02.いきなり大量殺人鬼
次の日の放課後、俺は木谷さんにスマホで呼び出されて、普段使われていない空き教室目指して廊下を歩いていた。
メッセージの最後には「他にもいつメンがいるけど、気にしないで入ってきて」とあった。
彼女の言う「いつメン」=いつものメンバーとは、同じクラスだけど普段は話さない人たちだ。というより、俺はある時から誰とも話していないんだけど。
そう、俺はボッチだ。
でもこれだけは勘違いされたくない。
俺は友達が出来ないんじゃなくて作らないんだ。かつてはいたけど、多分もう二度と作ることもないだろう。
正直なところ、恋人だって作る気はなかった。
だけど、今からちょうど一週間前に、作らざる得ない状況に陥ってしまった。ちょっと違うか。そういう状況に自分で自分を追い込んでしまったんだ。
一週間前、瑠美奈、いや、そのときは木谷さんって呼んでたし、どうせ今日からまたそう呼ぶことになるんだろうけど、ともかく木谷さんに告白された。あの時も放課後、今と同じくらいの時間だったかもしれない。
彼女は帰ろうとする俺を呼び止め、なぜか何の意味もない取り留めのない雑談を始め、そして唐突に好きだから付き合って欲しいと言った。
ただ残念ながらすぐにはわからなかった。なぜなら彼女は俺の知らない言語を使っていたからだ。
「福間ってさぁ、前から思ってたんだけど、ありよりのありなんだよねー。ウチらさぁ、とりま付き合ってみね?」
よくわからなかった。
よくわからないのだが、「付き合ってみないか?」と言われたんだな、ということはなんとなく分かった。
嫌だ。
言葉には出さなかったが、嫌過ぎた。
木谷さんとはカーストが違う、という話はしたと思うが、顔面偏差値にだって大きな開きがあると思う。言うまでもなく、木谷さんが上で、俺が下だ。それでも俺は木谷さんを好きにはなれない。木谷さんはちょっと化粧が濃いのである。俺はそれが苦手だった。
住んでいる世界が違う、顔も別に好みではない、趣味も絶対合わない、彼女だってそれは同じだし、何で俺と付き合おうなんて思ったのだろうか。
そこでようやく俺は気付いた。「あ、これ罰ゲームだわ」と。
嫌な奴らだ。
あんなことが起きたばかりだというのに、懲りもせず今度はターゲットを俺に変えてゲームを再開しようというのだから。本当に最低だ。
でも最低なのは俺も変わらない。
いいさ、ちょっと反撃させてもらおう。
その時は後のことなんて特に考えず、そんなことを思っていた。
「何それ? 俺に『付き合って』って頼んでるつもりなの?」
「う、うん」
木谷さんがちょっと恥ずかしそうに俯いた。
恥ずかしいならやらなきゃいいのに、と思いつつも、俺は反撃の手を緩めるつもりはなかった。
「……土下座」
「へ?」
「俺と本当に付き合いたいならさ、土下座してよ」
絶対にしないだろうと思っていた。
しかしちょっと早まったかもしれない。もしかしたら仲間を呼んで俺に殴りかかってくるということだって有り得る。
まぁ、俺は見た目通り頑丈だし、見た目からは想像できないほどに足が速い。特に逃げ足は。
だけどそれ以外にも問題があった。
まだ教室に何人か生徒がいたのだ。その生徒たちは帰るのを中断して無遠慮に俺たちをじろじろと見て、何事かを呟いていた。いや、普通に聞こえてきた。「福間って、サイテー」と。視線も冷たい。
いやいやいや、察しろよ。絶対に罰ゲームだって。ていうか、散れ。見世物じゃねぇんだぞ。
俺が心の中で自分の軽率な行動を反省している間、木谷さんは何も言わず俯いていた。
何があってもいいようにすぐに立ち上がれる態勢は取っているんだけど、木谷さんは動き出そうとしない。
心の中で「土下座しろ! 土下座だ! 土下座っ! 土下座!」と叫んでいると、木谷さんがすっとその場に膝を着いた。その動きはどこかの常務より滑らかで躊躇いがない。そして教室の床に手をついて頭を下げる。
「福間、ウチと付き合ってください!」
俺は口から魂が抜けだしそうになるも、何とか昇天せずに留まり、慌てて木谷さんを立たせた。
まずいと思って思わず取った行動だったけど、俺が木谷さんを立たせる意味は一つしかない。
それは了承するということだ。
どっちにしたってこの状況で「ダメだ」なんて言えない。
かくして俺は木谷さんと付き合うことになった。
それから一週間、意外と楽しい時間を過ごせた。
俺だって死ぬまで独身でいるつもりはなかったけど、今誰かと付き合うつもりなんてなかったんだ。
そんな気分じゃなかったし、俺なんかに楽しむ権利はないとまで思っていた。それなのにこの一週間は本当に楽しかった。一人になった時、自己嫌悪に陥ってしまうほどに。
それでもこれからフラれるっていうのは最悪な気分だ。わかっていても、何とかなるもんじゃない。
だけど俺は本当にそれで死のうなんて思うのだろうか。このゲームの関係者を殺そうと思うのだろうか。いや、確かに昨日話していた奴の中に、殺したいほど憎い奴はいる。そいつらは殺せたとしても、木谷さんを殺すことなんて俺に出来るはずがないんだ。
やっぱり昨日会った露出狂の占い師の言うことなんて、当たるわけがない。俺は心の中でそう確信していた。
