03 呪いをかけない系聖女。
王都へ帰ろうと歩いていると、咳払いを一つしてアイシュエンゼが、リヴィアに声をかけた。
「リヴィア様。その火炎竜を含めて、魔法契約をしているもの達は今どこにいるのですか? そばにいれば、前のパーティの待遇を見て黙っていないと思いますが……」
「私が自立らしく頑張りたかったので、しばらく離れてほしいと頼みました。でも、元々あまり暇な方々じゃないので、きっと今頃自分の使命や仕事を全うしていると思います」
リヴィアのその発言に、前を歩くアルティフィアとバン、そしてキリナが振り返る。
「使命や仕事を持っている……方々と魔法契約をなさっている?」
アルティフィア達の疑問を、アイシュエンゼは口にした。
「はい」
リヴィアは、笑顔である。
ーー落ち着くのよ、アイシュエンゼ。
アイシュエンゼは、そう自分に言い聞かせた。
ーーなんかとてつもない存在と魔法契約をしている予感しかしないけれど。
ーー彼女はまだ何も言ってないわ!
ーー火炎竜以上にすごい存在と魔法契約をしているわけじゃない! はず!
これ以上のオーバーリアクションは、控えたい。
正直、アイシュエンゼの柄ではなく、そして疲れるのだ。
「今思ったんだが……リヴィア、その魔法契約をしているやつらと仕事をすればいいんじゃないか? オレが声をかける前は、ソロでやろうとしていたじゃないか」
アルティフィアが、思いついて口にする。
「すぐに新しいパーティが見付からなくても、一緒に戦ってくれるだろう? そのやつらは」
「あっ。それもそうですね……!」
「まぁ、ソロでも十分だとは思うが……」
後ろからフェンリルに襲われてもパンチ一つで沈めたリヴィアには、回復職でありながらソロも可能だろう。
とんでもない回復職の冒険者だ、とアルティフィアは苦い顔をする。
先程からアイシュエンゼに睨まれているが、それは無視だ。
「んー、でも、忙しいでしょうし……呼び出すのは悪いです」
「アンタが主人だろう? 仮にも主従契約を結んだのだから、主人の命令で急に呼び出されて戦うことは、多少覚悟しているんじゃないのか?」
「そうですね……最後に会った時に、いつでも呼んでいいとは言ってもらえましたが……自立のために離れてもらったのに、一人になったら呼び出すのはずるい気がしてなりません……」
「ああ、そうか……それも、そうだよな」
アルティフィアは、困ったように頭を掻いた。
「そうかな?」
バンが周囲を警戒しつつ、会話に加わる。
「リヴィアが困った時こそ、呼び出してほしいと思うぞ! オレっちはそう思う!」
ニカッと歯をむき出しにして笑いかけた。
「えっ! でも、火炎竜って大きんだよね!? 王都に呼び出したら大変じゃない!?」
キリナも会話に加わって、目を真ん丸にする。
「それなら大丈夫です。火炎竜も、他の方々も人型の姿になれますので」
「人型になれるほどの存在……!?」
驚くアイシュエンゼに、リヴィアは首を傾げる。
「先程のフェンリルだって、きっと人型になれると思いますよ?」
「じゃあ問題なくない? 人型になった従者達とパーティ組むの!」
キリナは明るく言い切った。
「そうですかね……。そう言えば、皆さん違う種族ですよね。どういう経緯でパーティを組んだのですか? やっぱり冒険者ギルドの勧めで?」
ちょっとだけ考えたあとに、リヴィアはパーティ内で種族が違うことに今更気になって問う。
人間が多い王国だが、多種族も暮らす。
別に不思議ではないが、リヴィアは人間だけのパーティにいた。
組んだ経緯が、少し気になったのだ。
「ああ、それは……」
バンはアルティフィアを振り返った。
「オレが声をかけた。アイシュは腐れ縁。ブロンズランクの頃、バンとキリナはソロで冒険者をやっていたから、パーティを組まないかって話を持ち掛けた。そのまま、シルバーランクに上がったんだ」
「……そうなんですね」
キッパリした物言いに、これ以上の詮索はするなと言っているように感じて、リヴィアは相槌を打つ。
冒険者のランクは、大きく三つに分かれている。
ブロンズ、シルバー、ゴールド。
