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Unhappiness  作者: 三千
10/16

追跡


翌日の早朝。

少しぼうっとしながら、薄目を開けた。すぐ隣にあるのは、Aさんの安らいだ寝顔。

ベッドには僕の温もりとAさんの温もりが混ざりあっている。

僕が半身、起き上がるとシーツがめくれ、Aさんの胸元の肌が露わになった。


淡雪のように真っ白な肌。あまりの白さに血管などが透けて見えそうな気もしたが、女性の肌をじろじろと見るもんじゃないと猛省し、めくり上がったシーツをそっと引っ張り上げて、Aさんの肩に掛けた。


(もう少ししたら起こさなきゃ)


これが最後の朝となるだろう。ゆっくりと孤独ではない朝を堪能したいという気持ちもあったが、決行が一日見送られたこともあって、急く気持ちも芽生えていた。


Aさんをそっと起こす。


「ふわあぁぁもう時間? よく寝たーーーぁ」


明るい声だ。

そして寝ぼけまなこで伸びをする。猫のようなしなやかさで、ストレッチをしてみせた。


シャワーを浴びてから簡易な荷造りを済ますと、僕とAさんはホテルをチェックアウトした。

ホテルから数十キロ先にはキャンプ場がある。けれど、目的地はそのキャンプ場からもっと山奥へと入った場所。


「眠い?」


薄暗い駐車場。Aさんは女性らしからぬ大あくびで車のドアを開けている。


昨晩、眠れなかったらしいAさんは、ベッドの中でずっと泣いていたようだ。僕は嗚咽を抑えようとするAさんの姿に堪らなくなって、震える身体を抱き締めていた。


初対面で堂々と物を言って、ひ弱な僕を諌めてくる、Aさん。その勇猛果敢な姿。バットを振り回したという武勇伝を聞いた限り、性格は相当キツいはずだ。


僕みたいに内に溜め込んだ上、我慢してその場をやり過ごすことはしないだろう。凹むなんてこともないんだろうなと勝手に勘違いしていた。


だから意外だった。夜通し、しくしくと泣くなんて。


「ううん眠くない」


欠伸してるのに眠くないって言うの、ちょっと可愛いな。

そう思ってから、驚く。僕がまだ、女性を可愛いだなんて思えることに。


妻と付き合っていた頃には、もちろん何度も妻のことを可愛いと思った。抱きたいと思ったし愛しいとも思った。だから、そういった感覚や感情はもともと持っていたはずなのだ。


けれど、結婚してからこの方、好きだとか可愛いとかもっと話したいとか相手に触れたいなどは、あの家からも僕の中からも徹底的に排除され、無いに等しいものとなっていたのに。


僕は複雑な思いで運転席に乗り込むと、エンジンのスイッチを押した。ブルルルとエンジン音が、まだ早い朝の静かな駐車場に響く。その反響音があまりにも鮮明で、僕はつい辺りを見回してしまった。


ナンバーを木板で隠した車が数台。宿泊の客は、朝5時のこの時間では起きるのには早すぎるらしい。


「じゃあ行こうか」


そろっとウィンカーを出して右へと出る。出口にかかっている厚手のビニールカーテンがゆらゆらと揺れた。


アクセルを踏み込んでいく。


つと、バックミラーに目をやった。ホテルの出口のカーテンの揺れ方がやけに目についたからだ。気づくと後ろに一台の黒のセダン。いつのまにか僕らの背後についてきている。


違和感を感じた。まだカーテンは揺れている。もしかしたら後ろの黒のセダンもあの駐車場にいたのではないか? 疑心暗鬼になる。


「ねえ、後ろの車って、さっきホテルの駐車場で見た?」


不穏な声色を察してくれたのか、Aさんは後ろを振り向かずにサイドミラーで後方の車を確認した。


「え? ……っと見てなかった。覚えてないかも」

「そうか。僕が見たときにはあんな車なかったように思うんだけど、タイミングよく一緒に出てきたような気がして。でも、僕らが会計してたときって、他に誰もいなかったよね?」

「うん。いなかったよ。窓口で鉢合わせしちゃたら恥ずうって思ってたけど、話し声とか物音とかも、なんもなかったもんね」

「だよね……」


道路の法定速度は、50キロ。僕は今、60キロ近くで走っているから、一定距離を保っている後ろの車も同じ速度だということになる。


僕はすかさず、アクセルに置いていた足を浮かした。


ぐっとスピードが落ちる。こんな山道を法定速度なんかで走っていれば、殆どの人がイライラして抜き去っていくだろう。


センターラインはもちろん白。反対車線の見通しも良い。対向車はもちろんいない。だからこそ、こんな早朝、同じスピードで走る二台の車に、違和感を感じてしまう。


「ちょっとゆっくり走ってみる。あんまり顔をきょろきょろさせないでね」


僕がそう言うと、Aさんはぐっと顎を引いた。


「うん、わかった」


二人は固まったまま、座席に座っている。すると、後ろの車が横からすいっと反対車線に滑り出し、弧を描くように膨らんでから、僕の車を抜いていった。追い抜かれた瞬間、ちらっと横目で見た。中年の男性二人。助手席側の男と、目があった気がした。


「場所を変えよう」


僕が言うと、Aさんがカバンからスマホを取り出した。検索を終え、ナビを設定し直す。前方を走っていた黒のセダンの姿が見えなくなったのを確認すると、そのナビの指示通り、横道へと入っていった。


方向的には海沿いを通る道だ。なるほど確かにそこは「自殺の名所」と呼ばれるところだった。


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