第6話 現状把握と赤髪少女
少女を拾ってから一日が過ぎた。
少女は一晩経っても目覚めることはなく今なお眠り続けている。
一方、オレの方は少女の様子を見守りつつも魚を川で取ったり、椅子を作ったりと暇を潰していた。
そろそろ昼頃になるのでオレは昼食の準備を始める。
まずは火を起こす。方法は誰でも知っていると思うがキリモミ式だ。キリモミ式と言っても分からない人もいるかもしれないがただ単純に火が付きやすそうな木の板に棒をくるくると回して火を起こすだけだ。
昔のオレなら何十分かかっても火を起こすことなど出来なかったが今のオレなら身体強化を使えば楽々火を起こすことが出来る。
身体強化ですぐに火を付け、前以て集めていた枝の中に火を移す。後は、火が弱くならないように調整しつつ川で取ってきた魚を串に刺して火の近くに置いておくだけだ。これでいい感じになるまで待てばいい。
魚が焼けてくるまで暇だなと思ったオレは少女の様子でも見ていくかと考え小屋の中で寝ている少女の元へ向かう。
小屋の前でノックして少女が起きていないか確認してから中に入っていく。
中に入り少女を視界に納めるがまだ眠っている。
……どんだけ寝るんだこいつは。
まあ、良い。起きたら情報をある程度貰って大丈夫そうなら放りだせばいいしな。それまでの間は寝ていても文句は言わないことにしよう。
取り敢えず、オレは昨日作った椅子に座り小屋の中に唯一ある絵本を読むことにした。
「やっぱり、何が書いてあるのか分からんな……」
斜めから見たり横から見たりして何か分かればいいのだが、やっぱ文字が読めないとダメだよな。内容は大体は想像できるんだけどこの最後のオリ〇ピックで出てきそうな金で出来た杯とか何なんだろうな。
オレの予想では平和を示す象徴みたいなものだと思うんだが。
そもそもこの絵本ってどこかの英雄の話っぽいんだよな。最終的にボスっぽい奴倒しているし。
「ダメだ、分からん」
本を机の上に投げ出してこれ以上予想するのを諦める。少女が起きたらどんな話か聞いてみるのもありかもしれないな。
「美人だな」
ふと少女の顔に目が行きオレは急に自身でも無意識のうちに口に出していたことに驚いていた。
何言ってんだオレは? 確かに少女はオレの住んでいた世界ではめったに見ないほど綺麗だと思う。そこらの女優やアイドル以上に容姿は完璧だ。
真っ直ぐに伸びたストレートの赤い髪は窓から指す光が当たってきらきらと輝いているし、拾った時にしていたサイドテールもかなり似合っていた。まあ、髪を乾かすときに邪魔だったから今はといているが。
体つきもそこまで悪くはない。出るとことはしっかりと出ているし、引っ込んでいる所はしっかりと引っ込んでいる。
小さな口に小さな鼻。まるでそこにあるのが当然だというみたいに完璧な形をしていやがる。まさに美少女という言葉がぴったりとあてはまる奴だ。
なのになぜこんな美少女が滝から落ちてきたんだ?
持ってるもの、着ているものからして何かを狩りにでも来たような恰好をしている。こういう感じの美少女は余り外で暴れる感じに見えないのだが……。あれか、美少女だけど話してみたら実は体育会系みたいな感じの奴だな。
だとしても、滝から落ちてきたのは謎すぎる。確実に何かあったとみるべきだ。それがオレに関係することなら情報を引き出したい。
オレが考えをまとめているといい匂いが小屋の中に漂ってきた。
どうやらできたっぽいな。
そろそろ席を外そうかと立ったその時ついに少女が反応を示した。
「スンスン……」
どうやら食べ物の匂いに反応したようだ。
「Hf,if~~fs。bf、んh、うf? ………………っ! gf!?」
「おい、オレの声が聞こえるか? 聞こえたら返事をしてくれ」
オレの声に少女が反応してこっちを見たが言葉の意味が分からないのか何も返事をしてくれない。
どうやら言語が伝わらないといった問題に遭遇してしまったようだ。
やべ、どうしたものかと考えていると少女が横に置いていた銀色の腕輪を引き寄せると腕に装着する。ちなみに落ちてきたときに少女が持っていた物の内の一つであったりする。
オレは何事かと見ていると突然――殴りかかってきた。なんて、物騒な少女なのだ。
初動が見えていたオレは身体強化を一瞬で施して少女の拳を受け流して逆にこっちが殴りにかかる。それをオレは顔の目の前で寸止めして問いただす。
「何の真似だこれは?」
若干イラッときた。ほんのほんの少しだけ声のトーンが低くなってしまってひるませてしまうかもしれないが仕方ない。
「――そ、そっれはこっちのセリフよ! 何で私の前に男の人がいるのよっ! ……も、もしかして私を連れ去ってそのまま食いものにしようとしてるんじゃないの!」
「はぁ? 何言ってんだ?」
おいおい、オレはもしかしたらだけどやばい奴を拾ってきてしまったのでは……。ていうか言葉が分かるようになったぞ。今腕に着けたやつの効果か何かか?
