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第3話 怒りの声

 

 太陽の光がうっすらと差し込む鬱蒼とした森の中を僕は歩いて行く。


 脚はすでに限界を超えていて、前日のスキーをしたのと合わさって筋肉痛で悲鳴を上げている。たまに痛みを感じてこけてしまったりして自分の事ながら情けないと感じつつも森の中を進んでいく。


 とても静かだった。


 風に揺られた木の葉がザワザワという音以外にはこの世界にはなにも無く、まるで 僕一人が世界においていかれているかのように。


 だからこそ僕は人に飢えていた。


 誰かに会いたい。誰かと話したい。誰かに聞きたい。


 一体僕はどこにいるのか? 昨日の火事は何だったのか?


 だからだろう。いつもの僕ならまったく分からないはずの遠くの距離から何かの足音が聞こえたのだ。


「人っ!」


 即反応して顔をあげた僕は駆けだした。


 邪魔な草をかき分け、凪倒れている丸太を飛び越え、ただひたすらまっすぐに進んだ。そうして、光に照らされた何者かの影が見え――僕は脚を止めてしまった。


 だって念願の人では無く――そこには豚がいたのだから。


 だが、普通の豚ではない。まず、豚は服など着ない。なのに僕が目にしている豚は服を着ているのだ。それに豚は四足歩行だ。二本の脚で立っていることなんてありえない。さらに僕が知っている豚は目つきがあんなに鋭くはない。それに白目になっていてなんだかとても怖い。


 そして、これが重要なことだが豚はあんな気持ち悪い生物を食うことはない。


 何を食べているんだとまじまじと見てしまったことを後悔する。あの豚は緑色の皮膚を持っていた何かの生き物の死骸を食べていたのだから。


 この時点で危険を察知した僕は木の裏に身を隠した。


 ぐちゃぐちゃと遠くにいる僕の耳にも届く咀嚼音と、食べるのに夢中になっているおかげで僕の存在には気がつかなかったようだ。


 しかし、ここからどうしよう。


 二足の豚は僕の存在には気がついていないようだが、ここから動くと気づかれる可能性がある。


 それは危険だ。


 見て分かるとおり、どう考えてもあの豚は肉食であろう。それを分かった上で気軽な感じで姿を現して見たら……まぁ、あそこで食べられている死骸みたいなことになる。


(そういえば、僕の服には……)


 ここでふと昨日拾ったキノコが頭をちらついた。


 念のためにポケットに入れておいて、取っておいたキノコを手に取る。


 これをあの豚に食わせたら良いのではないだろうか。


 もし、毒が無かったとしたら無事に食べることができるし、毒があったとしても僕が食べることを止めればいいだけだ。


 よし、することが決まったのならあの豚に毒味をさせよう。


 僕は手元にあった赤い色のキノコを手に取ると、木の裏から体を出して豚に向かって投げつける。即座に木の裏に隠れて飛んでいったキノコの様子をみると、キノコは綺麗な放物線を描き、豚の後頭部にコツンとぶつかった。


「よしっ……」


 小さくガッツポーズをとって喜んでいた僕であったが、おそらくそれが良くなかったのだろう。


 豚は食べるのを中断して後ろから急に飛んできたキノコを拾うとキョロキョロと辺りを見回す。そして、豚はなんと僕がいる方向へと歩いてきたのだ。


(ちょっと待って! それはヤバいよ! どうしよう、どうしよう!)


 まさか、こっちに来るとは思っていなかったので、慌てて周囲を見渡し逃げ道を探すが、ここは開けたところにある木の裏の一つだ。もちろん、隠れそうな場所は一つもない。


 慌てて隠れる場所を探し続けていると豚が二本の脚を動かし、もうすぐそこまで近づいてくる。そうして、僕が潜んでいた木の裏に顔を持って行くと――。


「ブフー?」


 ――そこにはなにも無かった。


 気のせいだと思ってくれたのだろう。豚は元の場所に戻っていった。


「ふぅぅ……。よかったぁ……」


 心臓がすごいバクバクしている。めっちゃ緊張した……。


「うまく隠れれて良かった……」


 あれからどうすることもできずにいた僕が取れた最後の手段。それは木の上に上ることだった。木の上なら木の裏から出て行かずに上ることができ、なおかつ隠れる場所に最適であろう。


