第5話 敗走後の生活
オレが化け物に襲われてから二日が過ぎた。
現在オレは食料を回収するべく一度襲われたことのある豚の化け物を狙っていた。もちろん姿がばれないように気配を消しつつだ。
「照準良し……。風もそこまで吹いていない……」
後は削って先端を尖らせた石を豚の足に命中させて動きを封じるだけだ。
「発射……」
ダーツの矢を投げるのと同じように放つ。
放たれた石は寸分の狂いもなく豚の足を貫通していく。
「ブフーーー!」
足をやられた豚の化け物はバランスを崩して倒れると考えていたのだが、こいつは思った以上に根性があるようだな。片足で踏ん張って立っているとはな。まぁ、森の生き物だし、それぐらいの根性はあるか。
豚は狙撃をした犯人を捜そうと顔を左に右にと姿を探すが見つかることはない。
「発射」
オレが打ち出した二回目の狙撃は豚の頭を綺麗に貫通していった。
オレは隠れていた木の裏から出てきて豚がしっかりと死んでいるか確認する。
実はこの前ある一体の化け物を仕留めたのだが、実際には死んでいなくて痛い目にあいそうになったことがある。だから、こうやって死体を確認することにしている。
こんな風にして二日間を過ごしてきたのだがこの森に棲む化け物たちは生きるということにはかなり執着していて急所を狙って殺さないと最後まで抵抗してくることが分かった。急所などは人間と変わりなく首を絞めたり今こうして脳を貫通したら簡単に殺せる。まあ、身体強化があるからこそできる荒業なんだがな。
「うぇ……」
豚の化け物の血抜きをするのだが、こいつは肉はまあまあ美味しいのだが血液が多くて困る。
黄緑色の液体がぽたぽたと地面に垂れ落ちる。
「……もう慣れたか」
もう既に体の震えはなかった。
昨日までは殺すことに抵抗があって狙撃に失敗したりしたのだがこの通りもう完璧にできるようになった。
何か失っていくような感じがするのだが、別に明日を生きるために動物などを食べるのは人間なら誰でもしていたことだ。これまでオレは手を汚さずな。
それが間接的ではなく直接的に関わるようになっただけ。そう考えると幾分か楽になる気がする。……そんなことどうでもいいか。
とにかく、オレは血で他の化け物たちが集まってくる前に豚の化け物を肩に担いでその場を後にするのだった。
★★★
豚の化け物のまあまあな味の肉を食べ終えたオレはそのまま滝を目指して歩を進める。
森の中では一時間に一度くらいの割合で化け物たちと戦闘をしていた。かなりの数の化け物達が生息していてどれも地球では見たことのない生物たちだった。
オレが先手を取って狙撃で化け物たちの脳を貫通して殺すか、逆に先制されて身体強化で強引に握り潰したりするのが通用するので、特に危険な生き物は遭遇しなかった。
そうこうしているうちにようやく目的の場所に到着する。
「やっとか」
ここまで来るのに三日も経過した。それを思うと達成感があるな。
目の前ではオレの到着を歓迎するかのように太陽に照らされきらきらと輝く綺麗な水が流れる水色の湖にそれを取り囲んでいる大量の色とりどりの花たちがあった。
「綺麗な水だな」
試しに手で掬って水の状態を確認する。
水色の湖から掬われた水はオレの掌の中で不純物など一切ない透明な色に変わる。
「……」
そっと喉に水を流し込む。
「うまいな」
思わず感想を言ってしまう。
水の味などどれも変わらないものだと思っていたがこの水は何かが違う。天然水とは比較にならないほどのレベルの話である。
他にも何かあるかもしれないとオレは周囲の探索を始める。
湖の周りには水を飲もうと沢山の化け物たちなどが来ていたがオレが近くに来ない限り襲ってくることはなかった。たぶん、この辺の化け物たちは森の中にいた化け物たちよりも穏やかな性格をしているのかもしれない。後、オレが襲われない理由を付け加えるとこの近くにいる化け物たちは草食なのもある。
「食べれるものはないのか……」
水のある場所なら食べれそうなものも見つかるかもしれないと思ったのだが、知識がないせいなのもあってこの辺りにあったとしてもどれが食べれてどれが食べれないのかが分からない。
「困ったな……」
オレが取りあえず食べ物だと考え得る物を取ってきて、食べれる食べれないで選別していると視界の隅に気になるものが入ってきて作業を中断した。
「これは……」
唐突に発見したことにより硬直していたが、目をこすってもう一度オレが見たものを凝視する。
「建物か」
そう――オレが見つけたのは木でできた小屋だった。
「罠とかないよな――?」
一応警戒しながら扉の前まで近づいていく。
「じゃまするぞ」
一応中に誰かいるかもしれない可能性があったのでひと声かけてから小屋の中へと入っていく。