「それよりもオレの話を聞け」
「そ、そう言って私を脅そうとしているんでしょ! そんな事には騙されないんだからっ!」
「あのな、話をき――」
「もし、私に、い、い、いやらしいことなんてしていたら魔法でぶっ飛ばすわよ!」
何だこいつは、本当に頭がおかしいんじゃないだろうか。
「おい、少し黙れ」
今度は本気で睨み付けてやる。オレの顔はあの化け物にやられた傷と相重なって凄い迫力になっているだろう。ストレスで髪が黒と白の混ざった状態と片目に傷を負っている奴なんて怖いに決まっている。実際にオレ自身が水面に写った自分の顔を見て少しビビったし。
「っ! ……何よ」
流石に少女もオレの本気の睨みは効いたようだ。
「よし、分かってくれたようで何よりだ。一つだけ言っておくがオレは別にお前にいやらしいことをしようとも思わないしする気もない。ただオレはお前が溺れているのを助けただけだ」
取り敢えず、手短に分かりやすいように状況を伝えておく。
「……………………そ、そうだったの。なんかその……ヘンタイ扱いしてわるかったわね」
どうやら、オレが言ったことがしっかりと伝わったようだ。
少女は殴りかかったことには反省しているようで、ぼそぼそとした声になって落ち込んでいる。
最後の方が声が小さくなって聞き取りにくかったが身体強化をしたオレにはしっかりと聞こえた。反省しているようで何よりだ。
オレは視線を少しだけ斜めに向けた状態で話し始める。
「まずは自己紹介から済ませよう。オレの名は――」
そう言えばこういう場合なんて名乗ればいいのだろうか。ま、めんどくさいし名前だけでいいか。
「利幸だ。旅人をしている。お前は?」
「わ、私? …………ファナリアよ。一応、冒険者をしているわ」
ファナリア? そ、そうかこれは間違いなく地球ではないという可能性が高くなってきたな。
「冒険者? 何だそれは?」
ファナリアと名乗る少女が聞きなれない言葉をいうので反射的に聞き返す。
「え? ……もしかしてあんた冒険者を知らないの?」
「知らん。だからそれが何か教えろ」
「……信じられない。冒険者を知らないなんてあんた何者よ?」
「だから旅人だ。それよりも冒険者が何か話せ」
「……そ、それならこの拳をどけてくれる? 話しにくいんだけど」
「悪い」
オレは拳を引っ込めると椅子に座り込んで聞く態勢をとる。視線は変わらずに斜めを見上げたままだが。
「冒険者のことよね。えっと……冒険者ってのはね魔物を狩ったり町で困ったりしている人を助けたりしてお金をもらう職業のことよ」
「なるほどな。それでお前はその魔物か? それを狩るために出てきたが誤って川にでも落ちて流されたっていうわけか?」
「っ!? そ、その通りよ……」
どうやら予想は大当たりのようだ。まさか、的確にどうなったかを当てられると思っていなかったのだろう。僅かに身体をびくつかせていた。
「なら、お前がこの剣を持っていたことにも納得がいくな」
そういうわけで、大体の少女の状況を把握できたオレは脇に置いてあった刃がついた物騒な剣を取り出してファナリアに見えやすい所へと持っていく。
「えっ!? な、なんであんたが私の剣を持っているのよ! 返して!」
ファナリアは剣を目にすると、目を見開き返してもらおうとベットから出ようとする。
「っ!? おい、これ以上近づくな」
「何よ、私に剣を返したくないから!?」
「ち、違う。下を見ろ下を」
オレは視線を斜め上にしながら丁度胸の真ん中辺りを指さす。
「そんなことに騙され、ない、わ、よ…………え?」
どうやらファナリアはようやく気が付いたようだ。
「な、な、な、な、な、何で私――裸なの!? ……やっぱりあんた私にや、やらしいことしたんでしょ!」
ファナリアは赤い顔になりつつ急いでこの小屋に一枚だけある掛け物を身体の前に持ってきて女性らしい肉体を隠す。
「違う。オレはお前の服が濡れていたからそれを乾かすために仕方なくそうなったわけで……」
