第1話 七年後の転移
あれからちょうど七年の年月が過ぎた。
あの事故の後、僕達兄妹を誰が引き取るかで身内が相当揉め、数日間ずっと不穏な空気が流れた。結局、母の妹である叔母さんが引き取ると言い出してこの問題は解決した。
そして、叔母さんに引き取られた僕達兄妹は七年間大切に育てられ、気付けば高校二年生になった。
だが、僕は一向にあの事故から立ち直ることができなかった。今でも夢を見てあの光景を思い出すごとに身体の震えが止まらない。何度も病院に通っていろんな薬を貰ったり検査を受けたりとしているけど、治るはずもなく今日も病院に通って検査を受けた。
検査が終わると先生とのお話である。
幾つか先生からのいつもの質問を答えていく。それが僕が毎回していることだ。
検査が終わり僕はこの後どうするか考えながら病院の敷地から外に出ると黒い髪をストレートにした女の子がこっちを見て手を振って近付いてくるのに気付いた。真っ赤で綺麗な口に整った鼻、此方を見ているパッチリした目は全体的に明るい印象を与える。そして、その綺麗な女の子は僕の前まで来ると口を開いた。
「兄さん、診察終わったのですか?」
「うん、丁度終わった所。でも、どうして真雪がここに居るんだ?」
「丁度買い物を終えたから様子を見に行こうかなって思ってたんです。だから、病院に来のですけど……終わったのなら一緒に帰りましょう!」
そう言って真雪は笑顔で手をこっちに向けてきた。
「真雪、この年になって手を繋ぐのは……」
さすがに恥ずかしい。僕がどう返すか悩んでいると真雪は諦めて手を引っ込める。
「兄さんが嫌なら断念します。でも、今度買い物に付き合ってくれますか?」
「それなら別に良いよ。僕も修学旅行の準備をしようと思っていた所だし、明日にでも行こうか」
「うんっ!」
兄妹仲良く歩き僕達は帰路に就いた。
兄さんと読んでいる時点で分かると思うが真雪は僕の妹だ。僕に良く懐いていて、たまに手を繋いでやら頭撫でてなどと甘えてくる。断ると残念そうにするが諦めずにさっきのように買い物に一緒に行こうなどと言って来たりするのが困りものだ。
僕を頼ってくるのは嬉しいが、妹も僕と同じ高校二年なんだから彼氏でも作ったらいいと思う。なのに僕に依存してくるのだ。ちなみに僕が四月生まれで妹が三月生まれだから学年は一緒であったりする。
「家に帰ったら買うものをリストアップしなきゃいけないですね。兄さん必要なものがあれば言ってほしいです。あと、欲しいものがあれば買いますよ」
「必要なものか……強いて言えば歯磨き粉がいるくらいかな。欲しいものはないかな」
「歯磨き粉だけですか……兄さんは手が掛からなくて本当に楽です。でも……たまには我が儘を言ってくれてもいいんですよ。その……」
急に言い淀んだので僕は何だろうと真雪を一瞥する。
「その……何?」
「えっと……やっぱりいいですっ! 行こう兄さん」
頬を少し真っ赤にした真雪は僕の手を繋いで駆け足になる。
「そんなに急ぐと危ないよっ!」
結局、僕は流れ的に手を繋ぐことになってしまいながら、今日も可愛い妹の真雪に振り回されることになった。
と、このように僕のいつもの日常はこんな感じだ。どこからどう見ても幸せで嫌なことなどありそうにない日常。だが、これは僕の日常の一部分にしか過ぎない。
それから数日後、放課後になって僕は呼び出されていた。
呼び出したのは僕のクラスメートでもある工藤くんを中心とした三人組だ。工藤くんはルックスが良くて頭もいい。誰に対しても人当たりが良いのだが、僕に対してだけは違う。
「来たか」
工藤くんは誰もいない教室の机に座って待っていた。周りにはいつもの二人がいる。工藤くんは僕を横目で見ると、教室を出て一言、ついてこいとだけ言った。
廊下を歩き階段を上って最上階にある扉を開けて僕たちは屋上に出た。すでに辺りは真っ赤な夕日が沈みかけていて今にも暗くなりそうだ。
「赤路これが何だか分かるか」
そう言って工藤くんが一枚の写真を取り出した。
「それは……っ!」
内容はあまり言いたくないが、これは僕がいじめられているところの写真だ。
