06.神様たちと一緒にお勉強
ある日の夜、夢の中、俺はいつものように木刀を振っていた。
今日は剣道場だ。
しかし俺が教えてもらっているのは剣道ではないし、魔神も剣道を使うわけではない。
魔神は本人曰くどんな剣術でも使えるらしい。さすがは神様と言ったところか。
俺が魔神に教えてもらっているのは見たこともない剣術だった。日本の剣術にも似ているし、西洋剣術にも似ている気がする。
魔神の話によれば、最も相手を殺すことに特化した剣術だそうだ。
俺は強くなりたいとは言ったが、人を殺したいわけではないんだが。すでに自分の手で五人も殺しているのだから。
素振り、型、打ち合い、型、素振りという順で練習していき、俺がぶっ倒れると、魔神はいつものように俺に近付いてきた。
またヒールをかけてくれるのかと思ったが、どうやら今日は違うらしい。
「今日はちょっとお話もしましょうか」
気が付くと、いつの間にかカラオケにいた。
「何で!?」
俺が驚くのを無視し、魔神は普通に歌い始めた。俺も知っているアニソンだ。
あれ? お話は?
「いやぁ、地球人っていうのは面白いものを思いつくニャア」
声がした方を振り向くと、猫耳邪神までいる。
「な、何してるんですか?」
「いやぁ、オレ様も暇を持て余していてニャ、そしたら夢の魔神にお呼ばれされたから来ちゃったニャ。断るのも怖いし……」
最後にポロリと本音が漏れた気がするのだが、猫耳邪神も楽しんでいないわけではないらしい。
「そういや、お前、神魔大戦について勉強したのかニャ?」
魔神が熱唱するのを尻目に、猫耳邪神が訊いてきた。
相変わらず凄い恰好をしているが、二歳児になったせいか、あまり気にしないで接せられそうだ。
「普通に友達みたいなノリで話し掛けて来てますけど、俺はまだ騙されたことを許したわけじゃないんですけどね」
「まあまあ、細かいこと言うにゃよ。結果どんでん返しを食らったのはオレ様にゃんだから」
それは確かにそうかもしれないが、猫耳邪神の言うことを信用は出来ない。
俺の弱さが招いた結果もあるだろうが、彼女に縋ったせいでこうなったということだってあるのだから。
俺は警戒しつつも、俺が本で読んだ神魔大戦に関する話をした。
神魔大戦というのは今から二百年以上前に起きた戦争のことだ。
ある日突然悪魔が現れ、それまで地上を統治していた神々であるハイ・エルフを別次元に封印してしまったのである。神々を封印した悪魔は残った精霊人、妖精族、人族、獣人族に対して戦争を仕掛けた。
初めは力の拮抗していた彼らであるが、なんと獣人族が裏切ってしまったのだ。獣神フェイルザム率いる獣人族が。
獣人族の裏切りにより拮抗は崩れ、魔族たちは特に人族を蹂躙し、殺戮と凌辱の限りを尽くした。
しかし封印されてもハイ・エルフは地上に僅かながら干渉することができ、精霊人から六人の王を生んだ。彼らは力を合わせて悪魔を打ち倒し、残った魔族をインフェルノへ封印したのだ。
だがそれで精霊人の王たちは力尽き、消滅してしまった。
残された精霊人と妖精族、人族は力を合わせて獣神フェイルザムを封印し、獣人族たちを東方大森林オルトトへと追いやったのだ。
戦争で特に活躍した精霊人と妖精族は天界に住まうことを許され、助けてもらった人族は、特に精霊人を崇拝するようになったのだという。
「で、これは御伽噺とか神話じゃなく、実際に起こったこと、なんですよね?」
俺がそう訊くと、フェイルザムが顔を真っ赤にした。
「違うニャー!」
まぁそうじゃないかとは思っていた。魔神が歴史に関することはほとんど嘘だと言っていたし。
ただ魔神の言うことだって全部信じられるわけじゃない。
かといってハイ・エルフという神々の存在だって十分胡散臭いのだ。
どの本を読んでも、ハイ・エルフは崇め奉られまくっており、その偉大さをこれでもかというほど吹聴している。
「オレ様は裏切ってなんかいないのニャ! それなのに、あの侵略者どもは……」
「まぁまぁ、今それを言っちゃうと、色々こっちにも不都合が生じてしまいますので。はい、どうぞ」
歌い終わった魔神がマイクを猫耳邪神に渡した。
猫耳邪神は素直にそれを受け取り、歌い始めた。
意外と上手い。