 そう考えた僕は木登りなんて一回もやったことはなかったが、火事場の馬鹿力というやつだろうか。あっさりと上ることができた。


 結構危なかった。


 少しでも豚が視線を上に向けていたら、僕は食べられていただろう。今日は運の良い日なのかもしれない。


 ひとまず、豚があの場所を離れるまでは動くことができなくなってしまったので豚の様子を観察することにした。


 ちょうど、いいことに豚は僕が投げ渡したキノコをクンクンと匂いを嗅いでいる。


 問題ないと判断しただろう。豚は赤いキノコをまるごと口の中に放り込み食べてくれた。


 さてさて、どうなるんだろうとしばらく様子を観察するが、特に問題は無いようだ。苦しんでいる様子もないし大丈夫そうだ。


 なので、僕も試しに赤いキノコを囓ってみる。


 うんうん、いいね。この口の中に伝わってくるヒリヒリとした感じ。そうこれはまるでタバスコをまるまる一本飲んでいるかのよう――。


「って、辛っ!」


 舌が火傷してしまうかのようなあまりの辛さに僕は木の上から落っこちてしまう。地面が落ち葉のクッションになっていることで怪我は免れた。


「あっ……」


 その代わり、落ちた衝撃でゴソゴソと草を潰される音を聞いた豚が僕の方へと顔を向けた。


「えっと、あの……」


 豚が白い目を向けてくるので、僕はどう返したらいいのか分からずしどろもどろになる。だって、めっちゃ怖いし……。


「えっと……日本語分かりますか? ひっ!?」


 最初になんと話せばいいのか分からなかったので失礼になるかも知れないが、日本語が分かるかを聞こうとする。その返答には豚が口から吐き出した炎で返されてしまうが。


 豚の口から吐き出された炎は射線上から外れていたお陰で服がすこし焦げてしまった程度で済んだ。だが、目の前に火が飛んでくる様子に悲鳴をあげてしまう。


 横目で火が通り過ぎた後を確認すると真っ黒に焦げていた。


 つまり――。


「うぁぁぁ――!!」

「ブフー!」


 僕は逃げるしかないというわけだ。その後を追って豚も走り出すが。


「来るな! 来るな! 来るなぁぁ!!」

「ブフー!」


 森の中を駆け回る。時に転んだお陰で間一髪で炎を躱したり、木の裏に飛び込んで、どうにか攻撃を防ぎながら逃げる。


 だが、そんな僕を逃がさないように豚は口から火を吐きつつも追走してくる。


「なんで僕がこんな目に合わないといけないんだよ!?」


 どうにか振り切ろうと必死に走って逃げていくが、体力も限界に近づいてきた僕はこんな仕打ちになってしまったことに怒りの声をあげる。だが、そんなことをしたとしても誰かが救ってくれるはずも無く……。


「あっ……いった……」


 豚の方に死線を向けて、自分の足下をよく見ていなかった罰が当たってしまったのだろう。木の根っこに躓いて転んでしまう。


 その頃には豚の炎は止まっていたが、僕が狙われているのは変わりが無い。


「ひっ!」


 転がった僕の所に豚が追いついてきて視線が交わる。


 だから分かった。


 あれは完全に食料を見る目であることを。


 生まれて初めて、そんな目を向けられてしまった僕は恐怖のあまり立つことができなくなり、体全体が怯えてプルプルと震えていた。


「やめて、殺さないでお願い。殺さないでお願い……」


 ここまできたらひたすら懇願するしかなかった。


 だが、怪物に言葉が通じるはずも無く僕は豚に片手で軽々と持ち上げられていた。


「嫌だぁぁぁ!! 殺さないくれぇぇぇ!!」


 豚の舌が僕の顔をペロッと舐める。ベトベトとした感触の気持ち悪さに僕は味見をされていると感じ、とうとう食べられると思い、錯乱して叫ぶ。


 死にたくない死にたくないしにたくないしにたくないシニタクナイシニタクナイ!!


