未央と真央
○ 未央と真央
――僕はいま、全速力で家に帰ろうとしている。
なぜなら、……これから家に美空先輩が遊びにくるからだ。住所は伝えてあるので、いつきてもおかしくないのだけど……少し放課後に用事があることは伝えてあるし、美空先輩も「少し、準備をしてくる」と言っていたので大丈夫だと思うのだけど……それでも、なんとなく急ぎたかった。
そうして自宅に帰って……あとは美空先輩の到着を待つだけでだと……そう思っていた矢先のことだった。
――ピーンポーン
チャイムの音が部屋中に鳴り響く。
僕の家を訪ねてくるような人なんて、美空先輩以外に思い当たる節がなかったが……勘違いはあってはいけないので、一応インターホンに映しだされている人影を確認すると、手荷物を掲げた制服姿の美空先輩だった。
「――み、美空先輩……よ、ようこそ?」
「うむ。さっそくだが中に入れてくれるだろうか?」
「あ、はい。どうぞ」
「お邪魔する」
僕は急いで玄関を開けて、美空先輩を出迎える。とりあえず招き入れて、お茶なんかを用意しようと思ったのだが……生憎、僕にそんな器用なことはできないので普通にペットボトルのお茶を用意する。
「それで……今日はいったいどうしたんです? 急に家にきたいだなんて」
「そうだな……まずはこの家にキッチンを見せてはくれないか?」
「はい? 構いませんけど」
というのでキッチンにまで案内する。
すると美空先輩は「うーむ……」とも物憂げ顔をしてなにかを考えている。
掃除していないとはいえ、《浄罪》で毎日家をきれいにしているので臭いなんかは気にならないはずだけど……どうやら気になっているのはそこではなく、
「未央――君は、料理してないね?」
「え、そうですが……それがなにか?」
「いや……これは、難しそうだなと思ってね」
「……?」
すると美空先輩は急にうでをまくり始め……手に持っていた袋から、なにやらいろんな食材を取り出していく。
「さて、……すこし貸してもらってもいいかな?」
***
――僕はここにきて、美空先輩がひとり暮らしなことを気にして、料理を作りにきてくれたのだと気づくのだった。
いや、なんで? という心のほうが大きい。だって、そこまでしてくれる理由が先輩にはないし……なによりお互い、相手をよく知っているわけでもない。
「~~♪」
鼻唄を歌いながら、慣れた手つきでなにかを調理している美空先輩――もし学校に知れ渡っったらどうなることやら。
なんて僕の不安はさておいて、肉の焼けるいい匂いが漂い始めて……久方ぶりの手料理という実感あ湧き始めてくる。
「さて、もうそろそろ出来上がるからな」
「あ、はい。……ありがとうございます」
「なに、礼には及ばんさ。私が勝手にしていることだからな」
といって、かちゃかちゃと皿を取り出して、切っておいた野菜なんかを盛り付けていく。フライパンの蓋を取り、そこから『ジュ―ッ』と肉汁と油が跳ねる音を聞いて……僕のお腹は限界を迎えようとしていた。
……匂いからして、これはハンバーグだろうか?
「お待たせしたな」
「う、わぁ……!」
美空先輩が作ってくれたハンバーグは、オーソドックスな和風ハンバーグで……ポン酢で味付けをしているのかそんな感じの香りがしてくる。
盛り付けられた野菜も、肉汁のタレで……食欲をそそる。
「さ、食べようか」
「……っ、いただきます!」
きちんと手を合わせて、こうして机で食事を摂るのは一週間ぶりで……店売りのハンバーガーのような粗雑さは感じられず、温かみと優しさすら感じ取れる――そんな料理で、僕は美空先輩の前ということも忘れてがつがつと食べ進めていった。
この体になってから、もしかしらたいちばんこの時が食べていたかもしれない。母の料理も少し食べたらお腹いっぱいになったというのに……この人の料理ならいくらでも食べれるような気がしてならない。
「ふふっ、そんなに焦らなくてもよいだろう」
「っ、す、すみません……でも、おいしいです」
「そうか。それはなによりだ」
といって優しく微笑む美空先輩……控えめにいって天使なのではないだろうか?
知り合ったばかりの僕にこんなにも優しくしてくれるなんて、きっとそうに違いない。そんなことを考えながら僕は箸を進めていくのだった。
――隣で皿洗いをいっしょにしているというのに、僕はいまだにこれが夢なのではないかと疑っている。
けれど、紛れもなく現実だ。……それに、夢のような現実にはなんども出会ってきたじゃないか。
そう思いながら、僕は去皿洗いを進めていく。
「……今日はありがとうございます。こんなにおいしいご飯を作ってくれて……」
「いや、なに……私も、誰かに食べてほしかったからな。それに――少しばかり、身勝手な目的もあるからな」
「? そうですか」
「ところで……なんだが、ひとつ……いや、ふたつかお願いしてもいいだろうか?」
といって少し申し訳なさそうに、美空先輩は僕にそう言ってくる。
「……私を名前で呼んでは、くれないだろうか?」