という人もいるのですが、少なくとも頼朝の戦略は問題ありでしょう。
壇ノ浦で、神器と安徳創作に気を取られて源氏軍が負けてたらどうするつもりだったのか。
そんな都合のいい戦はありません。
頼朝は偉大な政治家ですが、軍人としては、構想的にも現場感的にも、あまり優れているとは言えません。
また、壇ノ浦での戦いの前に瀬戸内海の武士を味方につけて数的有利を得た義経は、壇ノ浦で特別な戦術の様子もなく勝っています(詳細は不明ですが、少なくとも記録にはない)。
この点においては、義経は戦略的にも優れた戦いをしています。
いや私が義経フリークだからじゃなくて、ほんとにほんとに。