プロローグ それは小さくて大きな変化
新作ーストックは……期待するんじゃあない
○ プロローグ それは小さくて大きな変化
――朝、起きたら自分は女の子になっていた。
「……え?」
意味が分からず、僕はそんな素っ頓狂な声を挙げてしまう。耳に入るのは自分の声とは思えない、甘ったるいうわずった高い声。
たぶん、声優とかすれば推しにしていたくらい僕好みの声だった。
「ど、どういうこと? なんでこんなことに――」
僕は戸惑っている。
鏡で自分の姿を確認すると、腰まで伸びた黒い髪。血塗られたように真っ赤な瞳。小柄な体に、少し大きい胸。思わず、少し触ってしまった。
「うわぁ……これが、おっぱいなんだ……はずっ」
女子の声からおっぱいなんて単語が聞こえてきて、自分で言っておいてなんだがかなり恥ずかしかった。
というよりも、いつの間にか服装も白いダボダボなTシャツで、下にはなにもはいておらず……なぜか黒い下着を穿いており、おもわず裾で隠してしまった。
「……っと、やばい。そろそろ、学校に――この格好で行けるわけないよなぁ」
とはいえ、うちでは学校を休むなんて言おうものなら何をされるか分かったもんじゃない。けれど、この状況で学校に行っても僕が、黒井未央だと分かる人なんていないだろう。
なので、ここは実際に姿を見せて納得してもらった上で……病院とかに向かわせてもらおう。
「未央ー! そろそろ起きなさい!!」
「は、はい!」
大きな声で話しかけられるものだから、思わず普通に返事をしてしまったが……母は不思議に思った様子はない。
どころか、それが当たり前――むしろ、いつもより機嫌がいい?
「制服制服……あれ? まあいいか」
どうせ行かないけど、こんな格好であの父の前にでるわけにもいかない。
そう思い、制服だけでも着ようと思ったのだが……なぜかうちの女子指定の制服になっていた。
こんな都合のいいことはあるのだろうか? まあ、ある理由で女子の制服の着方は分かるから、問題なく着ることができたので、両親待つリビングへと降りていく。
「あら、おはよう未央。今日は寝坊しなかったのね」
「う、うん。……ところで、母さん」
「なに? ああ、朝食ならテーブルに置いてあるから」
「え、あ、はい……」
こちらに振り返りもせず、そう言い放つ母に何も言い返せず、僕はそのままテーブルへと向かう。
そこには、新聞を広げて険しい顔を浮かべて、ネクタイを緩めているスーツ姿の父がいて……こちらに気付くと、新聞から顔を上げて……
「おはよう。今日は、顔色がいいな」
「……っ。そ、そうです、かね?」
「ああ……色白だから、分かりづらいがな」
「……?」
……おかしい。
誰も、僕の姿に疑問を抱かない……どころか、それが当然だと受け容れている。
それに……僕に対して、あまりに普通だ。こんなに、当たり前のように会話をしたのはいつ以来なのだろう。……きっと、五年ぶり。小学校卒業以来かもしれない。
「ほら、早く食べなさい。遅刻するだろう」
「あ、はい。いただきます」
トーストにジャム。目玉焼きにミニトマト。
ほんとうに、ごく普通の朝食を僕はそそくさと食して……カバンを持って、両親に見送られながら登校する。
そうして、電車に揺られながら三駅を跨いで……僕が通う高校――私立神坐高校へ、向かう。
「はぁ……」
教室の扉の前で、僕は憂鬱な気分になりながら……思い切って、扉を開く。
僕の席は端のほうなのだが――案の定、制服を崩して無駄に肌を露出させている不良なクラスメイトや、派手な化粧で身を着飾った女子に陣取られており……僕は、息を潜めながら、ゆっくりと近づいていくが――
「おっ、未央ちゃんじゃーん。おっはよ~」
「……っ。お、おはよう……白崎くん」
「ん~? なにびびってんだよ~? ただ挨拶しただけだろ、な?」
「う、うん……そうだね」
以前だったら、ここで肩を組んでくるが……今は女子の姿のおかげなのか、あまり近づいてくることはない。
けれど、接してくる態度は変わらず――
「んじゃ、挨拶料。ほら、俺が挨拶してやったんだから……はーやーく」
「――わ、わかってる。ちょっとまってて……」