「これを撒かれたくなければ俺たちにここで殴られろ」
懐に写真をしまった工藤くんはゆっくりと近づいてくる。
「一つ言い忘れていた。殴り返すなんてことをしたらおまえの妹に言う」
「兄貴。早くぼこぼこにしましょうぜ!」
「……童貞殴る」
三人は僕の真っ正面に来るとまずは工藤くんが胸倉を掴み持ち上げる。そこを工藤くん以外の二人が横に立ち僕の顔を左右交互に殴ってくる。
しばらくすると殴るのが止まったが、僕の顔はボロボロになっていた。
「いいざまだ」
工藤くんは掴んでいた胸ぐらを放す。急に胸ぐらに加わっていた力が抜けたのと痛みに注意を引きつられていた僕は床に倒れる伏す。そこを工藤くんはお腹を狙って全力で蹴りあげてきた。
「ぐっ! げほっげほっげほっ……」
「ほら、兄貴の次は俺だ! くらえっ!」
「ぐっ! げほっげほっげほっげほっ……」
「……童貞蹴る」
「ぐっ! げほっげほっげほっげほっげほっげほっげほっげほっ……」
僕は何もできないまま殴られ蹴られ続ける。
「いえっい! 人間サッカーだー! くらえ!」
最後に一発寝転がっていた僕の顔を蹴られた。工藤が僕の前まで来て顔を踏みつけてから去っていく。後の二人も工藤くんに続けと言わんばかりに僕の顔を何度も踏んでから帰っていった。
それから、しばらく起き上がることができない僕はじっと回復するのを待った。すでに日が沈み、辺りが暗くなり、屋上に付いているライトが僕を照らす。
「もう……嫌だよ……」
どうして、僕はひどい目に合わないといけないんだ……。ただ普通に生きていきたいだけなのに……。
目から光るものが零れ落ちていた。それは何もできない自分に対しての涙なんだろうか。それとも、ただ痛みのせいなのだろうか。
「もう……嫌だ……こんな世界」
消えてしまえばいい、壊れてしまえばいい、何もかも。七年間ずっと僕はそんなことを考えて生きていた。
世の中は厳しくて、辛くて、苦しくて一人の力じゃどうにもならない。いつも僕を嘲笑うかのように理不尽が襲いかかってくる。だから人間なんて全部死んでしまえと思った。でも、時がただ過ぎるだけで思ったいてもそんなことは起こらない。ただ僕が不幸な目に合うだけだ。いつまで経っても終わらない不幸。不幸はいつだって連鎖するのだ。
何度も抜け出そうと考えた。どうにかしようとした。でも……妹に情けない姿を知られたくない。何を言われるかわからない。もしかしたら、もう笑顔を向けてくれないかもしれない。幻滅されるかもしれない。そう思うと僕は動くことができなかった。死ねばいいんだと思っても父さんからあの事故の時に妹を頼まれたせいで死ねない。それが鎖となって僕をきつく縛り上げていく。
どうしようもないんだ。このまま僕は落ちぶれていき、いつかは死ぬ。僕の未来は決定されているのだ。どうしようもないつまらない人生が……。
でも、今は妹を見守らないといけない。せめて幸せになるのを見送るまでは。
そこで、僕は体を起こした。まだ、体中が痛いけど歩けないほどじゃない。
「帰ろう……」
月も星も一つも見えない真っ暗な空を背にして家に帰るのだった。
★★★
家のドアの前まで歩いて帰ってきた僕はなかなか家に入れずにいた。この姿を真雪に見せたくない。
でも、いつまで待っていても怪我はすぐには治らないのだし入るしかない。
僕は覚悟を決めて家の中に入っていく。
「ただいま……」
「あ、兄さんおかえ……ってどうしたの兄さん! 顔とか服とかまたボロボロに!」
「ごめん、また転んじゃった」
「もう……兄さん嘘は言わない。喧嘩するのはいいけどほどほどにしてくださいね。いつもぼろ雑巾みたいに帰ってくるし、私がどれだけ心配しているか……」
心配と言ったところで真雪は頭を僕の胸に預けた。余程心配していたんだろう。いつもより甘えてくる。僕も心配させたのは悪いと思ったので頭を撫でておいた。
少しの間その状態が続き、ようやく満足した真雪は僕の手を強引に掴むと風呂場まで引っ張っていく。
「兄さんはお風呂に入っていてください。すぐに晩御飯作りますから」