その中で、本人またはギルド職員が強さを見極めて、依頼をこなす。
もっと細かくランク付けした方がいいという意見もあるが、現状維持のままだ。
ちなみにランク上げは活躍に応じて、上がったり下がったりもする。
「リヴィア! 宴、参加するよな!?」
「宴?」
バンが誘う。
「そっ! 今日はすんげー楽しい冒険だったから、盛り上がるぜー!」
「祝杯ですか、私もいいのならぜひ」
「当たり前だよ! リヴィアも臨時とは言え、一緒に戦った仲間だもん!」
キリナも言えば、リヴィアはまた泣いてしまいそうになった。
仲間という言葉が温かい。
先程大泣きしたばかりのため、堪え切った。
◆◇◆
人間の国王が君臨する王都・ルシーナ。
人間の方が多いけれど、多種族が住んでいる王国・エメオーラで一番大きな冒険者ギルド会館。
そこの責任者であるギルドマスターは、犬系の獣人族。茶色の毛に覆われた鼻が突き出た犬顔に、片眼鏡をかけている。そして、紳士的という印象抱く清潔な服装をしている彼の名前は、リューワン・ワンダさん。
「リューワンさん、見ているとわしゃわしゃしたくなりますよね?」
「え? オレは怖くて触れないが……」
「オレっちもじゃれたいとは思えないな……」
「アタシも怖くて無理」
「わたしも右に同じく」
「えっ!?」
冒険者ギルド会館に入る前に、そんな話をした。
リューワンさんを可愛がりたく思っているのは、私だけのようで、私の価値観がおかしいのかとちょっと心配になってしまう。
でも対応に当たってくれたリューワンさんが微笑んでくれたから、私はやっぱり可愛がりたいと思ってしまった。
しかし、討伐依頼の遂行報告のあとに、私がいた前のパーティでの扱いについて聞くと雰囲気が、がらりと変わる。
お、怒っている?
いつもにこにこと優しく対応してくれているリューワンさんが、怒っているみたい。
「ヴァルキュール様……お辛い目にあっていたのに、気付けず申し訳ありません……」
グルルッと唸りながら、私に謝罪を向ける。
「違うんですよ? リューワンさん。辛かったわけではないです……アルティさんにいじめだと言われましたが……私も、多分ユーラシアンさん達も自覚なかったですから」
「それでも、いじめはいじめです!!」
「そうなんですか!?」
断言されてしまった……!
いじめ、よくない!
「ユーラシアンさんのパーティを勧めたのは私です。責任を負いますので、どうか私の命で許してください」
「命!? 命で許すって、なんの話ですか!?」
頭を深々と下げたリューワンさん。
「ちなみに……ご両親にはお伝えしたのですか?」
「両親は今旅に出ていて……いつ会えるかわかりませんが、クビにされたなんて言いにくいです……」
苦笑してしまう。
「その際に、私の命で償うとお伝えください」
「だからなんで命で!?」
どうしてそんな話になってしまうのだろう。
何かとんでもない勘違いをしていないだろうか。
オロオロとしている間に。
「謝罪はもういいから、リヴィアの元パーティに何かしらペナルティーを与えて反省させてくれ。そして、リヴィアにはゴールドランクのいいパーティを紹介してやってくれ、いいパーティをだ」
アルティさんが、ギルドマスター相手にも、どーんとした態度で告げた。
「はい……しかし、正直難しいですね。これは厳選に厳選を重ねてから答えを出したいです。なので、時間をください。ヴァルキュール様」
「あ、はい。その間はソロで……」
「その間、アルティフィア様のパーティで預かるという形にしていただけませんか?」
ソロで活動すると言いかけたのに、遮る形でリューワンさんが言う。
「は? オレ達のパーティに?」
アルティさんは、困惑している。
「すでに聖女リヴィア・ヴァルキュール様が、勇者クラスのパーティ『勇敢なる剣』を抜けたという噂が立っております」
もう周囲が噂しているのね。
恥ずかしい。
「今日一緒にいてわかったように、ヴァルキュール様はお人が良すぎるので、私達ギルド職員の目を盗んで勧誘をするような輩から守ってほしいのです」