 もう、この時には冷静に考える思考が無かったのだろう。もしかしたらまだ落ちつていたら助かる手段もあったかも知れないが、僕はただ食べられてしまう恐怖に自分を見失っていた。


「やめて! やめて! やめてくれぇぇぇ!!」


 豚の手の中で暴れ回り、豚の顔を蹴ったりするが、たいしたダメージを与えることもできない。やがて、豚は僕の反応に見飽きたのか力を込めて握りつぶそうとしてくる。


「痛い痛いいたいいたいイタイイタイぃぃぃ――!!」


 手足をばたつかせて必死に抵抗するが、あまりの力の強さに抜け出すこともできなく、僕は骨がバキバキと折れていく感覚に激痛を感じて叫ぶ。


 そして、激痛に意識を飛ばしそうになったその時――。


 ――豚の首が飛んでいった。


 どこに行ったのかは分からない。ただ、分かっているのは何者かによってこの豚の化け物は殺されたというわけだ。


 豚の化け物の首の所から血が噴き出す。


 黄緑色の血がプシューと噴水から水が噴き出すかのごとく大量の血が僕の顔や服にへばりつく。


 そうして、血の雨が止むと森の奥から何者かが歩いてくる足音が響く。


「ガアアアァァァ――!!」


 それは正真正銘の化け物だった。


 森の中では異質な純白の体毛に、それだけで殺せてしまえるのでは無いかと考えてしまうほどの鋭い真っ赤な瞳。つま先から生えた爪は刃物のようで四本の脚についたそれらは銀色に輝いている。


 あまりにも圧倒的な存在だった。


 一目見ただけでこれが森の王者かと感じる風格を漂わせて姿を現したライオンのような生き物は僕の目の前で豚の死骸を食べていく。


 あっという間に食事は終わり、気がついたら豚の死骸は跡形も無くなくなっていた。


 そうして、残った僕の方に視線が向き――。


「ひっ! ぼ、ぼ、ぼ…………」


 日本に生きていた僕には衝撃的な光景の数々に脳の処理能力が超えてしまい、現実を受け入れるのを止めて僕は意識を失って倒れてしまった。




 ★★★




 ピチョンと何かが僕の頬を濡らす。あまりの冷たさにうっすらと目を開けるとそこは真っ暗な場所だった。


「ここは……」


 辺りを見回して観察しようとすると最初に金属の音が耳に聞こえてきた。一体何事だろうと確認すると、僕は鎖で繋がれていた。しかも、壁に埋め込まれた鎖を両手両足に繋がれている状態で。


 つまり、僕は今両手両足を開いた状態で壁に貼り付けにされているということだ。


 なぜこうなったのか? 記憶を辿ってみるが何がどうなったらこうなってしまうのか全く分からなかった。ただ、何者かに捕らわれているのは間違いないだろう。


「抜けろっ……」


 試しに鎖を外そうと暴れてみるが岩でできた壁にがっちりと固定されているのかピクリとも動いてはくれない。どうやら、力尽くで脱出するのは難しそうだ。


「誰かーー!! 助けてくださいーー!!」


 洞窟の奥まで届くように助けを呼んでみるが音が反響する以外に特になにも起こることも無かった。そもそも助けを呼んだとしても来るのは百パーセント僕を捕らえた何者かだろう。


 結局やることも無くなってしまった僕は捕らえた何者かが現れるまで待つことになったのだった。


「もう疲れた……」


 あの日――というか昨日死んでしまったと思った日から驚きの連続で満足に考え事をする時間なんてなかった。そう考えたらこの状況は感謝した方がいい? いや、こんな拘束してる者に感謝しなくてもいいか。


 それよりも、これまで考えることを放棄していたがどこからどう見てもおかしなことが起こり続けている。


 まず、最初におかしいと思ったのは森が火事になっていることだ。普通雪山が火事になることなんておかしい。そもそも、僕が目が覚めてから雪を見ていないのだ。なら、僕はどこにいるのか。全くもって分からない。


 唯一考えれるとしたら、誰かが雪山から別の場所に運んだとか?