真雪は僕の事情など一切聞いてこなずに風呂場をあとにする。良くできた妹だ。
苦痛でリラックスすることができずに体のあちこちが痛みで悲鳴をあげそうになりながらも風呂から出るとリビングには妹のほかにもう一人いた。
「あ、おかえり叔母さん」
「おお! 利幸くんか、ただいま、ただいま。あと叔母さんではなくお姉さんか幸子さんだぞっ!」
「あ、兄さんちょうど呼びに行こうかなって思ってたから良かったです。ご飯できましたよ」
叔母さん改め幸子さんの声を真雪が遮ってご飯が用意できたのを教えてくれた。そのまま三人で食事を取る。
「やっぱり美味しいな真雪のご飯は」
「うんうん! 旨いよ真雪ちゃん!」
「簡単に作ったものだし、そこまで褒められる事じゃないです」
「むむむ! 真雪ちゃん口元がにやついているぞ~~!」
「もう! 黙っててください叔母さん」
「うっぐ! 心に刺さる……だが、私はまだ二十九だー! 叔母さんではなくお姉さんと呼びなさーい!」
二人はそのまま言い争いを続けているが、幸子さんの方が一方的にやられてる。まあ、子供相手に向きになっている幸子さんの方が悪いな。
「姉さんも、もう少し落ち着きがあったらすぐに結婚できると思うのになぁ。そう思うでしょ兄さん」
「思う」
「ぐっふ! ……利幸くん即答とはひどいじゃないか!」
「それは普段からおちゃらけてるからだよ」
「ぐぐぐ……ストレートに言われるのはきつい。……と、まあご飯も全部食べたしふざけるのはここまでにして話を変えようか」
突然、叔母さんの雰囲気が変わった。何か覚悟を決めた顔だ。これはもしかして……。
「利幸くんに真雪ちゃん二人とも今度修学旅行にいくでしょ。たしか……」
「スキーに行くんですよ幸子さん」
「そうそう! スキースキー! だ・か・ら、あれ買ってきたんだ」
幸子さんがそう言うと席を立って自分の部屋の中に入っていく。
「えっと……姉さんは何をしにいったのでしょうか?」
「う~ん……分からないなぁ~」
「兄さん何か隠し事してますね?」
ギクリ。ここは知らないふりで通さないと。
「ソンナコトナイヨ」
「むぅぅ……兄さんが言いたくないなら別に聞きません。その代わり修学旅行が終わって時間ができたら遊びに行ってくれますか?」
や、止めてくれ妹よ。僕に上目遣いでお願いしないでくれ。そうじゃないと僕は――。
「分かった。一緒に遊びに行こう」
と言ってしまうじゃないか。
「うん! 兄さん約束ですよ」
「ああ、約束するよ」
はぁ~~。それにしても何で僕を遊びに誘うのかな? 真雪は学校でも一、二を争うぐらい男女関係無く人気があるのだから、友達が……いるか分からないけど友達かもしくは彼氏とかといけばいいのに。
「お待たせお待たせ。あれを持ってきた――おやおや何だか楽しそうな雰囲気だね~」
幸子さんがにやけずらで歩いてくるが、僕はそれよりも背中から見える物に目がいった。
「姉さんそれ……」
ここまで堂々と見えると、真雪も幸子さんが何を渡そうとしているのか気づく。
「お! お見えになってしまったか。なら、隠す必要はないか! はい、これ」
幸子さんは自分の後ろに隠してあったというか背中からはみ出ていて見えていた白と青のスキーセットをそれぞれ僕たちに渡した。
「利幸くんには前にたまたま見られちゃたけど、真雪ちゃんには見られていないからサプライズってことで用意していたんだ」
「姉さん……っ! ありがとう!」
「喜んでくれてなによりだよ」
僕たちがそれぞれスキーセットを受け取り、真雪が喜んでいるところ悪いなぁと思いつつも気になっていることを聞く。
「幸子さん」
「ん? 何だい?」
「これ高くなかった?」
「…………高かったよ」
「もしかしてだけど、そのお金って……」
「っ! えっとそれは……」
「えっ? えっ? 兄さん、姉さんどういうことですか?」
真雪が分かっていない様子で首をかしげているので僕は今月分のお金が残り少ないことを説明した。
「兄さん……もしかして明日から食べていくのは……」
「……難しくなるね」
「ごめん! 本当にごめん! 許して!」
