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4、再び朝が来る

 ディーナは堂々とした姿で歩いてくる、金髪の青年を見て目を大きく見開いた。彼の姿は見たことがあるが、あのように眉をつり上げている顔つきは初めて見た。

 彼はウェルス国とイルス国の混合の兵士を六人連れて、ラドリルがいる高台のすぐ下で止まった。

「ご無沙汰しています、ラドリル兄上」

「シゲイル……、なぜここに……!」

 彼はディーナ以上に驚き、顔をひきつらせていた。

「ここにいてはいけませんか? ……ああ、一度は死んだ、いや殺した弟が生きていて、驚いているのですか?」

「死んだ人間が生きていたから驚いたのさ。無事で良かった」

「心の底でそう思っているのですか? ならば教えてください。なぜ兄上の側近と思われる近衛兵が私を襲ってきたのかを。あの人は私に剣を教えてくださった一人です。剣の振り方などから判断すると、間違いようがありません」

「何を馬鹿なことを。お前を襲ったのが近衛兵だと? 私の近衛兵は常に私の傍で行動している。お前を襲ったのは他の誰かだろう」

 ラドリルが言い捨てると、シゲイルは口元をつり上げた。

「兄上、私は事前に情報屋と接触して、私に関する情報が国内でどのように出回っているか確認してきました。そこで知り得た情報は、『大嵐の日以降、シゲイル王子は行方不明になっている』、それだけです。噂はありますが襲われたと断言できる内容はありませんでした」

 民衆から疑惑に満ちた視線がラドリルに向けられる。彼がついた嘘の壁が堂々とした物言いの弟によって崩れていく。

 シゲイルは視線をディーナに向けてくる。彼と一瞬だけ目が合うと、穏やかな表情で微笑まれた。

「そちらにいる女性、ディーナ・シュリアは私の命の恩人です。私が何者かに襲われ、荒波の海に溺れた後、浜辺に流れ着いたところを助けてくれました。当初は骨も折れ、全身傷だらけでしたが、彼女の献身的な看病のおかげで、この状態まで復帰することができました。彼女に見つからなければ、そして煎じた薬を飲まなければ、死んでいたかもしれません」

 シゲイルは民衆の方に顔を向け、手を大きく広げた。

「今までの話を聞いて、国民の皆様はどう思われましたか? 私はいまいちど話を整理して、イルス国とウェルス国の間で話し合う場を設けようと、お互いの国王に申し出ます。それまでの間、ラドリル第一王子は王宮にて待機していてください」

「お、お前に何の権限があって……!」

 シゲイルは懐から紙を取り出し、兄に向かって書面を突きつけた。それを見たラドリルは表情を固まらせた。

「今のは父上、いえ国王からのお言葉です。これがいい証拠となりましょう。――そういえば、お疲れの父上に対して、特別な効能があると言われている水を、侍女を通じて飲ませているようですね。いったいどのような効能があるのですか? まさか毒でも飲ませていませんよね?」

 ざわざわとした声が漏れる。シゲイルは淡々と続けた。

「今、専門の人間に中身の確認をお願いしています。どのような効果があるかは、 自ずとわかるでしょう。――今回の一部始終、父上の側近もこの近くで見ています。兄上、いいですか、もう一度言います。今すぐに城にお戻りください!」

 シゲイルがはっきり言うと、彼が連れてきた兵士たちがラドリルを押さえこむ。人を射殺しそうな視線をディーナとシゲイルに突きつけながら、乱暴に引っ張られてその場から去っていった。

 ラドリルたちの姿が見えなくなると、シゲイルはディーナを下ろすよう、側近たちに指示を出した。ディーナは彼らによって丁寧に拘束具を外され、床に足をつけた。

「ディーナ」

 顔を横に向けると、移動してきた金髪の青年が微笑んでいた。思わず目に涙が溜まり、口元を手で押さえる。

「シゲイル……殿下……」

「シゲイルでいいよ。良かった、君が処刑される前に間に合って」

「いつ記憶が戻ったのですか。さっきの話ぶりから推測すると、あれだけの手回しをしていたということは、相当前に――」

「君が僕の前から去った直後かな。あの手紙を読んで、記憶が一気に戻った。酷いよ、真実をちらつかせた手紙だけ残して去るなんて。僕を助けたいから自分を犠牲にするなんて、残された身にもなってくれ」