 う~ん、それでも僕を運ぶことに何の意味も無いだろうし違っているか。


 他にも気になることはたくさんある。


 あの謎の珍生物――化け物達だ。


 二足歩行の豚に真っ白な毛並みのライオン。そんな生物が地球上にいただろうか? もしかしたら僕が知らないだけかも知れないが。日本に住んでいてそんな生き物がいたなんて聞いたことがない。


 第一、日本の森の中に豚もライオンも住んでいるなんてありえない。僕の知っている限りだと、豚は養豚場とかにいるイメージだし、ライオンに限っては動物園にしかいないだろう。そんな生物が森の中を彷徨いているとしたら警察とか地元の狩猟者が退治しに行くだろうし。


 これらのことからここがどこなのか二つだけ予測することができる。だが、その内の一つは認めなくないものだ。


 あまりにも突拍子のないものだが、一つは僕は本当は死んでしまっていて、ここは天国もしくは地獄のどこかなのかも知れない。それなら、この謎の減少の数々に説明がつく? のかは分からないが、納得はできる。


 もう一つ考えられるのは別の世界に行ったということだが、常識的に考えて人が別の世界に行くことができるのか?


 結局は何も分からないか……。


 せめて誰か話すことができる人がいたら詳しい話を聞きたいな……。


 そうして、幾ばくかの時間待っていると洞窟の奥から足音が聞こえてきた。どうやら、誰かが来たようだ。


「えっ?」


 来た人にいろいろと聞きたいことがたくさんあったのだが、僕が予想していた正体と全然違っていてあまりの違いに疑問の声を上げてしまう。


 だって、やってきたのは――僕が気絶する前に見たあの純白のライオンの化け物だったからだ。


 その化け物は口に何かの死骸を加えながら僕の前まで歩いてくる。


「ガァァ――」


 そのまま地面に死骸を置くと反転して出て行ってしまう。


「何だったんだ……?」


 よく分からないが、死骸から漂ってくる匂いがきつい。鼻を摘まんで嗅ぎたくないのだが、生憎僕は拘束されていて手を動かすことができなかった。


 匂いを我慢して待っているとまた化け物は死骸を持ってきて次々と死骸の上に死骸がのせられていき、小さな山ができあがる。ただ、血やら歪んだ顔みたいなのが混ざって本当にグロイ。


 そのグロイ奴の一部を口に咥えた化け物は僕へと近づいていき――口に死骸の一部を突っ込まれる。


「うっぐっ!」


 唐突な出来事に抵抗する暇が無かった僕は死骸の一部が口の中に入り込み、生臭い匂いに鉄のような味がする血が口いっぱいに広がっていき、何度も吐き出そうとする。しかし、吐き出そうとしても化け物が口に押し込んでいくので、一部ではあるが血を飲んでしまった。


 口からポタポタと垂れ落ちる血。それは赤い色では無く、黄緑色の血だ。


「うっ……おぇぇ……」


 昨日からほとんどなにも食べていなかったお陰で吐いたときには胃液以外は出ては来なかった。しかし、黄緑色の血を飲んでしまった気持ち悪さと体から来る拒否反応によって何度も何度も吐き出してしまう。


 そうして、落ち着いてくるとまたしても化け物は死骸を口に突っ込もうとしてくる。僕はそれに抵抗して口を閉ざして入れられないようにした。


 いくらやっても意味がないと諦めたのか化け物は死体を食わせるのをやめた。その代わりに――。


「腕がぁぁぁ!」


 化け物に腕を切り飛ばされた。あまりにも簡単に切断されてしまったせいで最初は痛みを感じなかったが徐々に痛みは広がっていき、僕は苦痛で暴れる。


「血がぁぁぁ!! 腕がぁぁぁ!!」


 切られた断面からは真っ赤な血が大量に噴き出して洞窟を汚していく。


 それだけでは飽き足らず化け物はもう片方の手も切り裂く。


「アアアアアァァァ――!!」


 洞窟内に絶叫が響き渡る。


(痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイ)


