第8話 契約から始まる関係
ファナリアとの勝負に負けてから二日が過ぎた。
あれからオレはファナリアに負けた原因が何の型もない自分の戦い方ということに気付きそれを直すために基礎の走り込みや柔軟などをして訓練をしていた。
もちろん、訓練というからには指導するものも存在するのだが……。
「そこ! ちゃんと脇を閉めなさい! そんなんじゃ隙が出来て一瞬で倒されるわよ!」
何故かオレはファナリアにぼこぼこにされた状態で教えを受けている。
どうしてこうなった。オレはファナリアと戦った後のことを思い出す。
…………。
……。
「剣を持ったからには変なことは考えない!」
ファナリアの手にあるオレお手製の木刀を頭にぶつけられ、思考が中断してしまう。
何なんだよ! 今から過去の回想を始めようとしていたのに!
「分かったよ! 変なこと考えてすまんな!」
★★★
ファナリアが水浴びから戻ってきてオレはこれからの話を始めた。
先ずはオレがここにいる目的やそれを達成するまではここを離れる気はないことを伝える。ファナリアにはこのまま一人で森から抜けてもらう。
だが、ファナリアにも言い分はあるので落ちてきた理由も含めてその他色々なことを聞いた。
結果、ファナリアとオレは倒す相手が同じだということで意見が一致した。どうやらオレが出会った白いライオンみたいな化け物の名前はドライガーといい最近村を襲っていてたくさんの人を虐殺した超級とランク付けされている魔物らしい。
簡単に魔物のランク付けを分けてみると……。
初級……村人でも倒せる。
中級……訓練を一年間ぐらいした騎士が倒せる。
上級……騎士団長とかかなりの実力者が倒せる。
超級……集団で挑まないと厳しい。
滅級……出会ったらとにかく逃げろ確実に死ぬ。
破滅級……ほぼ伝説の存在。
消滅級……現在、確認されているのは一体だけで人間が倒すことは不可能と言われている。
ざっとまとめてみるとこんな感じだ。魔法も魔物と同じように初級から消滅級まであるらしい。これもファナリアの聞いた話からオレなりにまとめてみる。
初級魔法……村人でも使える。
中級魔法……訓練を一年間ぐらいすると使えるようになる。
上級魔法……魔法部隊が集団でよく使う。
超級……上級よりも飛躍的に難易度が上がり使えるものは魔法を教える講師が一つ使える程度。
滅級……国に一人いるかいないか。
破滅級……使えたら伝説で語られるぐらいのレベル。
消滅級……国、一個余裕で消える。伝説越え。使えるのは今の所、世界で四人だけらしい。
と、ここまできて分かることがある。魔法を使えないオレってひょっとしたら凄い弱いのではないかということだ。ファナリアに確認してみると上級魔法の身体強化を使えるのなら騎士ぐらいはあるということらしい。
魔法と言えばオレは身体強化を精霊の問いかけをなしに使えてしまうとことに疑問を感じていた。解決のためにファナリアに質問してみるが、精霊に語り掛けずに魔法を使えることは今までなかったらしい。つまり、不明ということだ。
そんな訳で色々雑談込みでファナリアと話し合いをした結果、協力関係を築くことになった。
オレ側の理由はドライガーを倒すこと。そのためにも力を手に入れるために身体強化をうまく使いこなせるようになることと戦闘技術を上げるためにファナリアに戦い方を教えてもらうためだ。
ファナリア側はオレと同じくドライガーを討伐するために飛び出したらしいのだが遭遇したドライガーに負けて気づいたら川に流されていたということだ。
要するにドライガーを倒すということだけが一致したからこその協力関係を気付くことが出来たというわけだ。
という訳で話は訓練の所まで戻る。
「情けないわね……少し休憩にしましょう」
「お、お……う」
オレはボロボロになった状態で仰向けに倒れて空を見上げた態勢になっていた。
ファナリアの訓練は意外とスパルタだった。
体で覚えろと言って何回も木刀をオレにぶつけてきた。隙が出来たらオレに攻撃し、オレが攻めようとしたらまた隙ができ的確に攻撃されてしまう。
それを繰り返すだけの作業だ。本当にこんなことをしていて効果があるのか不安だ。
「ふっ、ふっ、ふっ」
オレの横でファナリアは自前の剣で素振りをする。
まじかよ、よく体力がもつな。
「…………」
「ふっ、ふっ、ふっ」
「…………」
「ふっ、ふっ、ふっ」
ファナリアが剣を振り下ろす音、葉っぱがこすれあう音、風の音、様々な音が綺麗に合わさりあい一つの曲を聴いている気分になる。
視界には何のブレもなくただ真っ直ぐに剣を振り下ろすファナリアの姿が映る。
太陽の光に赤い髪が輝き、剣が動くのと同時にゆさゆさと揺れるサイドテールが何だが可愛らしくて思わず見入ってしまう。
オレなんかと違って彼女は綺麗だ。今見ている物こそ何よりの証拠。
きっと彼女が太陽だとしたらオレは日陰になるのかもしれない。
