09.家族皆で稽古
そして翌日、朝食を終えて少し休憩した後、稽古が開始された。
軽く準備運動と型の練習をしたら、即練習試合である。
「ルイーザは見学していてね」
「はい、お母様」
ブルーノ、フローラ、クルトが「いいなぁ」という目でルイーザを見ている。
「じゃあ、まずはクルトとネオで試合しなさい」
普段はおっとりしたアメリアであるが、今日はいつにも増して凛々しい。
やっぱり事務仕事よりも戦いに向いた性分なのだろう。
俺はクルトに向きを変えて、木剣を構えた。
クルトも俺に木剣を向けている。
フローラとはまた違う構えだ。
剣を上段に構えた姿はいかにも西洋の剣士らしい。
だけどわかる。あれじゃあ隙だらけだ。
きっと魔神に剣を弾かれたら、彼方まで剣が飛んで行ってしまうだろう。
「ふん、お前如きに本気を出すまでもない。手加減してやるから有難く思うんだな」
まぁ、そういうことにしておいてやろう。せいぜい油断したとか負けた時の言い訳にするといい。
「始め!」
「わぁぁぁぁぁ!」
アメリアの合図と共にクルトが斬りかかってきた。
裂帛の気合い、まぁ、要するに情けない金切り声だ。
剣道では「やー!」とか声を出せと教わるらしいが、実際に人を斬る時は声なんか出さない。
声を出すときは、相手が明らかに未熟、もしくはビビっており、大声で怯ませたり、自分自身が恐怖心を抱いていて、それを払拭するためにしたり、などである。
例えばかの有名な人斬り以蔵は、大声で吠えるだけで刺客を一蹴したことがあるらしい。まぁ、その前に一人斬っているんだけども。仲間が斬られて大声で叫ばれて、ビビって逃げ出したのではなかろうか。
ちなみに全部魔神に聞いた話である。
人を斬るのに必要なのは気合いじゃない。冷静さだ。
俺は斜めに斬りかかってきたクルトの剣を、ちょうど反対側から斬り上げ弾き飛ばした。そして返す刀で胴打ちした。だいぶ手加減して。
さすがに今の一撃じゃ倒れないかな、と思ったのだが、クルトはゴロゴロと転がっていき地面に倒れるとそのまま動かなくなってしまった。
あれ? やっちゃった?
いや、殺してはいないはずだ。骨さえ折ってないと思うんだけど。
傍に控えていたメイドさんたちが慌ててクルトに駆け寄っていく。
「大丈夫です、気を失ってしまったようです」
だよね。あー、良かった。
しかし何だろう、ちょっとスッキリした。
魔法の中には癒しの魔法も存在しており、緑の精霊、ウィリディスやウィリディスに親和性が高い妖精族が操ることができるのだが、緑の魔石か魔結晶があれば誰でも行使することができる。
公爵家であるうちは当然のように魔石がある。
メイドさんの一人が、エメラルドのような魔石が嵌められた指輪を使ってクルトの治療を始めていた。
「もぉ、クルトったら仕方ないわね。じゃあ、次は勝ったネオとフローラね」
全く動じていないアメリアが怖い。
ルイーザですらちょっと心配そうにクルトの方を見ているのに。
「て、手加減してね、ネオ?」
「ええ、大丈夫ですよ」
俺に怯える少女を苛める趣味はない。
俺はアメリアの合図とともに斬りかかった。
クルトと違って油断していなかったフローラは、何とか俺の一撃を受け止め、躱していく。
しかし俺は攻撃の手を緩めない。
何度も何度も打ち込み、疲れ始めた頃合いを見計らって自分の剣の切っ先をフローラの剣の切っ先に絡めるようにして巻き上げた。
これは剣道にもある技だ。
剣を手元から奪われたフローラの首筋に剣を突き付ける。
「そこまでよ」
アメリアから試合終了の合図があり、俺の勝ちが確定した。
しかし負けたフローラが訝しむような視線を俺に向けている。
クールに決めたつもりだが、何かやらかしてしまっただろうか。
「なーに、今の技? ネオって誰に剣術を教わったの?」
アカン。一番聞かれたら困る質問だ。
「えーと、書物で色々読んだのを参考にしまして……」
昨晩、もし聞かれたらこう答えるよう、予め魔神が用意してくれた答えである。
しかし苦しい言い訳だ。
「すごいわね、本の知識だけでこれだけものにしちゃったの?」
「あ、あははは」
もう笑って誤魔化すしかなかった。
フローラには何とか納得してもらい、次はブルーノと試合かと思って準備しようとしたのだが、ちょっと違うようだ。
今度は先にアメリアとブルーノが試合をするらしい。
「私とお父さんで、勝った方がネオと試合ね」
「じゃあ、どうせ君が勝つんだから、君とバルネオがやればいいんじゃないかな?」
「それじゃあ、貴方の練習にならないじゃない」
諦めてください、父様。母様はやる気満々です。
ブルーノは溜息を吐きつつも木剣を構えた。
フローラのようなフェンシングに近い構えなのだが、なんか少し違う。
剣を持つ右手が後ろで、前に出した左手に盾を持っている。
どうやらうちの家族は全員違う流派を使うようだ。
対するアメリアであるが、剣を持っていない。
そういえばアメリアは準備運動ぽい動きはしていたが、それぞれが型の練習をしているときは皆の様子を見ているだけだった。
あれ? まさか徒手空拳か?
