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橋桁の砦 

掲載日:2021/03/10

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、はね橋を渡ったことがあるだろうか? 橋を持ち上げると八の字になったり、通路の門になったりする、あれだ。

 中世ファンタジーにつきものなギミックではあるけど、日本で現存しているものは、かなり数が限られているらしいね。

 主な原因としてコストがかさむこと、橋の下を通る船の背が縮まったこと、橋の利用者が増えて、渋滞を起こしやすくなることなどがあげられる。特に最後の理由なんかは、嬉しい悲鳴じゃないかと思う。

 もともとはね橋は、戦時に攻め寄せる相手の足止めを目的としたもの。そいつが使われなくなるのは、平和のあかしといえるかもしれないな。

 ならば、戦乱の世ではどうだったのか。最近、この可動橋に関して、ひとつ昔話を聞いてね。よかったら、耳に入れておかないかい?

 

 

 戦国時代。争いは何も、大名たちや豪族たちといった規模で、行われるものばかりじゃなかった。

 大掛かりな戦がないときでも、村同士で水利権などをめぐる小競り合いは、あちらこちらで起こっていたらしい。

 争いともなれば拠点が必要で、各村は避難場所を兼ねた砦を、自主的に建造していたんだ。

 件の可動橋も、その防衛設備のひとつ。ある村で用いられたのは。橋桁を取り外しできる種類のものだった。砦をすっかり囲む空堀。そこにかかる橋は十数枚の板をはめ込む形で構成されていて、有事の際には取り外し、砦内に立てこもることができるようになっている。

 訓練もしばしば行われた。制限時間が設けられ、分解と架橋をとどこおりなく終えられるよう、何度も繰り返されたらしい。

 取り外した橋桁は、そのまま壁にできるよう、入り口部分もはめる枠を設けており、こと身を守ることにおいては、周囲より頭ひとつ抜けた防御力だったとか。

 

 

 その定期的に行われる訓練も、ときに全村民が参加する、大がかりなものが開催された。実際に村民を収容した際の生活を仮想し、あらかじめ運び込んでおいた食料のみで生活。敵の襲来があったときの動きも確かめていく。

 安全、将来の備えと説明されても、戦と縁遠い女子供や年寄りにとっては、特に負担だったらしい。ぎゅうぎゅう詰めの砦の中で数日を過ごし、出歩くこともままならない。それが慣れない空間ともなればなおさらだ。

 

  ――このような訓練など必要ないよう、早く戦乱の世が終わって欲しい。

 

  強いられる不自由な時間は、はからずも人々の願いを、どんどんと同じ方向へと固めていった。

 

 

 そして春前に行われた、全村民訓練の最初の晩。

 皆が寝静まった後、夜番に立つ村人は詰所から出たとたん、夜とは思えない暖かい風が、砦内に吹き寄せたのを感じた。

 いよいよもって春めいてきたかなと、はじめのうちはしみじみ感じながら、のんびりと構えていたらしい。それが時間の経つうち、自分の服の内側からぞわぞわと、毛が逆立ちそうな熱気へ高まっていったんだ。

 汗のたぎり。身体を動かし出してしばらくするとやってくる、汗をかき始めた感触と同じ。

 確かに自分たちは間近に火を焚き、矢倉や狭間から弓矢を構え、警戒を続けている。けれども、火から離れたところで、熱の弱まる気配がないのはなぜなのだろうか。

 屋内へ逃げると、熱は急激に去っていき、夜番たちはほっとする。交代で見張る熱中夜は、それから三日間。訓練が終わるまで、ずっと続いたという。



 その訓練の終了後より、心なしか日差しを気にかけるようになった、夜番組。

 ここのところ差し込んでくる陽が、朝昼夕を問わず強くなり、村人たちは夜まで汗をかきっぱなしだった。

 井戸端もつるべ待ちの列ができるほどになり、家々の妻たちは大いに水を汲んでは、家へと持ち帰っていく。その大半は飲用に用いられたとか。

 子供や年寄りの中には、明らかに脱水と思しき症状で倒れる者も出てくる。日に日にその数が増していく中、またしても全村民による砦への避難訓練が通達された。

 

 村人たちの大半は抗議の声をあげるが、村長以下の上層部はその訴えを退ける。

 

 ――詰め寄る敵が、こちらの都合の悪さを配慮してくれるわけがない。このようなときこそ我々の真価が試され、命を守ることにつながるのだ。

 

 強く説いてくる村長たち。その熱意に押されるまま、しぶしぶ腰をあげる面々。なおも拒もうとする者に対しては、槍の穂先さえ突きつけられて、無理やり進まされる始末だったとか。


 ――今回の村長たちは、なにやらおかしい。いつも以上に余裕が感じられない。


 大半の村人がそう思う中、先に砦へ着いて検分を始めた者は、首をかしげてしまう。

 普段なら、訓練の日程に合わせた食料が、用意してあるはずの食料庫。それがこのたびの三日の訓練に対し、せいぜい一日分ほどしか蓄えが確認できなかったんだ。

「まさか、この状態の悪い中で、飢えに耐える訓練でもするのか」と問いただしたくとも、ぐっと我慢するしかない。

 今回の村長たちは、これから戦場へ向かうかと思うほど、しっかりとした戦支度を整えている。しかも、少しでも列を乱すものがあれば、容赦なく槍の石突で叩いてくるほど、神経質だった。