幸子さんは今日も相変わらずの残念な人だった。
★★★
幸子さんの失態から数日が立った。幸子さんは当初、何度も誤ってきたけれど元々僕たちを引き取ってくれて世話をしてくれているので文句も言いにくい。なので、僕の貯金を切り崩して埋め合わせをした。
そして、僕たち兄妹は修学旅行で雪山に来ていた。真雪が友達に誘われて一緒に滑りに行ったのでどうしようかなと悩んでいると工藤くんたちが寄ってくる。
「おい。赤路あっちで一緒に滑るぞ」
「えっ? でも……」
「兄貴が誘ってんだからとっととついてこい!」
「……童貞来い」
渋々僕は工藤くんたちに着いていったが、到着して僕は即座にここは無理だと言って引き返そうとした。だって、これどう見ても上級者コースだし。
「お前は黙って行け」
工藤くんに背中を蹴られると僕は上級者用のコースをすごい勢いで滑り降りていった。
「無理! 無理! 無理ぃぃぃぃ!」
僕は勢いを殺すことができず凄い勢いで滑ったが、途中で態勢を崩してこれまた凄い勢いで体を打ち受けながら雪でできた坂を転がり落ちた。
「はっはっは! あいつ情けなすぎ!」
「……童貞はスキーが苦手」
「…………」
工藤くん以外には笑われた。
それから工藤くんたちにいろいろやられてしばらく経った後、夕日が見え始めた。僕は時計を確認して、もうしばらくしたら集合時間になるからということで早めに戻っておくことにする。
集合場所の建物の中に入った僕は休もうと思い座る場所を探しているとまた、工藤くんが僕に近づいてきた。だが、工藤くんの周りにはいつも一緒にいる二人がいない。一緒に居るのは誰が見ても一発で美女だと思う、長い金髪をウェーブにかけており、ここまで細そくなるのかと感じてしまう腰を持ったいわばナイスバディな女性だけだった。
「おい赤路少し手伝え」
「……」
「おい赤路聞いてるのか?」
「ぇ……あ! ごめんっ!」
あぶない。金髪の女性の美しさに見惚れてしまっていた。
「それで、僕に何を手伝ってほしいの?」
「それだがな。此方の方が大事なペンダントを落とされたんだ。それで、一刻も早く見つけないといけないってことで探すのを手伝ってあげてるんだ。だから赤路も手伝え」
人として困っている人を見捨ておけないし、僕としてもこんな美人な人のためなら頑張ってて手伝いたい。
「……それはいいけど。なら、ペンダントの特徴とか教えてくれる?」
工藤くんからの説明によると女性が落としたのは橙色の宝石が真ん中にはめ込まれた全体的に青いペンダントらしい。
「俺たちは少し遠くの方を探しに行こうと思うので奥さんは他を当たって頂けるでしょうか?」
「ええ、それよりもあなた達も暗くなる前にはもどってこないとだめよ」
「それは承知しています。ではまた後程、行くぞ赤路」
「う、うん」
僕と工藤くんは外に出るとペンダント探しを始めた。
いまさらに成って気がついたけどこんなに広いスキー場から見つけるのなんて無理じゃないかなぁと思う。けど、工藤くんに何をされるかわからないから黙ったまま探し続ける。
しばらく、あちこちを回って聞いたりしていたけどやっぱりペンダントは見つからなかった。
「工藤くん。もうそろそろ戻らないと怒られるよ」
「分かってる。赤路最後にあっちの方に行くぞ」
工藤くんが指で示した方向を見るが木々がたくさん生えていて、とても人が行きそうなところではない。それでも、僕は工藤くんに何も言うことができず黙ってついていった。
「この辺りだな」
工藤くんがそう呟いて、僕へと振り返る。
そして、僕は工藤くんと目が合った瞬間、無意識の内に足が一歩後ろへと下がっていた。
「赤路、一つ聞いておきたいことがある」
聞いておきたいこと? 僕に?
「うん、何?」
この時、僕は工藤くんの聞きたいことを聞き返すべきではなかったのだろう。そうすれば、僕はここであの事を少しの間だけでも忘れることができていたのに。
「赤路、覚えているな。七年前の事故。決して忘れたとは言わせない。あの時も今日みたいにこんなにも雪がたくさん降っていた」
――――――え?