彼女の目を動きを姿を見てよく分かる。多分彼女はオレとは関わってはいけない人だ。彼女は真っ直ぐすぎだ。
常に相手を疑って信じられなくて裏切られることにビビっているオレとは全然違う。オレなんかとずっといたら多分誰も信じられなくなってしまう。
ああ……だからか……オレが昔、目指した姿だったからこんなにも綺麗に見えるのだろう。
だが、今のオレには彼女みたいに輝くことが出来ない。
オレは自分を疑ってしまった。嫌いになってしまった。見ないことにしてしまった。逃げて逃げて逃げてどん底に落とされるまで何もかもを通り過ぎてきた。そして、心を完全に折られるまで自分というものを大切にしていなかったことに気がついた。
だから、オレには関わらないでほしい。きっと彼女はオレといたらその輝きを奪ってしまう。
オレは一人でいいんだ。
「何? じろじろ見ていやらしい」
「いや、そんなんじゃない。ただ綺麗だなって思っただけだ」
「なっ! なっ、なっ、そ、そんなこと言っても手加減何てしないわよ!」
「分かってる、そろそろ訓練始めるか」
ファナリアが赤い顔しておどおどしているがそれを無視してオレは強くなるためにも訓練に精を出した。
★★★
「そう云えば、ずっと気になっていたんだがこの本が何か分かるか?」
場所は変わり小屋の中。
「実はこれが読めなくて困っているんだ。出来ればオレに分かるように声にして読んでもらいたいんだ」
ファナリアに小屋に初めて来た時に置いてあった本を見せる。
「ふ~ん、あんたそんなの持ってたんだ」
「いや、持っていたのじゃなくて置かれていただけだ」
「仕方ないわね、良いわ。私もちょうど暇だったし久しぶりに絵本を読んでみるのも悪くないわね」
ファナリアはそう言ってページを開いた。
「えっと……『賢者の伝説』か、懐かしいわね」
「懐かしい?」
「昔、よく読んでもらったりしたわ……」
ファナリアが一瞬どこか解らない所を見ていた気がした。まるでオレと話しているんじゃなくて別の誰かと会話しているみたいだった。
「じゃあ、読むわね……『賢者の伝説』。今から遡ること数百年前、世界は神々が争いあう時代だった。当時の人類はそんな神々の中から生まれ、無力だった人は神々の影に隠れながら生き延びていた。海が割れ、大地が裂け、空が暗雲に包まれ、世界はまさしく破滅の一歩手前まで迫っていた。そんな中、一人の少年が立ち上がる。人でありながらも神々と同等の力を持っていた少年は人類のために立ち上がり様々な神々に戦いを挑んだ。ある時は海の神。また、ある時は天の神。また、ある時は星の神に挑んだ。少年は幾度もピンチの危機に瀕しながらも仲間に助けられ多くの神々を打ち滅ぼした。やがて神々の殺し合いは終わりに近づき始める。そして、いつの間にか少年は神々と同等の扱いをされ始めた。人々はありとある魔法を使いこなし最強の名をほしいままにしていた少年のことをこう呼んだ……『賢者』と。賢者と呼ばれるようになった少年は残りの神々を倒し、遂に最後の一人となった神に戦いを挑んだ。その神は天を創り海を創り大地を創る今までの神々の中でも最強の存在だった。少年は苦戦した。今までは仲間と共に助け合い神々をぎりぎりの所で倒していたが最強の神に人の身では勝つことは不可能だったのだ。そう……人の身では勝つことは不可能。仲間は全員死に一人となった少年は気づいた。勝つためには少年自身が神と同じ存在に至らないといけないことを。だから少年は変わった。今までの自分を捨て魔法の力さえも無に返し、神々の領域に至った。そして、少年は手に入れたのだ。神々が使ったいた魔法を……『固有魔法』を。少年は最後の戦いに一人で戦い抜いた。海の水が亡くなり、天が暗闇に覆われ、大地のほとんどが溶岩に変わる中で。星は最強の神と『賢者』の少年の戦いに耐えられなくなり始め遂には消滅しようとしていた。それでも最強の神と『賢者』の戦いは終わらない。『賢者』の少年は星が自分たちの力に耐えられなくなったと気が付いた時にはすでに手遅れだった。人は既に消えていなくなり何もかもが消滅していた。それでも『賢者』は戦い続けた。何年、何十年と。そしてついに『賢者』が最強の神を倒した時には何もかもが全て終わったしまっていた。星が循環できなくなったのだ。人が死に、神が死に、水が死に、自然が死んでしまった。『賢者』は嘆いた。自分のせいで全てを消してしまったことを。賢者は後悔して後悔して涙の海に溺れた。だがここで奇跡が起こる。一人の少女が生きていたのだ。少女は今にも消えそうで儚く抱きしめたら『賢者』の力で潰れてしまいそうだ。でも、まだ息がある。だから『賢者』は星を再生しようとした。まず少女に生きる場所を与えるため水を生み出し、大地を創り、天をどこまでも広がる青い空に戻した。次に少女が一人では生きていくのは寂しいだろうと人を創った。