「言い訳無用よ! 出て行って!」
「分かったからそんなに怒るな」
「男の人にそれも初対面の人にこんなことされたら誰でも怒るわよ! やっぱりあんたはヘンタイよ!」
「はいはい、悪かったな。取り敢えず着替えを持ってくる」
オレはそう言いつつ扉を開けて小屋の中から出ていく。しばらく小屋の中からヘンタイ! ヘンタイ! ヘンタイ! とずっと聞こえてきたがやがて静かになった。
流石に女の子の服を脱がすのは不味かったとオレも思っている。それに起きてからすぐ出ていかなかったことも。最初のは仕方ない。あのまま濡れた服でいると風を引いていたかもしれないし、引かれたら引かれたで余計に面倒だし。後の方のはただシンプルに出ていくタイミングを見逃しただけだ。まさか殴りかかってくるとは思っていなかったしオレも少しイライラしていたから完全に忘れていた。途中で思い出しても言い出すタイミングがなかなかなかったし。
あ、魚を焼いていることを忘れてた。急いで取りに行かないと焦げてしまう。
オレは服と焼き魚を回収してしばらく間を置いてから小屋の中に戻っていく。
扉をノックする。ラッキーハプニングとかそんな目に合うのはさっきのでもう十分だ。
「……入っているわ」
「あ~服、ドアの前に置いとくから着替え終わったら言ってくれ」
オレはそっと扉を少しだけ開けてその隙間から服を滑り込ませる。そして、ゆっくりと扉を閉めたら着替え終わるまでに焼き魚を食う。
「チッ、調味料がないせいでくそ不味い」
せめて、塩でもあれば美味しく食べれるんだがな……。
あの豚の化け物? いや、ファナリアが魔物って言っていたかあの豚の魔物の肉が一番おいしかった。調味料もないのに普通に焼いて食うだけで美味しかったし。
ああ、やっぱり今夜は豚の魔物の肉を食おう。
と、ちょうど今夜の献立を考えていた時、扉が開いた。
「着替え終わったわよ。待たせて悪かったわね」
ファナリアが昨日見た服装で出てきた。上は厚布の服に、皮の鎧を装備し、その他には急所を守るように付けられていた。下は剣を腰に装備し、ブーツを履き、ニーソにショートパンツを着ていた。
「……そうか、じゃあこっちに座れ」
一瞬言葉を失ってしまった。オレが寝ている時に見た以上にファナリアは美少女だった。
日差しに輝いてよく分かる通り手入れが良く行き届いている赤い髪。それを更にアシストするようにしっかりと配置されている顔のパーツ、それだけでも十分凄いが何よりも服を着ていても分かるモデルのようなスタイル。
それぞれがそれぞれの特徴を活かして完成しているよく出来た美少女だ。
他にはオレがベットの傍に置いていたくくる紐みたいなやつも横に付けてサイドテールになっている。そのせいか一瞬だれか理解出来なかった。まあ、それもほんの数秒だけで直ぐに切り替えなおす。
「さて、いろいろ聞きたいことはあるだろうし、文句もあるかもしれないがひとまず食え。食っている途中でもいいから気になることがあるなら聞いてくれ、オレも聞く」
ということでオレはファナリアから情報を引き出すための舞台は整えた。どこまで話してくれるものか……。
「なら、さっそく聞いていいわね。聞きそびれていたけどあんた何者よ? 冒険者を知らないとか意味が分からない」
いきなりその質問か、別の世界から来ましたと言っても信じてもらえなさそうだし無難な答えと言ったら……。
「オレはさっき旅人だといったがな実はオレは遠くから来たばかりで何も知らない。だから、何者っていう質問には田舎の方から来たとしか言えない」
「じゃあ、なんであんたは私の拳をあんなスピードで返すことができたのよ。田舎から出てきた割には戦闘に慣れているみたいだしおかしいわよ」
「いや、オレは戦闘には余り慣れてない。実戦をはじめてまだ数日くらいしかたってないしな」
「それでも、十分速いわよ」
いや、本当にオレは魔物と戦ってまだ数日しか経っていない素人なんだが。