い、いま、工藤くんは、何を言って……。
「く、工藤くん。七年前の事故って?」
ああ、だめだ。僕はこのことを聞いてしまったらだめだ。
だけど、聞かずにはいられない。
「分かってるんだろ。あの事故だ。七年前の雪の日に起こった交通事故だ」
……知っている。工藤くんはどういうわけか分からないがあの事故のことを知っている。
「……ど、どうしてそのことを……」
さらに、気になって僕は工藤くんに尋ねようとしたが、その答えは工藤くんの殺意を持って返された。
「……っ!」
突然、工藤くんは両手で抱えてやっと持てるぐらいの巨大な岩を僕の頭を狙って振り回したのだ。
「ど、どうして……?」
「どうして? ……ふふ、フフ、ハハハハハ!!」
「く、工藤くん?」
「おまえは何もわかっていない赤路。全部全部全部おまえらのせいで失ったことを。何もかも」
「何を言って……?」
「ここまで言っても何も分からないのか。なら、教えてやる。――俺はあの事故の当事者の一人だ」
……えっ?
「ずっと、ずっとこの時を待っていたんだ。今なら――復讐することができる」
「ふ、復讐って――」
「ああ、もちろん赤路を殺すことだ」
そうして工藤くんがもう一度岩を振りかぶり、殺気をまき散らしながら僕の頭を狙いに来る。
「……うっ。や、やめてよ、工藤くん! こんなことしてもどうにもならないよ!」
反応するのに僅かに遅れてしまった僕は少し岩を頭にぶつけてられてしまい、血を流しながらも工藤くんに今すぐにでも止めるように声を張り上げる。
「うるさい! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇ――!! ずっと、ずっとこの時を待っていたんだ! 全部、全部おまえを殺すために! おまえが全てを奪った、消した!! だから殺すっ!」
「そ、それはどうしようもないよ! 僕だって、亡くなったものもあるし、失ったものもある。でも、それでも殺すなんてそんなことしちゃいけないよ!」
「うるさいうるさい!! 黙れ黙れ黙れ人殺し!! おまえはあの時一人だけ動けたはずだ! それなのにおまえは何もしなかった!」
「それは――」
そうだ、工藤くんの言っていることは間違ってなんかいない。
あの時、僕は工藤くんの言う通り何もせずにいた。
ただ、誰かが助けてくれることを願ってその場を動かずに泣き叫んでいた。
「死ねぇぇぇぇえ――!!」
――ああ、そうか。これは僕が受ける報いなんだ。
七年前の事故の時、僕は何もしなかった。ただ、無残にも見殺しにしてしまった。
だから、今僕はその罪を死という形で償うんだ。
なら、僕はここで工藤くんに殺されて――。
「おまえの次はおまえの妹を殺してやる!」
「っ!?」
妹を……僕に唯一残った肉親の妹の真雪を。工藤くんが――殺す。
「アアア――!!」
「ぐっ、な! は、離せ! 離せ!」
「うっ、うっ……は、離さない!!」
工藤くんに岩で頭を殴られ、血で視界が染まっても僕はしがみつく。
その間にも工藤くんは何度も何度も僕を岩で叩き付け真っ白な雪の上に真っ赤な血が飛び散っていく。
思考が安定しない。心が折れそう。逃げ出したい。
いくつもの考えが僕の脳内を過ってくる。
だけど、それでも僕は。
――絶対、絶対に真雪の所には行かせるわけにはいかない。
ただ、それだけで僕は――。
★★★
「うっ……うっ……」
あれから、どれくらいたったのだろう。
数分、数十分、数時間、もしかして数日?
あれから、工藤くんに殴られ続けて僕は――。
何か目印になるものはないかと近くにあるものを何となく触ってみる。
――冷たい。それに変な感触だ。
ぼやける視界の中でそれが何なのかを確認する。
――赤い。どこまでも真っ赤だ。
ああ、そうかこれは僕の血だ。
そうか、僕は今から死ぬのか……。
結局、工藤くんには真雪の所に行ってしまったのだろう。
何にもできなかった。
僕自身が体を張ってでも頑張ったのに結果はこの有り様。
本当に、僕はだめな奴だ。
けど、そんなだめな奴でも一つだけどうしても叶えてほしい願いがあった。
「約束を……守れ、なくて……ご、めん、真――雪」
修学旅行に行く前に一緒に遊びに行く約束をしたあの瞬間の真雪の笑顔が目の前に現れる。
ああ、あんなにも嬉しそうにしていた真雪を悲しませてしまうのか。
本当に、僕は兄失格だな。
本当に本当にごめん真雪。
こんな所で僕は死んでしまうけど、どうか、真雪だけは、幸せ、で、あって……欲しい――な。
そうして、僕はこの世界での意識が途切れた。
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