「確かに人が良すぎるが……なんでオレ達に預ける? 今度はオレ達がいいように利用するかもしれないぞ」
「アルティフィア様達は違います。こうして、ヴァルキュール様の元パーティでの酷い扱いを一緒に報告してくれたのが、いい証です」
アルティさんに、リューワンさんはいつものように微笑んだ。
「いいじゃん! リーダー! 預かろうよ!!」
「おうよ! 変なパーティから守ってやる!!」
キリナさんが抱き着いてきて、むぎゅっと締め付ける。
私より豊満なお胸様が押し付けられています……。
バンさんも、どーんと仁王立ちをして言い放つ。
「……アイシュは?」
アルティさんは、アイシュさんの意見も求めた。
「そうね、リヴィア様がまた不当な待遇をされては怒りが収まらないわ。ウチで預かりましょう。もちろん、リーダーであるアルティがよければだけれど」
「多数決で決まったんだ。オレは反対しない。リヴィアは新しいパーティが見付かるまで、オレ達のパーティメンバーだ」
アイシュさんが淡々としつつも、アルティさんの意思を確認する。
アルティさんは、私を受け入れてくれた。
紫色の瞳で私を真っ直ぐに見て、自分のパーティメンバーだと言ってくれたことに、嬉しさが込み上がる。
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
私は、ぺこぺこっと頭を何度も下げて感謝を伝えた。
もうしばらく、この優しいパーティにいられることが、何より嬉しい。
「私ギルドマスターから、お礼を申し上げます。どうもありがとうございます」
リューワンさんも、お礼を言って頭を下げた。
話も終わったので、冒険者ギルド会館をあとにする。
そして、キリナさんに手を引かれて、食堂へ連れていかれた。
何度か、前のパーティでも、足を運んだことのある食堂。
『たそがれどきの食堂』だ。
もうすでに大半の席が埋まっていたが、私達が座れる席はあった。
「じゃあ、今日は新しいパーティメンバーに、かんぱーい!!」
バンさんを始め、皆さんが掲げる木製のジョッキの中は、グレープジュース。
ダークエルフのアルティさんとエルフのアイシュさんは、見た目通りの年齢じゃないと思うけれど、お酒は飲まないらしい。
「ありがとうございますっ! しばらくの間、お世話になりますね!」
私はもう一度頭を下げた。
「もうお礼はいいから。それにしても、リヴィア。新しいパーティが見付かるまで、休めばいいだろう。なんでソロ活動しようとしたんだ?」
「え? 切実に、お金が、ないからです……」
恥ずかしくなりつつ、私はグレープジュースをちまちまと飲んだ。
「なんで!? ゴールドランクなら報酬は多額じゃん!」
テーブルのど真ん中に置かれた丸焼きの七面鳥の手羽元を引きちぎり、噛み付きながらバンさんは声を上げた。
「パーティのお金は全部金庫番であるミーナさんが管理していましたし、クビにされた私が取り分だけでもくださいなんて言える暇もありませんでした……」
「実質タダ働きじゃん!? 可哀想! リヴィア!! ほら、チキン食べて!!」
キリナさんに、半ば強引にチキンを口に押し込まれてしまう。
もぐもぐ。美味しいです。
「野菜も食べてください、リヴィア様」
取り皿に盛ったサラダを、アイシュさんが目の前に置いてくれた。
「明日にも、それもギルドマスターに報告すべきだな」
七面鳥の肉をナイフで切り分けて、全員分のお皿に盛りつけて出すアルティさん。
なんだか、甲斐甲斐しい……。
いつもこんな感じなのでしょうか。
リーダーなのに、綺麗に切り分けてくれるアルティさんを筆頭に、本当に優しいと口元を緩めてしまう。
「リヴィア、寝泊まりはどうするの? 宿? それとも家、王都にあるの?」
「あ、両親が好きに使っていいと、買った家があります。鍵もありますし、そこで寝泊まりするつもりです」
「え? どんなどんな? どんな家なの?」
笑みのキリナさんが、興味津々で尋ねてくれる。
答えようとした私は、斜め後ろから飛んできたものを、顔の前で受け止めた。
これは……空のジョッキ?
