第11話 固有魔法の目覚め
オレがファナリアと過ごしてきた数日間で彼女は一度だけオレの戦い方に文句をつけた時があった。
「あんたの戦い方ぶれすぎているわ。スピードで翻弄して戦うか攻撃一点に集中させて戦うかはっきりしなさい」
ファナリアの指導はオレの長所を伸ばすために剣の振り方、戦いでの立ち回り方、能力の使い方などを基本的なことしか教えていなかったのにこの時だけはオレに選択するように迫っていた。
「知ってる? 戦い方ってのはね人の性格がよく出るものなの。例えば逃げてばかりの性格の人はスピードを生かしたり、積極的な人はよく攻撃的な戦い方になってりするのよ」
ファナリアの一言に心をえぐられた。間違いなく彼女の言葉はオレの本質を突いたものだ。まるで、彼女に心の内を覗き見られているかのように。
「そういうわけで決めなさい。あんたはどっちにするの? スピードを中心にするのか攻撃を中心にするのか?」
「それは……」
オレはこの時ただただ黙ってしまった。
「なんてそんなこと今すぐに決めなくていいわ。ゆっくりと考えてどちらにするか決めなさい。私がどうこう言えるものじゃないし」
ファナリアはオレが沈黙しているのに気を使ってくれたのかそれだけ言い残してその場を去っていった。
「戦い方を決めるか……」
多分彼女の言いたいことはこうだ。昔、逃げていたばかりの自分でいるか変わったオレのように積極的に行くのかと。
もちろんオレは積極的に戦っていこうと思った。だが、それに反してオレはファナリアの目の前ではっきりと答えることが出来なかった。
それが影響しているのだろう。オレは今も迷っている。答えを出せないでいる。
だからだろうか、オレがこの手を中途半端に伸ばしているのは。
もう既に彼女を助ける方法などない。あったとしてもオレには不可能だ。
もういいんだ。彼女を見捨てればいい。
このまま彼女を食べさせることによって化け物の意識を集中させるためのおとりに使えばいい。
あんな奴のことなんてどうでもいい。所詮は契約を交わしただけの相手なのだから。
今までやってきたみたいに利用すればいい、利用して利用されてその中でオレは生き残って彼女を――ファナリアを土台にオレは進んでいけばいいんだ。
既に助けることなんて出来ない命。なら、有効活用してあげないと損だというものだ。
だから、オレは彼女を助けない。
無残に見捨てて化け物の隙を作るために使うんだ。
今もゆっくりとした時間の中でファナリアがドライガーに一矢報いようとした姿が見える。
彼女の瞳――その奥に今まで見たことのない途轍もない激情を感じ取った。
泣いているわけではない、だからといって諦めているわけでもない。そう、それはオレがいつか見ていたことのある何かだった……。
思い出せない。オレは彼女が今、目に宿している何かを知っている。
何故か、思い出さないとオレは後悔するように思える。
だから、オレは思考をフル回転させてそれが何だったのかを思い出す。
記憶がぼんやりとしている。
思い出そうとしても何かが拒むように頭痛を引き起こす。
それでも、必死に思い出す。
そう、オレが忘れようとしていて忘れることなんて出来なかったあの事故を……七年前の事故を。
あの時、オレは必死に助けようとした。自分のことを顧みずに。
ただ、必死だった。自分自身が消えてもいい。全てをなげうってでも自分の満足いく結果を得ようとした。
それは本当に心からそうしたかった。利益とか利用とか理屈とか関係なく。
今、この時とは違った。
今は彼女を無残にも見捨てて化け物の隙を作るために利用している。
もうオレは変わったんだ。
もう、昔の僕のように他人なんかに甘くはしない。
そう、利用して……利用されて、いけば……いいんだ。
なのに、オレは……オレは――どうしてこんなにも心を掴まれているように苦しいんだ。
あんな奴のことなんてどうでもいいはずだ。
見捨てて殺されているのをただただ見ていればいい……それだけ簡単なことなのに。
手が届かないのが嫌だ。
目の前で殺されるのを見るのが嫌だ。
自分の力が届く距離にあるのに助けられないのが嫌だ。
唯一、彼女に伸ばしている手を伸ばすがそれだけでは届かない。
……何でオレの手はここまでのことをする。
逃げればいい。楽になればいい。諦めたらいい。
なのに……何故、なぜっ! どうしてなんだよっ!