でも連れてこられた空き教室の中に入ると、俺の確信は脆くも崩れ去った。
「やめて、離して!」
カーテンの閉められた薄暗い教室の奥で、誰かが悲鳴を上げている。
周りには六人の生徒がいた。
その中には木谷さんもいて、驚いた顔で俺を見ている。今、種明かしするつもりで俺を呼んだのだから、俺が来ることはわかっていたろうに。
他の奴らが何を見ていたのかは知らない。
俺の視線は一瞬だけ木谷さんに向けられたけど、すぐに叫んでいた人物に向けられたからだ。
女子生徒が一人、テーブルの上に押さえつけられて服を脱がされそうになっている。
俺を嵌めて楽しむだけのつもりだったはずだろうに、何があってこんなことになっているのだろう。
わからないけど、俺は襲われている女子生徒を助けなくてはいけない。彼女を助けるためならなんだってするだろう。だって彼女は木谷さんよりも大事な人なんだ。罰ゲームだってわかる前の瑠美奈よりも。
襲われていた生徒は、俺の姉だった。
もういい、終わりだ。
こいつらを生かしておくわけにはいかない。こうやって誰かを不幸にするしか能がないんだから。
俺は気付けばポケットに手を突っ込んでいて、丸まった紙屑、いや、魔法陣の書かれた紙を握っていた。
紙が熱を持つ。そしてバラバラと俺の手の中で崩れていった。
俺はその手でそのままナイフの柄を掴んだ。そしてポケットからそれを取り出すと、それは“ナイフの柄”ではなく、“ナイフそのもの”になっていた。俺がポケットからナイフを取り出すと同時に青い刃が現れたのだ。
俺がナイフを持って近付いて行っても、誰も動こうとしない。
俺に視線を向けたまま、まるで時が止まってしまったみたいに誰も動かなかった。否、本当に止まっているのだ。
前に、時間が止まれば光も止まって空気も止まるから、何も見えないしその場から動くこともできないっていう話を聞いたことがあるけど、俺だけがその場で動くことが可能だった。これが魔法なんだと改めて実感させられる。
俺はまず一番近くにいた女子に近付くと、手に持ったナイフを胸に向かって突き出した。
彼女の視線は俺の手に持ったナイフに集中している。どうやら時間が止まっているというわけではないらしい。金縛りみたいなものかもしれない。
そんな現実味のないことを考えながら、俺はナイフを引き抜いた。青かった刀身が赤く染まっている。
俺は止まらなかった。
もう一人見物していた女子生徒を刺し殺し、姉さんの腕を掴んでいた男子を殺し、片足を押さえていた男子を殺し、そして姉さんに覆い被さっていた男子を殺して、姉さんから引き剥がした。
机の上に仰向けに引き倒された姉さんは泣いていた。
何で姉さんがここにいるのかはわからない。でもきっと俺に巻き込まれたんだ。俺のせいで姉さんにまで辛い思いをさせてしまったんだ。
「姉さん、巻き込んでごめんな」
聞こえているかはわからない。
でも俺は姉さんに謝ってから、瑠美奈の前に立った。
瑠美奈はもう驚いていなかった。
他の五人は怯えた眼差しを俺に向けていたけど、瑠美奈にはそれもない。ただただ悲しげだった。
この場に俺の愛する者は二人いる。
恋人として愛している瑠美奈、家族として愛している姉さん。
姉さんを殺すなんてもちろん有り得ないけど、だからといって俺に瑠美奈を殺すことが出来るんだろうか。
ああ、出来るとも。
この場で全部終わらせるんだ。
俺はナイフを構える。
そしてその刃を、自分自身に突き立てた。
無理だ。
俺に瑠美奈を殺すことなんて出来ない。
ああ、畜生。
痛いな。ちゃんと心臓を刺せなかった。
俺は一体自分のどこを刺したんだろう。
ナイフはすでに俺の手にない。自分の体を刺して、引き抜いて、それから落としちゃったみたいだ。
出来ればちゃんと止めを刺したい。もうきっと助からないだろうから。せめて楽に。
「龍巳、何で……イヤだ、ウチを置いて行かないで」
瑠美奈が泣いていた。
どうやら俺が自分を刺したことで、金縛りが解けたらしい。
それにしても、いつの間に俺は倒れたんだろうか。
瑠美奈が俺を見下ろしている。
瑠美奈はそのまま俺の顔に触れようとして、その動きを止めた。
瑠美奈の顔が驚愕に彩られている。
瑠美奈の視線が下に下がっていき、自分の胸を見て、そこで止まった。
彼女の胸から青い刃が生えていた。
そんな、瑠美奈に死んでほしくなんてなかったのに。どうして。
瑠美奈は目から光を失っていき、そのまま俺の上に倒れた。
「どきなさい」
瑠美奈が俺から引き剥がされる。
そこに立っていたのは、血に彩られたナイフを手に持った姉さんだった。
俺は誰も助けられなかったのか。
瑠美奈を死なせてしまい、姉さんを人殺しにしてしまった。
あんな胡散臭い占い師の言うことなんて聞かず、力の限り暴れ回ればどうにかなったんじゃないか。
そうだ、愚かで弱く無様な俺は、また選択を誤ったんだ。
「たっくん、ごめんね。私のせいでこんな酷い目に遭わせちゃって」
違う、悪いのは全部俺なんだ。俺の方こそ謝りたいのに、もう声すら出せないんだ。
「大丈夫、今、楽にしてあげるから」
俺が最後に見た光景は、泣きじゃくる姉さんが俺に向かってナイフを振り下ろす瞬間だった。
今日はここまでです