投げた人を見て、驚きで目を見開く。
ぞろぞろと歩み寄ってきたのは、ユーラシアンさんのパーティ『勇敢なる剣』だった。
少しボロッと汚れた様子。きっと一仕事を終えたのだろう。
「ユーラシアンさん……」
「この役立たずが、何へらへらしてんだ」
「っ」
怒ったような低い声が、私に放たれる。
役立たず。
その言葉が痛い。
「何よ! いきなり物投げ付けるなんて!」
「そうだぞ!! 笑ってて何が悪いんだ!!」
「落ち着け、キリナ、バン。ーー何よりお前だ! アイシュ!!」
キリナさんとバンさんが怒ってくれたけれど、アルティさんが止める。
それから、魔法杖を構えたアイシュさんを押さえ込んでいた。
「止めるな! 凍らす!!」
「シャレにもならん! やめろ!!」
なんのやり取りだろう。
ちょっとオロッとしつつも、私は私に用があるらしいユーラシアンさんと向き合う。
「どうかしたのですか?」
「どうかしたじゃねーよ! お前、オレ達に呪いをかけただろう!?」
「えっ、なんのお話ですか?」
「とぼけないでちょうだい!! アンタが前に呪い系の魔法が使えるって言ってたの、覚えてるんだから!!」
ユーラシアンさんが呪いをかけた、とか言い出すから瞠目していれば、ナナコさんも横に出てきて言った。
確かに、そう話した覚えがあるけれど……。
「役立たずでパーティをクビにされたから、逆恨みで呪いをかけるなんて最低!!」
「聖女が聞いてあきれるわ!! その称号も返上ね!!」
ナナコさんに続いて、ミーナさんも非難する。
「あのぉ……なんのお話か、本当にわからないのですが?」
私は戸惑いつつも、どういうことかを問う。
後ろにいるオイスカーさんも、口を開いた。
「まだとぼけるつもりか! 我々の不調を、どう説明するつもりだ!? お前が呪ったとしか考えられない!!」
「えっ!? 不調ですか!? 皆さん、大丈夫ですか!? どこが不調なんですか!?」
「ええいっ! 白々しい!! 呪った本人ならわかるだろう!? 全てだ、全てが不調だ!! お前のせいでな!!」
オイスカーさんに怒鳴られてしまい、私は一度委縮する。
けれども、すぐにユーラシアンさん達を見た。
私の目には、不調の元凶らしき怪我は見付けられない。
魔法にかかっているわけでもなさそう。
「早く呪いを解きなさいよ! このエセ聖女!!」
「あの! 違います! 誤解です! 私……呪いと言っても、相手を不幸にするような呪いは使えません!」
ナナコさんに急かされるけれど、私は誤解をとこうと頑張って声を届けた。
「戦闘で不調を付与する魔法もいくつか使えますが……全てが不調になるような大きな呪いは使えません。それに、皆さん……呪いどころか、他の魔法にもかかっていないようです」
やっとユーラシアンさんのパーティメンバーが静かになったので、私はそのまま伝える。
「私の目には、皆さん体力を消耗しているようですが、特に怪我もないように見えます。何がどう不調だったのですか? 詳しく話してくれれば、お役に立てるかもしれません!!」
言いながら、ユーラシアンさんに詰め寄った。
「っ!」
「呪いをかけられたと思うほどの不調って、一体なんですか!?」
それって冒険者業に支障をきたすのではないだろうか。
一刻も早く治さないといけないと思う。
「お前……本当に呪いをかけていないのか?」
「はい。そもそも他人を不幸にするような魔法は、自分も不幸になるから絶対覚えちゃダメ! とお父様に言われておりますので!」
「っ……!」
他人を不幸にするような魔法。誰が使いたがるのだろうか。
相当恨むような出来事に遭わない限り、そう思わないでしょう。
なんで私がそんな呪いをかけた、と誤解をしたのでしょうか?
……わかりませんね。謎です。
ブクマ、評価、ありがとうございます!
変なところ超鈍感でど天然……手に負えないヒロインだっ……!
次回の更新は五日金曜日です(`^´ゝラジャー
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