 下手に刺激すれば、今度は刃を返されて串刺しにされかねない。そんな懸念が渦巻いて動けぬまま、村民収容を確かめた砦は、また橋を分解して籠城体制へ入った。


 板による扉ができ上がるや、砦内の気温はまた、ぐっと上がる。

 今度は屋内にいても、はっきりと感じる強さだった。すでに陽は山の向こうへ没し、星がまたたき始める夜空の下で、昼間と同じ。いや、それ以上の「ぎらつき」が自分たちの腕といわず首といわず、じりじりと苛めてくるんだ。

 汗も止まらない。元より、脱水で参っていた者から順に村人たちはへばっていく。体力の残っている者も、動いた端から滝のように落ち、つけた足跡へ溜まっていかんとする発汗に、戸惑いを隠せなかった。


 そのような中でも、いきいきと動くのは件の村長たち。

 村人が持ち込んだ水を筒ごと奪い、砦内のものも瓶を割っては、地面にしみ込ませていく。抗わんとする者は、今度こそ四肢を突かれたり斬られたり。死なない程度に痛めつけられ、どよめく村人たちを前に、村長は数人の血を吸った槍の穂先を高々とかかげる。


「時は来た。皆、残りの水を絞り出せ。さすれば苦しむことない者へ、この気が導いてくれよう」


 そう叫ぶ村長の手から、槍がポロリとこぼれた。

 先ほどまでしっかり握っていた五本の指が、たちまちのうちにしなびてしまい、根のような細さになってしまったからだ。続いて腕、肩、胴と、肉はどんどんそげ、その下から代わりに、緑色の糸を何重にもよじったような、繊維の塊が現れる。

 村長旗下の付き人たちも同じくだ。手に持つ武器、まとう防具はこぼれてずり落ち、彼らの身体はあたかも、巨大なわら人形のごとき様相へ変わっていく。

 あっけに取られる皆の前で、村長だった人形がさっと腕にあたる根を伸ばす。

 顔に絡みつかれた手近な男は、すぐに根を引きはがすも、その左半分は彼らと同じように肉がはげ、その下から緑色の繊維の束をのぞかせていたんだ。

 

 たちまち、砦内を混乱が満たす。脱水で倒れている者はおのずから症状を発し、無事な者もあの繊維の人形たちへ触れられれば、たちまちそこから肉皮を失い、繊維が代わりにはびこり出す。

 切りかかった者は、たちまち根に絡まれて身を失い、彼らの同族となった。ならばと、無事な者は石つぶて、弓矢、投げ槍などで彼らの身体をことごとく貫くも、羽毛を相手にしているかのように、手ごたえがなかった。

 そしてなおも夏を思わせる猛暑の空気と、発汗は続いている。のどの奥は、わずかにつばを飲み下すだけでも強くひりつき、湧き出す汗はこちらの目へ飛び込んで、視界を奪わんとしてきた。

 根の者の数は、いよいよ全体の一割に及ぼうとしている。



 その時だった。

 誰が放ったか、あさっての方向へ飛んだ矢が、たまたま立てた燭台の火の中をくぐったんだ。身体全体を燃やしながら飛んだ矢は、壁代わりになっている橋桁へ命中。じわじわと火を強め出したんだ。

 とたん、村人たちに迫っていた、根の者たちの動きが止まる。ぐるりと踵を返すや、彼らはいっせいにその扉へ向かっていく。

 ほどなく、彼らの伸ばした根が火矢をはたき落としたが、戦を経験した村人が、それをのんびり見ているはずがなかった。すでに砦内の各所へ溜められていた油ツボへ向かった彼らは矢をつがい、次々と橋桁へ向かって射ていたんだ。

 橋桁へ火がうつるのを、奴らは恐れている。その直感を信じて。


 根の者と村人たちの火つけ勝負。それは根の届かない橋桁上方に穴が空いたことで、瞬時についた。

 遠目には豆粒のように思えた小さな穴だが、そこからどっと夜の冷気が入り込んできたんだ。これまで暑さに苦しみ続けた人には、心地よささえ感じるあんばい。

 一方の根の者たちは、風とともにみるみるうちに背を縮め、その身を地面へへばりつかせてしまう。色もまた緑色から茶色へと代わり、石をぶつけられようが、火矢を浴びせられようが、もう反応はしなかった。

 肉親が根の者となってしまった家は、どうにか彼らを元へ戻そうとしたが、それは叶わなかったという。


 橋桁を用いる、閉鎖された空間づくり。ひょっとしたら、日中に陽を浴び続けて得た橋桁の力を、閉じた空間へ満たすためだったのかもしれない。

 それは長い時間をかけて、人を作り替えようとした根の者たちの、工夫だったのだろうね。


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