それだけでは足りないと思った『賢者』は魔物を生み出し様々な種族を生み出す。それはやがて星を循環させるために必要なものになり星は回復を始めた。だが幸せだった時もこれまでだった。神へと至った『賢者』だが、星を創るために力を使いすぎてしまい寿命がすぐそこまで迫ってきていたのだ。それでも星を守りたいと願った『賢者』はあるものを置いた。黄金に輝くとてもとても大きな器だ。『賢者』は器に火を灯し世界中に言った。もし、黄金の器の火が消えることがある時それは世界の消滅を呼ぶことになるだろうと。そして、『賢者』は世界の各地に器を見守る番人を置いた。それは『賢者』の力を分け与えられ、それぞれが火、水、風、土を完璧に使いこなし世界の平穏を見守るために今も存在し続ける魔法使いを。人々は彼らのことをこう呼んだ『賢者の意志』と。そして、『賢者』は世界が平和に包まれたのを最後に天へと上り神々の世界へと帰っていった。今もどこかで『賢者』は生きていてもしかしたら私たちを見守り続けているのかもしれない」
全てのページを読み終わり本が閉じられた。
「いい話だったな」
「そうでしょ。私、結構この話好きなのよ。例えば賢者様が少女を助けるために星を復活させる場面なんてかっこよくて憧れたりしたわ」
「そうだな……よく出来た作り話だったな」
「作り話なんかじゃないわよ」
ファナリアの一言にオレは絵本の世界の余韻から覚める。
「作り話じゃない? いや、どう考えても神々とかいないだろ」
「はぁ? あんたバカじゃないの。神々がいるってことは確認されていないけどこの本にも出てくる黄金の器って実際にあるのよ」
「は? じゃあ黄金の器に出てくる火もあるってことか?」
「もちろんあるわよ。私も見たのは一回だけだけど数百年ずっと火が付いたままなの」
まじかよ……じゃあ神がいるってことも本当の可能性があるってことだよな。確かに魔法がある世界だし神と呼ばれていた者がいても不思議じゃないな……。
「この本が作り話じゃないってことは分かった。ならこの『固有魔法』って何なんだ? 魔法と違うものなのか?」
「『固有魔法』ね……私もどう説明したらいいかわからないわね。見たこともないし、使える人も国に一人いるかいないかだし……」
「そうなのか? なら簡単に『固有魔法』って何かについてだけで教えてくれ」
「それなら私でも説明できるわ。最初に『固有魔法』の習得条件について。これは三つの要素が必要だと言われているわ」
「二つの要素か……それで」
「二つの要素にはまず『固有魔法』の適性が必要なのよ。二つ目は絶望よ」
「絶望?」
「そう、例えば自分が死ぬとき大切な人が亡くなる時に固有魔法の力が目覚めることがよくあるの。スラムの孤児が絶望のどん底から成り上がってくる話とかは有名ね」
固有魔法か、それなら……。
「オレが使えている身体強化も固有魔法なんじゃないのか? 普通の魔法と違うみたいだし」
「それは違うわ。固有魔法は貴方が思っている以上に強力なものであるの。詠唱が必要ないて所は似ているけど一般の人が使える魔法に固有魔法が同じ効果を持つようにになったことは一回もないわよ」
ふむ……なら益々オレの身体強化の魔法の意味が分からなくなるんだが……。
「まあいいか……オレはそろそろ寝ることにする。何かあったら言ってくれ」
オレは扉を開けてから小屋の外に出ようとする。
「待って。あんたも外で寝るなんて辛いでしょ。別にあんたのこととか心配しているわけじゃないけど……風を引かれたりしたら困るの。だから今日だけは……小屋の中で寝なさいよ」
ファナリアが引き留めてとんでもない提案をしてきた。
「襲うぞ?」
「うっ……へ、ヘンタイ! あんたなんかやっぱり外で寝ていなさい!」
ファナリアがオレを追い出して小屋の扉をバタンと閉めた。
「やれやれ」
流石に襲うぞは言い過ぎたかな? まあそんなことを言わないと意地でも小屋の中に引き留めてきそうだしこれぐらいはいっても罰は当たらないよな。
ファナリアと過ごして数日で彼女の性格もだいぶ分かってきた。
なんだかんだ言いつつも結局彼女は優しすぎる。契約相手に過ぎないオレにもこうして心配してくるほどに。
本当に眩しすぎる存在だ。
こんな社会のごみクズにも優しくしてくれる辺り彼女はいい人だ。分からないことがあれば答えてくれるし、オレがしんどそうならさっきみたいになんだかんだ言いつつも気を配ってくれる。
だからそんな彼女に甘えたりしてはいけない。彼女の言葉に甘えてしまったらオレはオレでなくなる。無力だった僕に戻ってしまう。
もう変わったんだ。無力だったころのオレじゃない。オレはオレ自身で様々なことを選択し自分のために生きていく。
そう決めたんだ。
だからこそ、今日も今日とて魔物が近くに寄らないか警戒しつつも木の上で眠ることにした。