「一つ忠告しておきましょう。ハイ・エルフに対して何か疑問を持っても、絶対にそれを口にしてはいけません。特に耳長族の前ではね」
魔神の言葉で俺はピンときた。
おそらく、ハイ・エルフはこの世界の住人を監視しているのだ。アールヴを通して。
アールヴというのは、ファンタジー世界におけるエルフみたいな種族だ。というより、まんまエルフだ。
しかしこの世界では、ドワーフやブラウニーといった妖精たちもまとめてエルフと呼称されている。そのためファンタジー世界のエルフは、この世界では妖精族の中の耳長族ということになるのだ。
だが面倒なことになった。
アールヴなら俺も何度か見かけたことがあるし、パルスニアの中では一番多い種族のはずである。ハイ・エルフの話をするときは十分注意しないといけないだろう。
俺はそこで一つ気になっていたことを魔神に質問した。
「そういえば神魔大戦に夢の魔神様のお名前がありませんでしたが?」
それどころか、この世界の文献のどこを漁っても『夢の魔神』など一言も出てこなかった。魔神という単語が出てきても、それはなぜかフェイルザムを指す言葉だったりもした。
「ああ、僕は部外者なので。元々この世界に住まう神ってわけじゃないんですよ」
「そうニャ。夢の魔神はオレ様の呼びかけに応じて現れてくれたんニャ。この世界に存在する真の神は、今はオレ様だけニャ」
歌い終わった猫耳邪神も会話に入ってきた。
猫耳邪神の言うことが本当なら、ハイ・エルフの存在が何なのかいまいちわからない。
ここは話半分に聞いておいた方が良いだろう。
今は何だかバカっぽく見えるが、これでも演技はちゃんとこなせるのだから。
「それよりも猫耳邪神さん」
「だから獣神フェイルザムだニャ」
「貴女は自分が呼んだ人たちに『ハイ・エルフの話はなるべくするな』ってちゃんと教えてあげたんですか?」
猫耳邪神が呼んだ者。
俺はそれが誰のことを指しているのかに思い至り、眉間にしわを寄せていた。
「あ、まだだったニャ。た、頼むニャ、手伝って欲しいニャ。オレ様は夢の魔神ほど自在に“神象世界”を作れないニャ」
「“神象世界”?」
内なる衝動を抑えつつ、俺はなんとか気になったことを訊いた。
アホそうな猫耳邪神に代わり、魔神が答えてくれる。
「魔力、というよりは、神の力で作った世界、と言った方がいいかもしれませんね。ほら、固有結界だとか、領域展開だとか、アレと似たようなものです」
元も子もないような説明だ。わかったようなわからないような。
「このカラオケも神象世界ニャ。こんなにバンバン神象世界を作れるとは、さすが夢の魔神様だニャ。感服ニャ」
猫耳邪神が明らかに魔神をヨイショし始めた。
だが魔神も案外単純なのか、ちょっと鼻を高くしている。
「もう仕方ありませんね。明日から僕が彼らを、この夢の魔神が作りし夢の世界へと誘ってあげましょう」
「よ、大統領」
猫耳邪神もカラオケのことといい、相当地球でお勉強してきたようだ。
「あ、でも、貴女がせっかく用意した駒ですが、僕の用意した駒に壊されてしまうこともあるかもしれませんよ」
魔神は俺の方を見ながらそう言った。
どういうことか、なんて考えなくてもわかる。
俺が奴らを見つけた時、俺がそのまま殺してしまうかもしれないと言っているのだろう。
ナチュラルに駒って言われたけども。
「ニャ!? それは困るニャ!」
「あははは、恨みっこなしで」
だが実際のところはどうなんだろうか。
あの時は姉さんを守るにはああするしかないと思って、勢いのまま殺してしまったということもある。
もちろん個人的な恨みだってあったし、それ以前にも恨みがあった。それにあいつらを野放しにしておけば、必ず誰かを不幸にするという義憤もあったと思う。
しかしだからと言って、次に会ったとき、俺が彼らを殺すとは限らない。
恨みや憎しみはある。
だがもう殺意まではなかった。
出来ることならもう誰も殺したくはない。少なくとも彼らの方から何もしてこないのであれば。
いや、それとも何かあるのだろうか。
魔神がそんなことを言うということは、今後そんな未来が待っているからなのかもしれない。
きっと訊いても教えてくれはしないだろう。
それならば俺に出来ることは一つだ。
その時が来たら迷わず選択する。己を信じて。