もう抵抗することなく、挨拶料なんてものを払うことに躊躇いのない僕をクラスの連中はゲラゲラと笑っている。
僕はカバンに入っている、財布から一万円を取り出して……白崎くんに手渡す。
「おっ、サンキュー。じゃ、明日も頼むわ」
「う、うん。……ひゃっ」
白崎くんは取り巻きのところに戻ったかと思えば、今度は背後から……派手な化粧した、峰崎さんに抱き着かれてしまった。
全身に鳥肌が立つくらいきついにおいの化粧に、思わず吐きそうになるのをこらえながら……僕はなんとか振り返る。
「お、おはよう峰崎さん」
「うん~っはよ~……で、ちょっち付き合ってくんない? ほら、ここで話すのもなんだし」
「わ、分かったよ」
僕は、逃げられないように肘を痛いくらいがっしりと掴まれて……女子トイレまで連行されていく。
「よっと!」
「痛っ……」
そうして、五人くらいに囲まれて……汚いトイレの床に転ばされると、掃除用具や靴で思い切り背中を踏みつけられる。
臭いし、汚いし……何より、みじめで心が痛かった。
「んん~? ねえ、なにしてんのよ? さっさと立ち上がってよ、ほら!」
「うぐっ!?」
お腹を思い切り蹴り上げられ、仰向けになると――バシャッ、とバケツに汲み取られた水を思い切りかけられる。
「おっ、やるね~河川~」
「とうぜんっしょ峰崎。こいつ、言うこと聞かないんだもん」
「だよね~まじありえないわ~」
「ごほっ、けほっ」
水が鼻や気管に入って、むせていると……髪を思い切り掴み上げられ、なにかを口の中に突っ込まれる。
生臭いそれは、ゴムのきついにおいとぬめっとしていて……僕はこらえきれず、口に入れられたそれを吐き出す。
「うぐっ、おえええ!!」
吐き出したそれを見ると――
「ひっ……」
言葉にしたくなかった。
避妊具の一種で……すでに使用済みなそれを、僕は口にしていたとだけ考えると……再び吐き気がしてくる。
「うっわぁ……ダーリンのもの吐き出すとか信じらんな~い」
「仕方ないでしょ高木、だってくっせえもん!」
下品な笑い声が響いている。
廊下には登校中の生徒もいるはずなのに、気にもしないで……彼女たちは「すっきりした~」と、女子トイレから去っていく。
「……はぁ、ははは……」
そこで僕は乾いた笑みを浮かべていた。
地面はびしょぬれで、掃除しようとも思わない。でも、片付けないとあとで怒られるだろう。
「ふぐっ……う、ううっ」
――僕が甘かった。
家族が普通に接してくるから、こうして学校で虐められることもないんじゃなかって期待していた自分がバカらしい。
だって、家族は……僕が虐められていることを知らないし、僕を望んでいたわけじゃない。
そりゃ、女の子になったら接し方も柔らかくなるに決まっている。
でも、学校の連中は、クラスメイトは性別なんて関係ない。
僕が僕だから、虐めているのだ。だから、期待なんてしちゃいけないんだ。
「あははっ、僕が女の子になったからって……何の意味があるんだよ」
そうぼやいて、掃除しようと立ち上がるその瞬間だった……僕の頭に、不思議な声が響いてくるのは。
『まぁ、そう卑下する出ない。お主が女子になったことには確かに意味がある』
「――ッ!? だ、誰!?」
『ぬ? 我か? 我は……そうじゃな、神じゃ』
「か、神?」
トイレの個室は全て開いているし、誰かが隠れている様子もない。
ついに僕の頭がいかれてしまったのかと、不安になってくるが……その神は僕の心情を読み取ったかのように、こう話しかけてくる。
『そうじゃな……まずは、その服と体を綺麗にしてやろう』
「え……わぁっ」
全身が光に包まれて、……汚れなんかにおいなんかも取れている。
『祭儀用に身を清めるために使う、神の奇蹟じゃ。なんじゃっけ……確か、《浄罪》じゃったか』
「……っ、ほ、ほんとうに……神様、なんですか?」
『うむ。……まあ、一部では邪神なんて呼ばれているがな』
「え?」
じゃ、邪神? なんだか、一気にうさんくさくなったんだけど……
「そ、それより……僕にいったいなんの用ですか? 体まできれいにして……」
『うむ――お主、彼奴らに、復讐したくはないか?』
「…………え?」
今日の0時に二話目を更新するよー