「お前の聞きたいことは聞いたし今度はこっちから質問だ……と行きたいところだがさっきのことは謝る。別に変なことをしようと思ってやったわけではない」
「っ! ……そのことならいいわよ。私もよく考えたら同じことをしていたかもしれないし。……今回だけは許してあげるわ!」
「そうか。なら、話を変えて質問だな」
さて、色々と聞きたいことは山ほどあるがまずはあれからだな。
「知っていたらでいいんだがここは何と呼ばれている国なんだ?」
「え? 国? えっと……今、私たちがいる国はエル王国ていうのよ」
エル王国? あ~別の世界確定だな。間違いなくオレはそんな呼び名の国は聞いたこともないし地球にもそんな名の国はなかったはずだ。
「じゃあ、今いるここはどこだ?」
「……私の予想では多分ここはセルブスト森林だと思うわ」
「セルブスト森林? それはどういう所だ?」
「えっと……ちょうど王国の端の辺りにある森林よ。一応貴族が管理しているけどあくまで名目上だけ。本当はこの辺り一帯は魔物が支配しているの」
なるほどな。なら、オレはその魔物が支配している領域に単身で乗り込んでいったていうことだな。
「なら、このセルブスト森林から町までどれくらいかかる?」
「そんなの私が聞きたいわよ! こんな辺鄙な所に来る予定なんて私にはなかったのに……。それよりもあんたはどれくらいここにいるのよ?」
「ん? そうだな……二桁ぐらいは超えてるな」
「え? じゃああんたここに十日以上もいたっていうの!?」
ん? 何か物凄い驚かれてるけどオレなんか不味いことしたか?
「その通りだが」
「……本当にあんたは何者よ? あったばかりだというのにこんなにも驚かされたことなんて初めてよ」
「そんなに居てはいけない場所なのかここは?」
「当り前じゃない! だってここには超級の魔物が出るって言われているのよ! そこにずっといるとか正気じゃないわ!」
「いや、流石に正気じゃないは言い過ぎじゃないか?」
「言いすぎなわけないわよ。あんたここにいる間に魔物に襲われたりしたでしょ!?」
「確かに襲われたけど、それがどうした?」
「で、あんたはその魔物をどうしたのよ?」
「ん? 普通に倒して解体して肉にして食べたぞ。お前が食べている肉だって元々は魔物の肉だぞ」
そう言うとファナリアは半分まで食べた肉をじっと見続ける。
「一応聞いておくわ。これは一体何の魔物の肉?」
「何かめっちゃ跳ねていてオレの腕ぐらいの大きさの魔物だったぞ」
「もしかしてだけど、頭に耳何てついていたりしないわよね?」
「正解だ。よく分かったな。この肉も調味料もないのに結構うまい」
と言い終わったところでファナリアが震えていた。さっきからリアクションが多い奴だな。
「うまいじゃないわよ! え? え? これってホーンラビットの肉ってことよね。あの上級の魔物の。あ、あんたこれ一体どうやって倒したのよ!?」
「ん? いや、普通に殴ってぶっ飛ばしただけだが」
「え? え? 殴ってぶっ飛ばす……少し聞き方を間違えたわ。どうやってホーンラビットに追いついたのよ。冒険者でもこれを捕まえるのだって隠密能力が高い人でしか捕まえるのが難しいって話しなのに」
「そうなのか? 普通に走って捕まえたが」
「は、走って? ……もういいわ。これ以上あんたに聞いていたら頭がおかしくなりそう。黙って食事をさせて」
最後にそう言ってファナリアはホーンラビットを焼いた肉にかぶりつく。
まあ、食べている間はゆっくりとさせてあげるか。オレも今得た情報でいろいろ考えたいし。
まず、オレの現在地がエル王国の森林というところだ。聞いた話だとセルブスト森林から町まではかなりの距離がある。
オレはしばらくはここに滞在してあの魔物を倒す予定だから今の所は町とか村とかどうでもいい。
必要な情報はある程度聞くことが出来たし、後はオレが今も疑問に思っているどうでもいいことを聞いてみよう。もしかしたら、あの魔物を殺すことが叶う力が手には入るのかもしれない。