オレは終わったんだよ! あの時……七年前の事故で全てを失ったんだ!
今更、オレがこれ以上何かを求める資格なんてないんだ!
だから、あの時のようにファナリアを見捨てればいいんだ!
そう、オレから全ての幸せを奪い去ったあの時のように。
誰も助けてくれなかった。足掻いて足掻いて足掻いてっ! 走って走って走って! オレが出来ることは全てやった! なのに、なのに……この世は誰も救ってくれなかった!
だから、オレは嫌いなんだ。
オレに理不尽なことを押し付けて見捨てて運命何て変えられないと嘲笑う世界がっ!
思えばこの状況も七年前のあの時と似ている。
オレの届く距離にあるのに手を伸ばしても届かないことが。
声を出せるのにいくら叫んでも声が届かないことが。
絶望的な場面。人が死にそうになっているこの場所。
間違いなくあの時の七年前の事故とそっくりだ。
そして、今、ファナリアが瞳に宿している激情を思い出した。
それは、オレが七年前の事故で割れたガラスを見た時の瞳と似ていることを。
だから、だから――――。
だから、オレはこの手を伸ばすのか。
そうだった、忘れていた。
オレは変わろうとしたんだ。
諦めたくなかった。手を伸ばし続けて、伸ばし続けて手を掴んでオレは助けたかった。
逃げたくない。自分の命を捨てる覚悟で何かをやり遂げたかった。
それは誰のためでもない……自分がそうしたいと思ったから。
七年前の事故を乗り越えるために。
オレは……オレは、この異世界で変わらないといけないんだ!
「ふざけんな!」
こんな運命、オレは認めない!
身体強化を全身に施して限界ギリギリまで力を底上げする。
「まだだ! まだ、死んでいない!」
彼女を……ファナリアを見据えて走り出す。
少しでも……一歩でも近づくために。
手を伸ばして届かせるために。
「ガアアアアアアアアアァァァァァァアアアァァ!」
化け物の周囲に多数現れた火の魔法がオレを襲う。
「負けるかぁぁぁあああぁぁ!!」
オレはそんなの全部無視してただ真っ直ぐに走る。
痛い、苦しい、息が出来ない。
強烈な攻撃を正面から多く浴びて動きが止まりそうになる。
怖い、今すぐに逃げ出したい。逃げたって誰にも文句は言われないはずだ。多分、仕方なかったことだったと言われて終わることなのかもしれない。だが――。
こんな結果をオレは見たくなかった。
「あああぁぁぁ――!!」
少しでも彼女にオレを気付かせるために腹の底から声を出して、手を伸ばす。
喉が枯れそうになろうが、今、諦めたら一生後悔する。
変わると決めたのだから。
だから、最後までやり遂げないといけない!
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
だが、現実はオレの心とは反対の事実を突きつけてくる。
あと一歩が届かないのだ。
あと少し。ほんの少しなのに。
数秒でもあれば届くはずなんだ。
なのに、数秒後にはファナリアが化け物に食われている姿しか思い浮かばない。
――もう、無理だ。
諦めの言葉が口から出ようとしていた。
目線は下に下がり、すでに現実を見ようとしなくなる。それと同時にオレの心にあった穴が段々と大きくなっていく。それはやがて、オレの心を少しずつ削っていきオレの存在は消えようとしていた――そして――。
――世界が止まった。
今まで伸ばしていた手が動かすことも出来なくてただ意識だけが加速した世界の中で取り残される。
一体、何があったのかと顔を動かそうとする。だが、オレの意志に反して動いてはくれない。
状況を把握することが出来なくて、困惑しているオレの脳内に中性的な声が響く。
『汝、力を望む者か?』
何だこれは……?