いや、違った。
アメリアが腰から何かを抜く。
その何かは初め丸まっていたのだが、アメリアが一振りすると長く伸びた。
あれは鞭だ。
アメリアの武器はそもそも剣ですらなかったようである。
アメリアに代わってフローラが「始め」と合図をする。
アメリアがぺろりと自分の唇を舐めた。
何あれ、エロ怖い。
始まりの合図と同時にブルーノが突っ込んだ。
そうか、鞭を相手にするなら距離を潰すしかない。
中距離が最も危険だが、遠距離も危ない。
鞭は射程が計りづらそうだし、気付けば射程の内側なんてこともあるだろう。
ブルーノがバックラーで殴打しようとするが、アメリアが上体を仰け反らせて避けた。
なんとも華麗な避け方だが、あれでは次の一手が撃てないのではないだろうか。そこを狙うようにブルーノはすでに連撃に出ている。バックラーを引いて、体勢を崩しているアメリアに木剣で突きを放ったのだ。
しかしアメリアは上体を仰け反らせた態勢にも関わらず、片足を上げてブルーノの剣を弾いていみせた。
……そんなのアリかよ。
アメリアはそのまま後方一回転しながら鞭をしならせた。
「うっ」
ブルーノの太腿を鞭が打つ。
ブルーノは顔を苦悶に歪めるが、すぐに態勢を整えた。
ん? 今、終わらせようと思えば終わらせられたんじゃ?
俺は一抹の不安を感じながらも、アメリアの動きに注視していた。
アメリアの動きは変幻自在だ。
中距離にいれば当然鞭の餌食になるし、近付かれてもしなやかな体の動きで相手の攻撃をいなしてしまう。
反対に距離を取って鞭の攻撃を防ごうとしても、飛んでくる鞭をいなすことができず、腕や足を取られ、転がされてしまうのである。そして転がされたところを、アメリアの鞭の追撃が来た。
その一連の攻防を見ていて俺は確信した。
この人、ドSだ。
もう勝てる瞬間は何度もあったのだ。
しかしアメリアは決着をつけようとせず、ひたすらブルーノを鞭で打ち続けた。恍惚とした表情で。
俺もフローラもルイーザも皆ドン引きである。
なるほど、皆アメリアの稽古を嫌がるわけだ。
「ま、参った。もうやめて」
最後はブルーノが半泣きになって試合が終了した。
アメリアはまったく疲れていないようで、「じゃあ、最後はネオと私ね」と、すぐさま試合を始めるつもりのようだ。
俺はアメリアとブルーノの試合を見ていて気付いたことがある。
ブルーノも十分強いのだ。
少なくとも今の俺とやれば、負けるのは俺の方だろう。
それなのにもかかわらず、ブルーノはアメリアにいいように転がされていた。別にそういう趣味があるとかというわけではないと思うが。
二人の性癖は置いておくとして、つまり次に転がされるのは俺の番ということだ。
嫌だなぁ。変な扉開いちゃわないかなぁ。
俺の心配をよそに、フローラの合図で試合が始まってしまった。
迷っていても仕方ない。俺に出来ることは一つしかないのだ。
アメリアとブルーノの戦い方を見ていてわかったが、ブルーノの戦い方が間違っているわけではない。いや、他に対処法がないともいえるのだが。
要するに、遠距離攻撃する手段がない以上、突っ込むしかないのである。
真っ直ぐはダメだ。ジグザクに、補足されないように。
アメリアの手が動く。
風切り音、直後、俺の木剣が引っ張られた。
木剣に鞭が絡みついている。
俺はとっさに木剣を手放した。アメリアの驚いている顔が見える。
魔神の教えが脳裏に過った。
『使えるものは何でも使いなさい』
ここは広い庭で、わざわざ障害物がないところを選んで戦っている。
だからこんなところにあるものといえば、地面くらいしかない。
「どっせぇい!」
気合い一発、俺は地面に手を突っ込むと、思いっ切りひっくり返した。地面を。
イメージしたのはガ〇マウェイブだ。某緑の巨人の。
だがやはりそう上手くはいかない。それでも俺のひっくり返した地面がアメリアに向かって飛んで行った。
「っ!!」
さすがのアメリアも意表を突かれたらしい。上手くいけば一撃入れられるかもしれない。
しかし俺の考えは甘かった。
「もぉっ、ネオ! お庭を壊しちゃダメでしょ!」
俺の投げた地面の塊が真っ二つに裂けた。
その先にはぷんすかと怒ったアメリアがいる。もちろん健在だ。
そんなのアリかよ……。
まさか鞭で真っ二つにされるとは思っていなかった。
直後、頭にゴンっという衝撃が走った。
目の前に木剣が落ちてくる。
計算したのか、たまたまか、鞭を振るったときに木剣が外れて宙を舞っていたらしい。
「ぐっ、参りました」
今のが真剣なら俺は死んでいた。
「ちゃんと直しておくのよ」
「はい、すいません」
悔しい。
まさか手も足も出せないで負けるとは思わなかった。
これがイグニス最強と謳われる者の強さなのか。
それに忘れてはいけない。アメリアは白兵戦の強さで最強と呼ばれているわけではないのだ。
黄昏のアメリア。
それがアメリアの二つ名である。
アメリアの真骨頂は魔法だった。
彼女がどんな魔法を使うのかはわからないが、黄昏というワードからして、とんでもない大きさの火魔法を使うことが予想される。
これまで頑張って魔神のしごきに耐えてきたのだが、果たして俺は強くなっているのだろうか。不安だ。