 血が大量に噴き出して言ったせいで意識を保つのも辛くなってくる。血が足りなくなってきたのだ。


「誰か……助けて……」


 だんだんと痛みは消えていき――意識が飛んでいきそうになったところで僕はまた覚醒した。


「あ……れ……? 痛み……が……?」


 完全に意識がある状態なのに痛みがない。夢だったのかと思うが、壁に付着している血が夢ではないことを思い知らされる。


 いったいどうなっているのか? 恐る恐る切られた箇所を確認すると腕がついていた。


「へっ?」


 唐突な出来事に頭が真っ白になる。


「これは……」


 よくよく見てみると、腕は切り飛ばされた断面から筋肉の繊維やら、骨やらが動き出し、体を修復していた。つまり、腕が生えているのだ。


「ひぃぃぃ!!」


 あまりのグロテスクな光景とそれが僕の腕から起こっていることに恐怖を感じる。


 止まってほしいが、止まらない。


 そしてついには腕が完全に元の状態に戻っていった。


 それから、また化け物は口の中に死体を突っ込んでくる。


 言うことを聞かなかったら腕や足を切り飛ばし、僕に恐怖を刻み付け、抵抗する心すら奪って。


 1日目。

 僕は相変わらず動けないままでいた。化け物が食べさせてこようとするのに、逃れようとするが、そういった行動を取るたびに見せしめに腕を一本持って行かれる。


「もう……いやだ……」


 僕の目から涙があふれ出していた。


 2日目。


 僕は泣いていた。


 もう、このまま死んだ方がいいのだろうか?


 再び死を考えることになる2日目だった。


 3日目。


 僕はもう泣くことも死ぬことも忘れてただだまり続ける。もうすでにこの時には心が壊れ始めていたのだ。ゆっくるとじっくると少しずつ。


「……」


 ――誰も助けは来ない。


 ――そもそも誰も信じられない。


 ――僕は人という生き物が嫌いだからだ。


 なら……なら僕は今何をしている?


 誰も信じられないならどうして昨日泣いていた。どこに助けが来るなんて要素があった。人が嫌いなんだろう。


 全部が全部嫌いだ。


 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いキライキライキライキライキライきらいきらいきらいきらいきらい。


 死ねばいいんだ。何もかも。


 化け物たちが死ねばいい。豚、ライオン。


 彼奴ら全員いなくなればいい。


 人だって死んだ方がいいんだ。学校の人たち、大人たち、子供たち、工藤たち、真雪も死ねば……。


「違……うっ」


 一体僕は何を考えているんだ! 妹が死ねばいい?


「ふ、ざけ……るなっ」


 八つ当たりに壁を殴ってしまう。拳を見ると真っ赤な血がどくどくと出ていた。


「どうして僕が……こんな、ことに、あわないと……いけ、ないんだ……」


 また、僕は鎖に固定されたまま、また動かなくなる。


 この時、僕は気がおかしくなってきていることを薄々感じ取っていた。


 4日目。


「…………」


 どうして、僕がこんなにも苦しまないといけない。どうして、ほかの人じゃなくて僕なんだ。僕が何か悪いことをしたのか? どうして……どうして……?


 何度も何度も同じ問いを自分の中で繰り返すが一向に答えは出てこない。ただただ死への時間が近づいていくだけだ。


 やっぱり、僕に力が無かったから……


 七年前の事故。あの時、僕は何も出来なかった。


 そう、今のように。


 手を伸ばしても届かなくて、無力で。


 なのに諦めたくなくて、自分の心に嘘をつきたくなくて、がむしゃらに足掻いた。その結果が真雪と僕が生き残っただけだった。


 そう、この時僕は人生を諦めて、嘘をつき始めた。


 工藤くんたちにぼこぼこにされても何も言わなくなったのは諦めこそが理由なのだろう。


 真雪は大切だ、たった一人の家族だ、だから、死ねない。それは嘘だ。僕はただ死ぬのが怖かっただけだ。


 どこまでも、どこまでも、僕は諦めて嘘をついていた。


 もしかしたら、その仕返しが今、この時なのだろう。


 死をもって、自分が今まで犯してきた罪を償え、そういうことなのかもしれない。


「なら、僕は、死……んだ……ほうが……」


 僕の口から洩れた死、という言葉に寒気が過った。


 やっぱり怖い。死にたくない。


 だからといって、このまま僕は生きていたいのかと問われたら、そうだとは答えられない。こんな苦痛、終わってほしい。


(殺して、生きたい、殺して、生きたい、殺して、生きたい、殺して、生きたい)


 ――違う。


(殺せ、生きたい。殺せ、生きたい。殺せ、生きたい。殺せ、生きたい)


 これでもない。


(殺す。生きる。殺す。生きる。殺す。生きる。殺す。生きる)