 シゲイルはディーナの背中に手を回して、引き寄せた。そして頭や背中を優しく撫でていく。

「もう大丈夫、君を襲う人間は誰もいないから。助けてくれた分、僕がこれからはディーナを護る」

 シゲイルの手が背中から離れ、ディーナの両肩に乗せられた。そして、彼はにこっと微笑んだ。

「違う、心の底から護りたいと思うくらい大切な人間だから、僕がこれからは護るよ」

「え……」

 ディーナが目を丸くしている間に、シゲイルは顔を近づけ、ディーナの唇にそっと自分の唇を重ねた。優しく、ほんの一瞬だが、張りつめた空気を和ませ、ディーナが幸せに浸るには十分だった。

 唇が離れると、少し間を置いて民衆から歓声があがる。ディーナは顔を真っ赤にして離れようとしたが、シゲイルがきつく抱きしめてきたため、逃れられなかった。



 * * *



 ディーナが命をかけ、そしてシゲイルが己の信念を持って会談をしようと言った日から十日後、ウェルス国とイルス国では国王同士の会談が開かれた。

 第一王子の手により体調を崩していたイルス国王は、外出できるまで体力を戻すと、すぐにその場を設けて、ウェルス国王に謝罪をし、停戦を申し出た。イルス国側から開戦をした戦いだったため、そちらから言わざるを得なかった。ウェルス国王もいくつか条件を出して、その申し出を受けることにした。

 今回の争いの発端である、土地を荒らしたという事件は、第一王子が仕掛けたことだと思われたが、決定的な証拠は見つからなかった。さらに国王に毒を飲ませていた侍女が自殺したため、その点も明らかになることはなかった。

しかし、第一王子が不穏な動きをしていたのではないかという疑惑はあったため、彼は誰も知らない土地の小屋に幽閉されることになった。もしかしたら証拠不十分で解放されるかもしれないが、他国に多大な損害を与えたのは事実であるので、イルス国王は彼には国を継がせないと宣言していた。

 こうして隣国間の争いは終息を迎えた。もともと関係は悪くなかったため、落ち着いた頃にはまた以前のように交流も戻っていた。特に第三王子が積極的にウェルス国に足を運んでいたことで、より行き来もしやすくなっていた。



 ディーナは部屋のドアがノックされると、深々と息を吐き出した。ベッドから立ち上がり声をかける。

「何でしょうか」

「ディーナ様、またいらっしゃいましたよ」

 頭を軽く抱えて、ドアを開けた。そこには笑みを浮かべている城の侍女と、笑顔の金髪の青年が立っている。侍女はディーナと視線を合わせると、一礼をして微笑んで去っていった。

 ディーナは青年を見て、額に手を当てる。

「シゲイル殿下、以前にも言いましたが、突然私の部屋に来るのではなく、事前に連絡を取ってください。そうすれば部屋は取りますから。変な噂がたつと困ります」

「もう公認の仲だからいいじゃないか。ディーナの部屋は薬草の匂いで溢れていて、ほっとするんだよ」

「それなら作業場に連れて行きます。さあ、行きますよ」

 シゲイルの背中を押して、廊下に連れ出す。

 ディーナはあの事件以降、再び王宮お抱えの魔術師として城に戻っていた。先の大戦で多くの人を傷つけたのだから、その分薬草や魔術の力を使って、多くの人を救えと言われたのだ。そう言われたら断るわけにもいかず、あの小屋を引き払って、こちらに引っ越したのである。

 シゲイルがディーナの横に寄ると、そっと手を握ろうとしてきたが、手厳しく叩き落とした。

「殿下、夕飯時に個人的な用事で会うと約束していますよね。それまでは仕事相手として接してください」

「わかったよ、ディーナ。――あのね、この前もらった薬の作り方を教えてほしいんだけど、時間はある? 魔術の力が無くてもあの薬を煎じれば、ある程度の効果はでるんだよね?」

「ある程度どころではなく、きちんとした効果がありますよ。私が薬に魔術を添えていたのは、単なる気休めです。実際にさらなる効果があったかどうかはわかりません。殿下が作ったと言えば、きっとイルス国民はよりいい効果があると信じてくれますよ」

「なんだか騙しているような言い方だね」

「人の思いこみは殿下が思っている以上に激しいものです。情報の錯綜や勝手な解釈で、人々の考えはずれていきます。結果として争いが起きてしまうんですよ」

「そう言われると、妙に説得力が出てくるな……」

「ただの例えですよ。――今回はこの前教えた薬だけでなく、少しひと手間かけてみませんか? 殿下が望んでいるものに一歩近づくかもしれません」

「本当かい? ならば是非とも教えてほしいな」

 二人で穏やかな会話をしながら、温かな陽が当たる通路を歩いていった。



 夜はいずれ終わり、再び朝が来る。

 その間際を駆け抜けた二人の男女を、人々は有明に浮かぶ星のようだと、密かに言い伝えていた。



 了




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