『汝、力を望む者か?』
またしても脳内に声が浸透してくる。どうやら、これが夢ではないのは確からしい。
そして、オレにはその声に気になる単語があった。
力、と。
これがどういうことなのか分からない。
助けようとしてくれているのか。何かオレに利用価値でもあったのか。
だが、オレは強く望んだ。今、この場を乗り切るための……世界の運命さへも変えてしまうような力を。
『汝、力を望む者か?』
また、オレの脳に問いかけてくる。
「望むに決まっている」
オレは自分のこころから言葉を引っ張り出してどうにか受け答えをする。
『では、汝、三つの問いに答えよ』
三つの問い……それがオレの運命を決めることになるのか……。
『汝、力を欲するものか』
ああ、欲しい。理不尽を全てを打ち消す力が欲しい。
「もちろんだ」
迷いなくオレは答える。
『汝、力をどのように行使する?』
そんなのオレにとっては既に答えが出ている。
『足りなかったものを……届かなかった手を伸ばすために』
また、オレは迷いなく答える。
『汝、力を誰のために行使する?』
誰のため……?
「そんなのあいつのため……」
ここでオレは口から声が出なくなってしまう。
何事かと驚いているオレに向かって中世的な声が問いかけてくる。
『汝、誰のために力を行使する?』
オレはもう一度、彼女のため……ファナリアのためと言おうとしたが声はやっぱり出ない。
だから、気付いた。
それはオレの心からの声ではない。
もっと、もっと、別の所に答えがあるんだ。
慌てて考えようとしたが次の瞬間には頭の中にある言葉が入ってきた。
「ふっ……」
余りの単純な答えに少し笑ってしまう。
そうだった。オレは昔からそうだったな。
誰かを助けたいと願い、オレは七年前の事故も今もこうして足掻こうとしている。それは誰かのためとかそんな綺麗で響きのいい言葉じゃない。
もっと、単純なことだったのだ。
「オレは――」
覚悟を決める。
きっと、これから言う言葉はオレの口から出てくる。
それは間違いなくオレが変わった証なのではなく、変わろうとして初めて知ることが出来たことなのだろう。
だから、オレは――。
「――自分のために使うに決まってんだろ」
言った後、オレの心はスッキリとしていた。
そうだ、オレは誰かにお礼を言ってほしいわけでもなかったんだ。七年前の事故の時だってそうだった。ただ自分のためだけに……無くてはならないものだから助けようとしたんだ。
今、彼女を失うのは危険だ。
ただでさえオレ一人だけでもかなり危険なのだから。
『よかろう……汝に力を授ける』
最後に小さく聞こえていた中世的な声が段々と小さくなっていくのと同時に世界に色が戻り始め、止まっていた時間が速さを取り戻していく。
咄嗟に下がっていた目線をあげて正面を見据える。
化け物の牙がファナリアに突き刺さろうとして、彼女は今もその瞳に激情を宿して相対している。
今のオレなら分かる。きっと彼女は七年前の事故のあの時のオレのように命を投げ出してでも化け物を倒そうとしているんだ。
「そんなこと! 認めるわけがないだろうがぁ!」
オレは今までの甘かった自分を吹き飛ばしてから空気を大量に吸い込み、あの中世的な声の何者かから与えられたその力の名を叫ぶ。
「『雪魔法』!」
オレの手から丸い雪の玉が高速で生成されていき、身体強化をしてオレが投げる石と変わらない速さで化け物へと飛んでいく。
化け物は急に飛来してきた雪玉を避けることが出来ず目に直撃。動きを阻害させることに成功する。
オレはその間にファナリアを回収すると彼女を肩に担いで森の中に向かって走り出した。