 そうして時は過ぎていき、どれくらいの閉じ込められていたのか……。


(…………)


 なにも考えられなくなっていた。


 ただ、鎖に吊されて垂れ下がっている置物になっていた僕の口の中に死骸が詰め込まれる。どうやら、あの死骸の血や体には僕を長回復する効果があって、僕はそれらの死骸を食べることで腕やら足を再び生やすことができるようだ。


 そんなことが分かっても僕がすることは変わりなく、痛みを忘れたいという気持ちでただただ死体にむしゃぶりついた。


 その時の味を僕は覚えていない。ただ、口の中に物が入ったら食べればいいんだと考えていたのだろう。だから、化け物から口の中に提供された物は食べた。


 時に激痛が走って死にそうになったこともあった。体が拒否反応を起こして目の前が真っ白になったこともあった。


 それでも、僕は食べ続けた。


『ハッ、情けね』


 気がつけば、どこからか声が聞こえた気がした。


『知っているぞ。お前は自分に理不尽を押しつける世界が嫌いだったのだろう?』


 ――黙れ。


『黙らないぞ。本当の事だからな。正直になれ。全てを受け入れろ』


 ――黙れ。


『お前はすでに分かっているはずだ。お前なんて最初からいらない人間だったんだ。誰にも必要とされていないし、求められていない。実際にお前を助けてくれる人間なんていないしな』


 ――黙れ。


『お前は全てを失っ――』


「黙れぇぇぇ!!! これ以上僕に触れるな! 触るな! 声を出すなぁぁ!! 死ね死ね死ね死ねぇぇぇ!!」


 壁を殴りつける。手から血が噴き出して骨が変形しようと殴り続ける。


 殴る殴る殴る。


 この怒りを悔しさを憎しみを辛さを全てぶつける。


 ――誰も僕の苦しみが分からない。誰も僕の気持ちなんて分からない。誰も僕を助けてなんてくれない。


『そうだ。激怒しろ』


 ――誰も誰も誰も。


『そうだ、もっと激怒しろオレ・・


(殺す殺す殺す殺す殺す殺す――死ね死ね死ね死ね)


 意識が飛んでいった。




 ★★★




 暗闇に包まれた空間で考える。


(なんで信じていた?)


 いつからか希望を持っていた。世界にはきっといいことがある。悲しいことも多いけど、素晴らしくてよい事があるのだと考えていた。でも、それは間違いだったようだ。


 実際にこれまで誰も助けてはくれなかった。人は自分の関係ないことを無視してみて見ぬふりをするものだ。


 あの時の光景が蘇る。


 それはオレ・・が工藤にいじめられていた時のことだ。あの時オレがいじめられている時にいくつかの人間がその光景を目撃していたことがあった。もちろん、隠れてみていたやつと目が合ったから知っている。


 それじゃあ、そいつらは何をしたか。


 逃げたに決まっている。オレがいじめられている光景を見るや否や私は、僕は関係ないとでも言いたいのか無視したのだ。これらのことから分かることは。


(誰かを信じるのは間違いだ)


 誰もが打算を持って動いているのだ。自分だけが生き残ろうとして周りの人間を利用して貶めているのだ。善人ぶっている奴の顔を殴ってやりたい。騙そうと近づいてくる人間を殺したい。


(誰が悪い――)


 閉じ込められた原因を考える。そして、案外すぐに答えは出た。


(それは弱いオレ自身だ)

(オレは弱すぎる――弱すぎて最弱だ)


 自分の力のなさに嘆いていて、何もできないと諦めていて、いつからか自身のことを忘れていた。


 自分のことなんてどうなってもいいと思っていたんだ。だから、オレはこれまで弱かった。


(もう止めだ)


 でも、気が付いた。


 オレはオレだ。誰かに否定されていいものでも、踏みなじられていいものでもない。


 そのことにこんな目に合うまで気が付かなかった。そのことに俺自身を殴ってやりたい。


 だから――誰かのためとかそんなのはもういい。綺麗事は終わりだ。


 たとえ、誰から指を指されて笑いものにされてもいい。誰かが間違っていて断罪してこようとそんなのどうでもいい。


 ――自分のために生きてやる。


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