「……」
小屋の中は特に珍しいものはない普通の木の小屋だった。
あるのは木でできたベットに一つだけある本棚だけだ。
「本か」
本棚に近づき一冊だけあった絵本らしきものを手に取る。
表紙をぱらぱらと開いて中を覗いてみるが、書いてある字がオレの知っている字ではなかったのですぐに閉じる。
「ここには何もないか……」
せめて何か少しでも情報があればこの森から抜け出すこともできるかもしれないのだがな……。
まあ、取り敢えず拠点にできそうな小屋を確保できただけでもよしとしよう。
オレはここでしばらくは活動していくことに決めてから現状の分析をすることにした。
現在オレが置かれている状況はかなり悪い方だと思う。
森の中に入ってしまえば一瞬の油断が命にかかわってしまうのだから。さらにオレには力が足りない。あの化け物を倒すことは絶対だが、今この時会ってしまえば確実に殺される。戦闘力の向上――これは優先すべきことだな。
次に必要なのは食料だ。水は湖にあるから問題はない。だが、肝心の食料は相変わらず化け物の肉だけである。これでは栄養にも偏りが出るかもしれないしなるべく食べれる野草などを確保したい。後、調味料とかもだ。
そして、二つのことよりも優先すべきこと――情報を得ることは何よりも優先すべきことだ。現在オレは自分がどんな状態に置かれていて、ここがどのくらい危険であることや人が居るのかすら分かっていない。情報があるのとないのとでは今後の生存確率にもかかわってくるだろう。だからこの世界に関する情報は一つでも欲しいのだが、肝心の人との接触がまだ達成していない。オレの予想では森の外には人がいると思うのだが。
「情報か……」
情報という言葉にオレはこれは使えるのではと本棚からさっきの絵本を取り出す。
文字は読めないが絵本からなら何か読み取れるかも知れない。
絵本をめくってそこに書かれている絵を眺める。
そこからは今の日本とは違うかなり前の時代の風景が描かれていた。具体的には城や騎士などが出てきていている。中世か何かか? と思ったのもつかの間いつの間にやら巨人や小人が戦っている絵が描かれていた。ますます、何のことについて書かれているのか捉えることができないな。
そして、最後のページには黄金色の火が宿ったこれまた黄金の杯がきらきらと地上を祝福するような光を放っていた。
「分からん」
どうにか理解しようとしたのだが、オレが持っている知識では読み解くこともできない代物なのだろう。オレはそっと本棚に絵本を戻し、今後どうしていくか計画を練るのだった。
★★★
オレが小屋に住み着いてから数日が過ぎた。
相変わらずオレは森の中に入って豚の化け物などを狩ったり、そこら辺に落ちていた巨木を削っていすや机を作ったりとのんびりした日々を送っていた。
「眠いな……」
今までの苦しかった日々が夢であったかのように去ってしまったからか、オレは湖の前で寝てしまいそうになる。
「ダメだ、寝たら死ぬ」
何とか寝たいという欲望を打ち消して作業に戻る。
「これをこうしてあれをこうして……」
オレは忙しく動きながらもだんだんと作っているあるものを形にしていく。
「あとはあれが必要だな……」
オレは先日化け物を狩ったときの戦利品であれを作る。
それは枝で作られていて、かなり長く、食料の確保に向いている物――釣り竿だ。
これがあれば今まで肉ばかり食べていたのを止めて魚を食べることができる。
最初はこの釣り糸を吐いてくる化け物に苦戦していたが、今では大量の釣り糸を作れるぐらい余裕で狩れるようになった。
戦闘力の向上、食料の確保と実に順調に進んでいる。後は、情報を入手できればいいのだがそんな簡単に情報が舞い込んで切るわけもないか……。
「よし、完成だ」
オレは釣り竿を作るのと同時進行で作っていたあるものの出来栄えに何度かうなずくとそれを持って湖まで行く。
「浮いてくれよ……」
昨日も作ったやつを湖の上に浮かべようとしたのだが失敗してしまい少し寝込んでしまったが今度こそ成功するはずだ。
オレはそっと湖の上に――木船を浮かべる。
「よしっ!」
願い通り沈むことなく水の表面をぷかぷかと浮いてくれている。
オレは釣り竿とオールを持って木船の上にそっと乗り込んでいく。
「問題はないようだな……」
試しに水をかき分けて進んでみるが特に沈むこともなく問題もない。突然穴が開いて水が入ってくることもないし、バランスもキッチリと取れている。
と、いうことでオレは湖の丁度中心付近にいって釣りをすることにした。
………………。
…………。
……。
釣れない……。
………………。
…………。
……おっと――!
一時間ぐらいのんびりと待っていると急に竿が傾きだしたのでオレは急いで釣り竿を引っ張る。
「クッ、重いな」
かなりの大物だ。オレはこのままいけば逃げられてしまうかもしれないのを感じ取り身体強化も使って全力で引っ張り上げる。
「オラッ!」
水面からバシャンと音が鳴り響き、水の中からオレぐらいの大きさはあるだろう魚が飛び出す。
そして、オレを敵として認識したのか口を大きく開けて丸呑みにしようとしてくる。
「食われるのはお前だぁ!」
オレは身体強化の効果を維持しつつその力を全開で目の前にいる巨大な魚にぶつける。
一瞬で勝負は決まった。
巨大な魚は瞳を真っ白にするとそのまま船の上に倒れて動かなくなる。
気絶したのだ。
念のためオレは巨大な魚に止めを刺す。魚も化け物たちと同じように黄緑色の液体を垂れ流すとそのまま力を失いうなだれる。
今日の食料を確保することに成功した。
改めてオレは倒したばかりの魚を視界に入れる。
「でかいな……」
最初に出てきた感想は大きいだ。
こんな巨大な魚たちが湖の中を泳いでいるとは恐ろしい。もしかしたら、これ以上の大物だっているかもしれない。いや、きっとこれが湖の主だ。
まあ、そんなことより今日の所はこの魚だけで十分だ。
これだけで満腹になるまで食べれる。
オレは久しぶりに魚を食べれることにわくわくして引き返そうと準備を進めていると視界の隅に何か違和感を覚えた。こういう違和感は生き残っていくためにも大事なことだと知っているオレは念のために違和感の正体を確認する。
「何だあれ……?」
身体強化を使い視力をいつも以上によくして、その違和感がある所をじっくりと見つめる。
すると、段々と形がはっきりとしてきた。
(……?)
余りにもおかしなことに思考が止まってしまう。
なぜなら、滝の上から人が落ちて来ていたからだ。
落ちてきた人はそのまま重力に押されるままにざぶんと水しぶきをあげて水中へと消えていく。
「……帰るか」
オレは何事もなかったかのように戻ることを決める。
そして、オレはボートでそのまま陸まで行こうとした時考えを改めた。
……やっぱ、情報とかほしいし、拾ってきた方がいいか。
すぐに引き返すのを止めて、魚に食われる前にオレは身体強化で滝の前までボート波の速さで進んでいく。
一瞬で滝の前までたどり着くと、竿を取り出して、釣り針を水の中に放り込む。
「……」
しばらく、待つ。
…………。
……。
竿が少し揺れた。
「今だな」
オレは身体強化を使って強引に竿を引き上げる。
すると、針の先にはさっき滝から落下していた人が姿を現す。
「こいつ、気絶してるな……」
オレが釣り上げた人――いや、少女は水に濡れた赤い髪を垂らし、プラプラと空中で揺れている。
傍から見たら絶対におかしな光景だろう。
すぐにオレは少女を釣り針から外し、魚が横たわっている場所と同じところに投げ入れる。
「ハァ……やっと帰れる」
何か今日一日だけでいろいろあったように思える。
オレはオールを持つと陸へと向けてボートを進めていった。
次は明日の23時頃に更新します。